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ふしぎな踊りの青年は、最初は佳苗の事に気が付きませんでした。恐らく階段から落ちた時に世話になたった相手に対して記憶力悪いね!と言いたくなった佳苗ではありますが、出来れば関わりたくなかったので見つかった事で落ち込んでいます。ついでに言えば、もふもふが取られるのではないかとしょんぼりしています。

とりあえず、ホテルに連れ込むのは拉致で良いと思います。

13



 出雲佳苗は、金持ちではない。

 お金の使い方や収入の方法が甘っちょろいのかも知れないとは思うが、世間で言う金持ち(セレブ)みたいに自宅から1時間もかからない様なホテルに隣に行く様な事はまずしないし。一食5,000以上もする様な食事は滅多にしない。

 お酒は呑むけれど一人でバーに行くのならばお惣菜を買い込んで家で一人で呑んでいる方が気楽だ、価格は内容によるしサービスなども全くない全て自力で行わなければならない代わりに窮屈な格好で人前に出る必要もない。

 以前の定期的に税抜き20万円ほどのコンスタントな収入があった時代でも、昼食代を毎日500円かけたとしても最低で11,000円かかる。朝食と夕食も同金額で換算した場合は追加でおよそ3万円かかる。

 そこから光熱費、交通費、部屋代、税金とかとかを含めて全部を合計すると趣味に勤しめるお金などせいぜい2~3万もあれば良い方だ。とてもではないが少しでも貯金をするのはやり繰りをしても出来ない事が多い。

 確かに、湯水のようにお金があればやってみたい事はある……お金が無くても出来る「会社を辞める事」はすでに叶ったから良いとして。他にも、美味しい物を食べてみたいとか人が少ない時に映画館でカップルシートを一人で使ってみたいとか、恐らくは「別に湯水ほど金が無くても出来るんじゃね?」と思われる程度の事だ。

 だけど、夢想してみると大体で何だかんだ言って脳内そろばんで弾いた計算をすると一日で1万円くらい使い込みそうだと言う想像まで行くと一気にやる気が失せる。高級ホテルのレディスコースなどで一泊二日とかするのならば、エステとかプールとかを自分で使うより親に使わせたいと思う程度だ。

 ある意味で、想像力が貧困だと言う事になる。

 ちなみに、ホテルならば基本的にネットのホテル比較サイトを三つくらい使って下調べをきちんとして規定カードを使ったうえで割引率まで考えた所でクーポンがあれば尚よしと言う腹積もりだ。


「何を馬鹿みたいに口開けてるわけ?」


 なので、いきなり予約も無しにフロントに現れて名前とカードを出した上でさらりとサインしてベルボーイに案内されて部屋に入る。などと言った事は、まず間違いなく行わない。絶対行わない。

 と言うより、無理難題だ。


「別に、リア充爆発して10年後から不治の病にかかれば良いとは思ってないけど」

「……ちなみに、不治の病ってなに?」

「若ハゲ?」

「それはリアルにヤメロ!」


 人を綺麗な部屋にぽいと放り込んだ挙句……ちなみに、その間は人の首をがっしりと抑え込んで歩くものだから痛みとか視界が遮られているとかで真っ直ぐ歩くのも困難だと言うのにずりずりと引きずられながら歩くのは、なかなかに辛いものだった。佳苗は足の形が親に似て細い靴が合わないタイプなので(かかと)が高いタイプは可能な限り履かない様にしている……親の足の親指が巻き爪となっているのを見た時に心に誓った。

 とにかく、その当の人物である所の青年は「くっくっく」と笑いながらウェルカムドリンクや果物の並べられているテーブルを上にあるボトルから飲み物を注ぎ笑っている……物凄い敗北感に駆られるのを佳苗は感じた。


「金持ちなら若ハゲ程度治療出来るでしょうが……」

「あんたが言うと、リアルにまずいんだよ!」


 内心で「んな、心の底から嫌そうに言わなくても……」とは思ったが、現実に口にする必要はない。

 しゅわしゅわと音を立てて曇っているグラスを見ると喉がごくりと渇きを訴えて来るが、良い大人である自覚がある以上は拉致同然と言うより、拉致られているからと言って無様に暴れると言う選択肢は提示されても選ぶつもりはなかった。そんな面倒な事はしない。そもそも、体力が勿体無い。


