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まっくろいもふもふが前回、青年にやろうとしていたのは存在を「消す」と言う事を内心で考えていたのは佳苗は知りません。青年ともふもふは佳苗には「聞こえない」所で会話をしていたので佳苗の知らない所で繋がっている会話をしていますが、聞こえない事はない事としているのと、青年に関わると面倒だと思っているので可能な限り逃亡希望です。
青年は時々うっかりですが、佳苗は基本が真面目なボケです。
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青年は、きょとんとした顔をした。
こうして見ると、何となく推定年齢相応の顔なんだろうと言う気がしないでもない。
とは言っても、別に言う必要がなかったなあと佳苗は思う……愛おしい黒いもふもふも、佳苗の足元でこちらをじっと見上げている所から「またお人好ししてるよ」と内心で思っているのだろう。
何しろ、佳苗の自宅に住み着いてから一日に一度くらいは実際に言われているのだから。もはや口癖なのではないかと言う気がしないでもない。同時に、佳苗は自分自身を心の狭い視野の狭い独占欲の強い横暴で自分勝手な性格を持った存在であると認識しているので。相棒は、とても心優しいなあと言われる度に思うのだ。
そうやって微笑ましい気持ちになると、やはり相棒は「お人好し過ぎて心配になる」と言ってくれるのだからときめき度は常にMAXか前後だ。今のところ、機嫌を損ねらされた記憶はないけれど。
「んじゃ、そう言うわけで」
更に自分自身でもお人好しだとは思うが、手を振って部屋をするりと出る。
オートロックがかかる部屋だとして外から中に入るのは難しいかも知れないが、中から外に出る事は難しい事ではない。後ろ暗いことをすれば話は変わるかも知れないけれど、佳苗には後ろ指をさされたり非難される覚えもないので問題はない。
誰かに何かを言われたとしても、それがだから何だという感じだ。
『良かったのぉ?』
「何が?」
すりすりと頭に懐いてくる感触は心地よい……傍から見ると何もない空間に遠い目をした普段着姿の中年女がシティホテルの廊下をふらふらと歩いている様にも見えるのだが。
「そう言えば、青年はプライド高そうに見えたから後を追いかけてくるかと思ったけど……想像が外れたかな?」
ちなみに、どこで誰が聞いているのか判らないので声は当然潜めている。これから、こんな高級だと思われるホテルに再び来る事があるかと問われれば可能性は低いけれど。ホテルのビュッフェくらいならば生活に余裕が出るくらいの収入になったら来たいと言う気になるかも知れないではないか……とか、悲しくも寂しい事を己に言い聞かせているからだと言う事実もある。
もしくは、ラウンジのバーでお酒を楽しめるようになりたい。とか。
ただし、そんな気取った服さえ持っているとすればスーツ程度しか思い出せないけれど。何十年か前に購入したスーツやワンピースが着られれば、話はまた異なるかも知れないが、
『あぁ……出てきたら恥ずかしい目に合うようにしたから、出てくるのに時間がかかってるんじゃないかなあぁ?』
「恥ずかしい目っ!? どんな目っ!?」
言われた言葉は流石に聞き捨てならなくて反応してしまったが、場合によっては菓子折り持ってご両親を相手に話し相手をしなければならないだろうかと言う所まで想像してしまう程度には母性本能が脳内全党指揮を取っているのが良く判った。
『大した事じゃあないよぉ? だって、糸を切っただけだもぉん』
「糸……?」
『そぉ』
言われても、即座には言われたことは思いつかない。
糸、糸……一体、あの部屋の何の糸を切れば青年を足止めする事が出来るというのだろうか?
