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佳苗と青年にしか黒くてもふもふでちっさい四足歩行の生き物を見ていません。
子供とか近くの小動物が見ている可能性がありますが、彼等は基本的に近づきません。本能ですかね?
なので、青年にひっついているギャル子さん(仮名)には佳苗が突然難癖をつけて来たようにしか見えなかったけれど「あれ、電話してんの?」と思ってしまった、ちょっぴし悪い人ではないくらいの人物です。ある意味で今時の人物です。
悪い子ではないんですよ?良い子でもないだけで。
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出雲佳苗は、予想外なのか想定内なのか微妙なラインだと思った。
確かに、足元にはここ暫く愛おしいと誰に対してもはっきり言えるもふもふが存在する……最初こそは「実体がない真っ黒くろすけの四足歩行動物なんてどう対応したものか」と悩んだりもしていたのだが、そこはそれ人とは慣れる生き物である。
ついでに言えば、佳苗は生まれた世代が「病院を清潔にしよう」と言う世代だった為に同年代には他の世代に比べると極端にアレルギーに対して免疫抗体を持っていない世代となる。第二次ベビーブームの最盛期一年前に生まれたので、大体その前後の赤ん坊は極端に体が弱い子が多いらしい……全体数が多いから誤魔化されやすいと言う話もあるけれど。
「あれ、彼女さん置いて来ても良かったのかしら?」
「別に彼女じゃないし……」
「ほうほう……なるほどねえ……」
その中でも「動物の毛アレルギー」と言うのは毛の生えた生き物好きである佳苗にとってみれば「愛があるから耐える」と言い切る事は出来ても「聞いてる方が辛いわぁっ!」と親により一緒に寝ていた生きた毛玉と何度も引き離されて朝になって目が覚めると一人寂しかったと言う過去がある……が、そもそも実態がない以上はアレルギーも起き様がない。一緒に寝ていても潰す心配もない。
おまけに、実態がないからアパートで動物を飼えないけれど。そもそも実態が無いのでノーカウント、しかも普通の人には見えない……なのに、佳苗には見る事も触れる事も出来る。向こうが気を使ってくれている様で、抱き上げて欲しがるがほとんどぬいぐるみ程度の重さしか感じない……見てくれ通りの重さだと言う事ではあるが、かと言って「大きくなったらどうなるんだろう?」と言う疑問はあるが口にはしない。
大きくなれるかどうか判らないから、と言うのもある。
「な……」
「そう言えば、具合はよさそうですネ」
佳苗は、もう判っていた。
足元からもこの間の「転がりながらふしぎなおどりを踊っていた青年」だと言う事は、流石に気が付いていたからだ。
出来れば、また精神値が馬鹿みたいに削られるのは嫌なので同じ踊るなら動画にとって世界的にさらし者にしてやりたいと言う気はする……どうでなら、世界中に自分と同じ目に合えば……。
否、それは流石に世界中の人が可哀想だと思い直す。
人間、やって良い事と悪い事はある筈だ。
「お前……」
「とりあえず、目上の恩人に対して礼儀もつくせない今時の暴走系若者って……お上のお世話になったりマスコミの餌食になったりしても罪悪感も良心も痛まないと思うんだ」
「あの時の魔女……」
「それアウトだから! 何言ってるわけ?」
佳苗は、自分で言うのも何だが覚える「怒りの幅」がとても「狭い」だけで怒らないわけではない。
自分でもストライクゾーンの狭い上に粘着質な怒り方と言うものは、何と言うか面倒くさい人格だと思っているし。出来れば必要以外のエネルギーを無駄に消費する事になるのだから、出来るだけ馬鹿馬鹿しくも面倒くさい方向性に持って来るのは止めて欲しいと思う。
と言う意識を込めて、人の二の腕を掴んで……しかも、なんかにぎにぎしている手の先を見てみると不思議そうな顔をしている辺りが無性に腹が立った。
「うごっ!」
「……天罰覿面?」
突然見知らぬ人物に二の腕掴まれたこの人痴漢です!