『それは仕方ないかなあ、自覚無いからぁ』

「……あ、いたんだ?」

『ひどいなあ、ずっと側にいるのにぃ……』

「それなら、助けてくれても良かったんじゃないの?」

『助けて欲しかったのぉ?』

「……出来なかったんなら、ごめんね?」

『出来たんだけどねえぇ……』


 何だそれは、と思ったのは佳苗だけではなかった様だ。


「お前等……何なんだ、その会話……」


 見て判る程度には「力抜けてるなあ」と言う感想が漏れ出て来るが、だからと言って口にする必要はない。

 両者、思わず目を合わせてから青年の方へ向く。


「『何が(ぁ)?』」

「シンクロ率高けぇなあ……おい……」

「いや、別に……」

『ねぇぇ?』


 相手が、一体何に対してそんな反応をしていると言うのか。

 佳苗には、よくと言うより全く判らなかった。

 そうして本人的には非常に残念な事に、そんな事は人生の中でものすごく日常的によくある事だったし。疑問符を浮かべて周囲に「どういう事?」と聞いても笑われながら「そう言う事」としか言われなかった。

 彼女達は想像もしなかったのだろう……そうやって笑われ続ける事で、佳苗は顔に出さないだけで傷ついていた。本人も「まあ、勝手に自分で傷ついているだけだけどさあ」とは言っていたくらいだが、好きで傷つきたいと思っていたわけでも無ければ知らなくて良いと思っていたわけでもない。


 現実逃避。


 痛みも、苦しみも、悲しみも、切なさも、やるせなさも、憤りも、その全てをひっくるめて佳苗は隠す。

 傷を塞ぐ、隠す為の『鍵のついた箱』を心に思い浮かべる。

 大丈夫大丈夫大丈夫、いつもの事だ。「外」に毎日出かけていた時には無数に行っていた作業で視覚化さえしなければ膨大と言うのも閉口する程度の数の『箱』は思い出さなければ、それを表層意識に呼び出さなければ、思い出さなければ自らを傷つけるモノにはならない。

 だから。


(うつ)け者ぉ……そろそろ口を閉じたらどうだいぃ?』


 ふと、気が付けば佳苗の足元にあった感触が無くなっていた。

 気を逸らすと無くなってしまう、気にしないと判らなくなる。

 いつもはそうでもないが、たまにふと主張してくる、黒い毛玉。


「……ちっ」

「何してるの?」


 気持ちが離れていた「一瞬の間」に一体何があったと言うのか、奥歯を噛み締めたい気持ちを我慢しながら佳苗は尋ねる。

 何だか、今は。

 見た時に視界のピントがうまくはまらなかった、そんな気がしてならなかった。

 でも気にしないそんな事は「よくある事」で脳が眼球とレンズの調整に間に合わなかっただけだ。

 そう、その筈だ。

 だと言うのに。


「おばさんさあ……そいつをきっちり支配下に置いておけよ、ゆるっゆるじゃねえか」

「……支配下?」

「魔女なんだから使い魔は仕方ないけど、だからって(しつけ)けるのは主人の役目だろうが」


 ええと……と、佳苗は途方に暮れたくなった。

 何しろ、「ツッコミどころ」が多すぎて一度に出来る部分に限度がある気がするのだ。出来れば、一度に出来るツッコミは三つくらいでまとめて置いて欲しいと思うのは贅沢な話なのだろうか?


「それって、何かの隠語?」

「はぁ?」

「て言うか、お前さんも何してるの?

 そんな汗まみれでばっちぃもの、変な障り方してうちに帰ろうって言うなら入れてあげないよ? ここでお風呂借りなくちゃならないじゃない」


 そう言いながら、佳苗は脳内で整理を始める。

 もし、これが現存する電子自動計算機(コンピュータ)ならどれくらいの処理能力と速度が必要になるのだろう? 以前、テレビで見た世界有数の1位を取った事もある奴なら出来る事なのだろうか?