『気にする事ないと思うけどなぁ……それでも躍起になるのなら今頃は追いかけて来るんじゃない?』
「ああ……まあ、そうだよねえ」
ナニモノにも優先順位と言うものが、世の中にはある。
黒々としたもふもふな相棒が何かをしたとしても、それに上回る好奇心……言い方が悪ければ優先順位が高いと言うのであれば、這い蹲ってでも追いかけて来るだろう。けれど、青年が今目の前にいない……もしくは、背後から追いかけて来る様子がないと言う事は。青年にとっては先程までの状況は優先順位が低いかよくある事か、もしくは気にするほどの事でもないと判断したと言う事なのだろう。
あの、人の事を何だと思っているのか意味不明な発言に関しては親御さんを一発ぶん殴った挙句「どう言う教育をしているんですか!」と喧嘩を吹っかけるべきではないかと言う気が心からするものの。
「長い物には巻かれよって言うもんねえ……」
どう見ても金を持っている青年の親が貧乏人と言うのも想像がしにくい、と言うより相棒の情報ではそれなりに名の通った世界の人達らしいから近づかない方が吉と言うものだろうと言う事は佳苗にも想像がついた。
まあ、この人の形をしている心優しい相棒の常識が人のそれとは即さないだろう事は頭の片隅に可能性としては存在しているけれど。かと言って、佳苗が青年に対して身を粉にして全身で献身的に捧げる必要など欠片もないのだ。
もっとも、彼が佳苗の上司の息子だとか言うのならば話は変わっただろうが……。
「マレーシアには、当時若干16歳の男の子がお父さんから日本円で50万借りてメイド喫茶開店して大当たりしたって言うけど……ねえ……」
『なぁにぃ、それぇ?』
「ちょっと思い出しただけだよ、他には香港で居酒屋のランチタイムは膝をついて注文を取ってくれる店員相手に気を良くしたOLなお嬢ちゃん達がこぞって集まっているとか。そんな話があったなあって思って……ただ、後日談に関してはニュースで流れている話を見聞きしないから。どうなったかなあって思うくらいかな?」
『ふぅん?』
何気なく思い出しただけで、佳苗にとっては日々数ある情報の一つに過ぎない……どれだけ情報を集めた所で、中国の昔ばなしみたいに生きている間に蓄えた情報が金になるかと言えばそうでもなく。それ以前の問題として、頭の中から出す事さえあるのかどうか保証はないのだ。
それが、佳苗としては本音で言えばとても寂しくて悲しい。
時々、涙さえ出て来るのではないかと思いながら涙を流さない自分自身はとても薄情なのだろうと言う結論に達する事も少なくはない。
違うのだと言う人もいないが、そもそも佳苗は人に言う機会がないのだから自業自得と言う話もある。
「ねえ、もしかしてさ……」
『うぅん?』
「……ううん、何でもない」
エレベーターに乗りながら、心持ち佳苗は顔を下に向ける。
少しばかり、自分でも「馬鹿じゃないの?」と言う気はするのだ、それでも「つい」思ってしまう。
色々な本の中で、「人ならざるモノ」に関わる事は推奨されないと言う記述を沢山読んだ。それこそ、漫画から小説、専門書も少し読んだ。けれど、どれにも書いてあったのは「人ならざるモノ」と関わってろくな目に合う人は基本的にいないと言う事。奴等は人の中にするりと入り込んで人の人生を、時には魂さえもかき乱す存在だと言う事。それでも、専門家と呼ばれる人達の中には「それしか出来なかった」と言う人や「たまたま出来るだけの能力があった」と言う人が多くて、自ら望んでそんな世界に関わる事になったという話は滅多に無かった。
確かに、その手の世界に足を突っ込むのは好奇心なんて薄っぺらい武器ではガトリング砲に紙一枚で立ち向かうようなものだ。徒手空拳の方が案外役に立つのかもしれないと思える程度には強度性に信用度はない。
佳苗だって、そうだ。
信じる信じないと言う話をしていた10代の学生だった頃、でも佳苗は「いや、それ以前なんだけど」と確たる発言は可能な限り避けていた。信じるとか信じないとか言っていたら、日本が古来から持っている「信仰」の立場がないと言う気もした。
『ねえぇ、このまま帰るのぉ?』