と、大声で叫んでやろうかと思った矢先に目の前の人物がつんのめってぶっ倒れてくれると……正直、ざまあみろと言うべきか肩透かしを食らったと言うべきか少し悩む。
結果として、彼が自分で足元が弱ってすっころんだと世間からは見えるだろうから。佳苗の責任には何一つならない……何しろ、足を一歩を動かしてもいないのだ。愛すべき相棒が背後に回り込んでタックルかまして膝カックンしてくれたと言うだけである。
ただし、相棒は「一般人には見える事も触れる事も出来ない」と言う素敵機能を搭載している……素晴らしい。
『感動してくれている所悪いんだけどぉ、これぇ。別に機能じゃないんだけどねえぇ?』
やった本人が微妙な顔だちになっているのは……まあ、仕方がない。
「よし、逃げるか」
コンクリートの上ですっころぶのはさぞかし痛いだろうが、イケメン顔の人ならば勲章としてちょっとくらい傷がつていても大丈夫だろうと個人的に佳苗は思う……別にリア充滅びろろか、そんな事は思っていない。
「よお、おばさんよお……この間とは、ずいぶん態度が違うじゃねえかよぉ……」
「ぴっ?」
そんな、突然ぬおっと立ち上がった挙句。でかい身長を生かしまくって人の肩を組んで来たら、それは普通に驚くのではないかと思われる。それが、どんな世間一般的な意味で「イケメン」と言われてもだ。
「何、面白い反応してるの?
人に、こ・ん・な怪我させておいてさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「人のせいにするなぁっ!」
ぞわっとした感覚に逆らいきれず、うっかりアッパーカットが無造作に出てしまった佳苗は決して悪くはないだろう。
「うぉっ!」
ただし、相手がうっかり想像の外側で見ていたから足のバランスを崩してすっころんだ所に入口のチェインがあったりして、そこに思い切り足を引っ掛けて倒れたりとかしてしまったのは……。
「これ……運が悪いで済むか、なあ?」
『思い切り実行してるしねえ?』
笑って逃げる、と言うのも心苦しいとは思う。
これで愛すべき真っ黒四足歩行動物が先ほどの様にタックルかましてやったのであればともかく、自らの拳で未来あるかも知れない若者に傷をつけたとなると、とりあえず親御さんに謝るべきだろうか? それとも、ご子息が知らない中年の小母さんに対して二の腕を掴んだり転んで汚れている姿で突然肩を組んできたりとかした事を諌めて貰う様に頼むべきだろうか……と、悩んだ。
ただし、その悩んでいる時間は長く続かなかった……ちょっとした騒ぎになって警備員がすっ飛んで来たからである。ここで「私関係ないないです」と言って逃げるのは年長者としてどうかと思うべきか、それとも完全被害者として接するべきか……。
「大丈夫ですかっ!」
「怪我はどうですか!」
ぱたぱたと走って来る作業着姿の警備員たちを見ると、御人好しだと言う自覚はあるが「仕方ないかあ」と思ってしまう……佳苗自身が無職である以上、どうした所で「他人に迷惑をかけるの良くない」と言う気持ちと「苦労しておけ? 仕事だろ?」と言う気持ちが両方湧き上って来るのは止めようがないのだ。
「はい、捕まって下さい?」
『本当に、御人好しだよねえ?』
「……いいのか?」
「自覚はある、し。後悔もするけど、反省はしない」
「『駄目じゃん、それ』」
だってねえ、と佳苗は思う。
目の前で、周り中から注目浴びている中で、それでいて人が自分のアッパーカットのせいで倒れている……完全に第三者目線で見たら悪人だ。ご近所在住の身の上としては、こんな所で目立って警備員に掴まるのも顔を覚えられるのも御免こうむるが、なってしまったからには「どう」対処するかが問題なのだからどうしようもない。
引越しをする予定も無ければ、ここで買い物をしない予定もないのだ。つまり、予定はある。
『あぁ……ああぁぁぁぁぁぁぁ。
お前さあ、彼女に感謝しなよ? お前の運命が今、確実に変わったの判っただろう?』
「……痛みはどうです?」
「頭とか大丈夫ですか?」
「手当てしますか?」
どうにも、佳苗にとって「喜ばしくない事」を相棒が言っている様な気がする……のだが、果たして相棒は背信行為などするだろうか?
自己質問に対して出た答えが「そんな事してどうする? どうなる?」と言うあたり、信頼度があるんだかないんだかいまいち判りにくい。
どちらに転んだとしても、佳苗を陥れる必要はあるだろうか?