 いやいや、そもそも個人所有の電子計算機(パーソナルコンピューター)はまだ世の中にマイコン(マイクロコンピュータ)と言う言葉があった頃に読んだシューティングゲームをする少年の漫画で読んだ様に「プログラムが無ければただの箱」と言う前提がある様に、条件を設定してあげなければ実行は出来ないだろうし。そもそも、その条件付けをしてあげるには状態を理解しなければ出来ないだろうし、それ以前の問題として状態が出そろったからと言って対処法が判るかと言われたら一つ一つ調べるだけで無尽蔵に大変なのではないだろうか……そう考えると、昔何かで読んだ「人の脳みそ並のコンピュータを作る事は不可能に近い」と言う言葉の重みが違って来ると言う事を実感した。

 この間、およそ1秒弱。佳苗にしては少し思考するのに時間がかかった。


『お風呂かぁ……洗面器は嫌かなあ?』

「一緒に入っても良いけど、人のお風呂の温度だと熱いんじゃない? 小さいバケツだと溺れそうな気がしないでもないけど……」

「何なんだ、その会話……」

「いや、だって君だってさっき散々外で汗かいたじゃない? 私だって汗かいてたのよね。

 自分だけならお風呂入れば済む話だけど、その子は普段お風呂なんて気にしないとは言っても汗まみれの君に引っ付いた後だからねえ……」

『溜息つくとぉ、運が逃げるんじゃなかったっけぇ?』

「すごいね、よく覚えてたね!」

「拍手すんな!」


 止めれて、佳苗は不満たらたらだ。

 確かに、目前の状態を見れば同情するかしないかと言えば「どうでも良い」と思う。

 第三者目線で言えば「どっちもどっちじゃね?」と運が良ければ言われそうだが、顔と親の財政的に悪者になるのは佳苗の方が確率的に高いと思う。それならば、握る事が出来るかも知れない「武器」は用意しておくに越したことはない。

 が、それとこれは別問題だ。


「五月蠅いなあ、人の事をいきなり連れ込んで来た誘拐犯の癖に偉そうな事言わないくれない?」

「はぁっ?」


 実際、佳苗にしてみれば彼の事を説明しろと言われたら「突然人の事を拉致ってホテルに連れ込んだ金持ちの息子」としか言い様がない。

 何しろ、前提条件が「何も知らない」と言う事しかないからだ。


「おま……」

「だって、見ず知らずの人にいきなり連れ込まれたわけだよ? 周囲に助けを求めようとしたら人の頭ぎゅうぎゅう締め付けて呼吸困難だったし? 暴れようとしたら余計に酷くなるし」

「いや、そりゃ……」

「これって、犯罪じゃない?

 つまりは……正当防衛?」

『やっちゃうぅ?』

「いや待て、待って下さいお願いします!」


 今更と言えば今更だが、状況はこんな感じだ。

 佳苗を拉致った青年が足の付いたグラスで、中身は発泡系の……スパークリングワインだろうか? それとも、高価な部屋の様な気がするからシャンパンと言う可能性はある。アルコールは種類を問わずイケる口ではあるけれど、呑んだ事のない酒については流石に判らない。そんな高級酒だとしたら、恐らく先ほどの「若ハゲになれ」的な事をもう少し本気になりかけるべきかも知れない。

 彼は、それを置いてあったテーブルの上に腰を寄りかからせている……今時の子は、そう言う事をするのがマナー的に良くないと教育をされていないのだろうかと他所のおうちの教育事情にまで思いを馳せてから。まあ、それは良いかと思いつつも目線は何というか……物凄く馬鹿にした目で人の事を見ていたわけである。

 意識は現実逃避をしていたが、記憶を(さかのぼ)ってみると視覚の記憶はそんな風に見えた。

 どう見ても若い子のやる事だから、と拉致られた身の上ではあるが力づくでやられては叶わないし……と言うのも、あるけれど。この頼りにする相棒がいれば、恐らく死ぬような目には合わないだろうと言う楽天的と言うか楽観的な所に思考が行ってしまったのが余裕の理由だ。


 現在も、とうの青年の肩と首の所へ器用に乗り上げて前足を掲げている……ここで傷つくのは構わないけれど、佳苗の責任にされるのは困る。何しろ、部屋で二人っきりなのだから青年が怪我をするにしても彼が自分自身でやるには位置的にも理由的にも説明が難しい……近所に大病院があるのだし、ある程度の怪我くらいならば間に合わないと言う事はそうそうないだろう。

続きます。

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