「このままこのホテルにいたら、なんか追いかけてきそうな気がするんだけど……どうだろうね?」
『違いないねえ』
次の仕事が時給換算で2,500円以上貰えるようなもので半年ほど働いて元の貯蓄まで戻ればともかく。今のお財布事情でバーラウンジのカウンターなんて高級な所で散在する気にはなれないし、それにホテルのエアコンで冷まされた熱から考えると、どうやらかなり佳苗は緊張していた様な感じだ。もし佳苗の自室に今いたとしたら、思わずパジャマに着替えてお布団で転がり10時間ほど深い眠りの中に陥りたかった事だろう。
けれど、状況はそれを許してくれない。
『眉根寄ってるねぇ?』
「それは……あんまり良くないかなあ? しわしわになっちゃう」
ぽん、と音がして求める出口に着いた事が示されると。
開いた扉に、人がいた。
反射的に人を避けて足を進めると、何か違和感を感じたけれど足を止めない。止めるべきではないのだと感じたから、その「本能」とも言うべき感覚に佳苗は従う。
何故なら。
「ああ……お腹が空いた……」
すうっと閉まってゆくエレベーターの扉の事は気にならず、胃袋のあたりを押さえながら佳苗は聞いた者が悲痛そうな感想を持ちそうな声を出す。
何しろ、アイスクリームを口にしたのはもう何時間も前の様な気がしてならないのだ。
実感が籠っていなかっただけで、とてつもない緊張感の中にいたのだと自覚をすれば空腹を訴える胃袋の切ない声に主である筈の佳苗の自意識が申し訳なさでいっぱいになる……脳みそは判断する箇所に過ぎず、各部品とも呼べる内臓や骨や神経と言った所に所有感を持っていないと言うのは、ある意味でとても危険な感覚である事を佳苗は知らない。
「どうしたものかなあ?」
『なぁにがぁ?』
エレベーターから降りた途端、ほとんど感じなかった重さと心地よい毛並が自ら降りてしまったので涙が出ない程度に悲しくなるし寂しくなる。そんな気持ちを知ってか知らずか、再び足元をチョロチョロするのだから踏んずけたりしたらどうしようかと言う気もするが。本来は実体がないのだから可能性としては低いよなあと言う気と両方を感じる。
しかし、毛並は感じるのだから踏みつけた感覚があったら……きっと驚いてひっくり返ってしまうのではないかと言う気がするので。やはり踏みつけるのは嫌だなあと佳苗は思う。
「たぶん、このままだとお腹空いて貧血起こして倒れる気がする……この辺り、色々と食べ物屋さんはあるけどどうするかなあ?」
外で食べるよりも断然帰って自宅で食材を消費する方が、お財布には優しい。
携帯には幾つかの電子マネーの残高があるし、まだクレジットカードには銀行口座や貯蓄に残高があるのだから止められる覚えはない。お財布の中にだって何枚かの紙札が残存しているのは記憶しているのだから問題ないとしても、収入がゼロと言う現実の前に判断が揺れるのだ。
確かに、今すぐ飢えて死ぬと言うわけではないけれど。
『なぁにが、そんなに困るのぉ?』
「今、とってもピザな気分……今日、何かイベントやってたかな?」
ポケットから携帯を取り出して、佳苗は近隣のイベント情報を呼び出す。
現在、佳苗がいるのはアミューズメント施設にぎりぎり併合しているホテルで、先ほどまでいた場所が施設だ。時間帯にもよるが平日でランチタイムやディナータイムを避ければそこまで混むような場所ではないけれどイベントを行っている時には併設されている駅は入場制限がかかるほどの人手になるのが困る。
電車に乗る予定はないけれど、かと言って人混みの中を水着不要なプールを掻き分けるように進むのは趣味ではない。隣の駅や連結駅へ避難すると言うのも一つの手ではあるが、それ以前に体力の事を考えればファーストフードでも良いから速攻で胃袋に何かを詰めた方が良いと体が訴えているのだから無視するわけにはいかないのだ。
「でもなあ……安いピザ屋さん、出店しないかなあ……」
近場のピザ屋さんのメニュー表を見て、佳苗はぽつりと口にした。
幾らすぐに飢え死にする心配がないからって、一枚あたり4桁のピザは出来れば避けたいんだけどなあ。
何とも、世知辛いセリフを。
続きます。