「大丈夫です、彼女が付いてますから!」
「いたっ!」
ごき☆
首の骨が、一瞬だけとは言え重力による慣性の法則に負けた音がした。
しかし、青年の言葉を信じたのか単に面倒に関わらなくて済むと思ったのか……悲しい事に、確実に後者の理由だろうと佳苗は確信を持って聞かれたら応えられる。誰も聞かないだろうけど。
「本当に、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です!」
「では気を付けて下さいね?」
はっきり言って、「彼」は何をどう混乱状態なのか知らないが人の首を抱えているものだから僅かに空中へ首が持ち上げられて締め付けられている……正直、呼吸困難だ。離したい所ではあるが、何故か手に力が入らずに添えているだけの状態になっているので釣り上げたいのか引きずりたいのかどっちだと聞きたくなる。
「さて……おばさん、あんた俺達の会話聞いてたよな?」
「首、首……!」
このまま蹴り上げるのと、腕に力は入らなくても爪を立てるのとどっちが良いかと考えている。
『そのままだと、人だと死んじゃうんじゃないのぉ?』
相棒の呑気な声が聞こえて来て、出来れば後少しくらいは長生きしたいなあと気が遠くなるのを実感しながら意識がすぅっと消えてゆくのを感じていると。
「ほわっ?」
「うわ、馬鹿!」
すぅっと体が地面に引き寄せられるのを感じたので、反射的に手を伸ばしたのは当然だろう。
しかし、佳苗の本日の格好は先日と大して変りはしない……元々、出掛ける予定さえなくて先日の出掛けた時に使っていたバッグをそのまま使っていると言うだけだったくらいだ。
流石に、同じ洋服を着たりはしていないがTシャツは夏場と言う事で何枚も持っているのでコットン素材である事は変わらない。デザインが変わる程度ではあるが、ここでポイントなのは「倒れかけた時に支えになるような便利なアイテム」を持ち合わせて居なかった事である。
「……え?」
肩掛けカバンは、その昔にドーナツショップのポイントキャンペーンで貰ったものではあるが。大きさと良い丈夫さと良い、その使い勝手の良さは「蓋さえ閉まればそんじょそこいらのバッグなんて整理しちゃうのに……」と佳苗が悔しがった一品である。一度など本気で捨てようと思ったのだが、何だかんだ言って壊れたバッグは捨てる事が出来たが貰い物のバッグは捨てる事が出来なかった。
それを上回るバッグ……残念な事に、佳苗の理想のバッグにはまだ出会っていない。
「……これ、何?」
ちらりと黒くて小さな毛むくじゃらの相棒に目を向けると、『知らない知らない関係ない』と言わんばかりに首をガンガンに横に振りまくっている……そのまますっぽ抜けたらどうしたものかと佳苗が思ってしまう程度には勢いが強かったわけで。
「人に立てって言って手出して置いて、何自分で倒れかけてんの? パントマイム?」
小馬鹿にした鼻で笑っているが、佳苗にしてみれば「いやこれ何それちょっとマテ?」と言う状態だったりするので、いかにも現実に則している様に見えて実は異なる様な気がしてならないのだが。
「ええと……」
『馬鹿、話合わせろ。人の目があるだろうが』
「……やってみたら、出来た感じ?」
「うわ、良い年して目立ちたがりとかって何やってるわけ?」
「別に目立とう精神はないけど?」
シナリオがあって言っていると言うのであれば、そのセリフは少しいただけない……とりあえず、シナリオライターを出せと言いたくなるのも無理はない。
人前に出て目立つ? そんなフザケたセリフを佳苗の過去を知った上で言っているとしたら、どれだけ佳苗にとって酷い事を言っているのか……とりあえず、最低でも椅子を投げつけて壊れるまで殴りつけてやりたいと思う事だろう。椅子が。
「んじゃなんだよ?」
「思い付き?」
そう言えば、「彼」は相棒と目と目で通じ合う的な会話が出来ていたわけで。
佳苗に声を届ける事くらいは出来ると言う事になる……佳苗は、会話の仕方を知りたいと思わなかったので訪ねなかったのだが。
続きます。




