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8月分は現在、7月の梅雨の合間に掲載しています。

これからも、ちょこちょこ見直してちょこちょこ直していきたいと思います……誤字については切りがありません。

10



 出雲佳苗は、困っていた。

 何はともあれ、こんな事はメールでもブログでもSNSでも尋ねるわけにはいかなかった。

 仕方ないので、質問応答系サイトで似た様な質問がないかも調べてみた。

 全滅した。

 身内は絶対に頼れない、知り合いにも聞くに聞けない、元会社は佳苗が毛嫌いしたい。

 しかして、八方塞がりで途方に暮れていた。


「ねえ、お前さん……大家さんに聞いた方がいいのかなあ?」

『それは……どうだろう?』

「ご近所で鳴き声とか聞かれたら、説明しにくいんだよなあ……。

 あ、ミルク要る?」


 佳苗は、昨日帰った時に気分的に少し憂鬱だった。

 雨が降っていたのだ、せっかく洗濯物を干して出掛けたのに少し濡れてしまった……ベランダには屋根があるから、そんなにびしょ濡れと言うわけでは無かったけれど室内干しが基本的に出来ないので部屋は工夫するしかなかった。洗濯機はあるけれど乾燥機がないからと言うのもある。

 実家なら鴨居とかカーテンレールに干す事もあったが、この部屋には鴨井がないから100円ショップで鴨居も活用できるグッズは使えなくて実家に横流した。カーテンレールは引っ越した当初から壊れかけていたので出来れば破壊したくない、ので扉に引っかけられるアイテムを使った。風呂場のシャワーホックにかけられるアイテムについては、残念ながら乾燥機がついていないので干すには適さないと判断した。

 簡易的な室内干しのフレームもあるが、分量を掛けられないので色々と気を使わなければならない。

 もっとも、それはそれとして「そう言う意味で」頭を使うのは嫌いではなかったから悪くは無かったけれど。


『気持ちだけ貰う』

「まあ、いいけど……」


 世の中の、どこの何を見れば判るのか佳苗にはとんと判らなかった。

 佳苗にとって、と言うより知っている中で経験者は誰も心当たりがない……「実体のない四足歩行動物の飼い方」なんて本は近場の近隣最大の本の集まる街に行けばありそうな気がしないでもないが、確実にそこに至るまでに「気になる本」とか「道のりが困難」とか「結局諦める」と言う展開が簡単に予測が付いた。

 ここが西の都でなくて良かったとも思うが、同時に手立てが思いつかないと言う八方塞がりだ。


「しっかし……どうしたものかねえ?」


 真面目な話、佳苗には真面目な意味で訳が分からなかった。

 昔、見聞きした本やテレビでの話では生まれた時に「この世ならざる者」と関わりやすい存在と言う者は確実に存在する。ただし、二十歳までに関わる事が無ければ一生関わる事はないだろう。

 幸か不幸か、佳苗には「それっぽい兆候」があったので自衛的な意味も含めてそれまで嫌がっていた眼鏡を速攻で購入したと言う経緯がある。見えて良いものと悪いものの区別がつかなくなった……とりあえず、乱視によって電光掲示板が歪んで見えるようになったと思いこむ事にしている。

 それが無ければ、別に眼鏡に頼る必要はなかっただろうと思わないでもない。ただし、そうなると仕事にならないと言う弊害も出て来るが。


『ん、美味しいよ。珍味?』

「……食べ過ぎるなよぉ?」

『はあい』


 佳苗は、自宅では作業する時以外は割と裸眼で済ませている事が多い。

 特に湿度も気温も体温も高くなる今時分は、眼鏡をかけていると曇るのだ。こんな日に外の店舗でラーメンだの熱い蕎麦だのは断固拒否したいと常々思っている。

 コンタクトレンズにしたいのは本音だが、まずコンタクトレンズを付ける様になると眼球に細かい傷がつく事で花粉症が悪化すると耳鼻科の先生にコンタクトレンズを着けて居ないにも関わらず怒られた事があって今でも理不尽だと思っている。もう一つの理由は、乱視がコンタクトレンズに付けられるレベルの乱視ではないと言う事で、矯正出来るのが近視のみ。結局、液晶テレビも電光掲示板もはっきり見えないと言う事にになるので避けていたのだ。


「ていうか、何食べてるの?」


 朝ごはんの支度をして食べ終わってから、ふと佳苗は聞いてみた。

 犬と鳥とフナとハムスターとウサギ以外を飼うのも初めてだが、実態のない相手を飼うのも初めてだ。

 食べ物もそうだが排泄関係も気にした方が良いのか、お風呂はどうするか、流石に健康診断は先生が見えないと意味がないだろう。

 そこまで考えて、美味しいと言われて困惑する。

 一体全体「何」を食べたと言うのだろうか?


『ん? 気持ち?』

「感情……みたいなもの? 記憶とか?」

『そこまでじゃないよお?』


 つまり、やろうと思えば出来るのだろうか……聞かない方が良いかも知れない。

 とりあえず、今は眼鏡だ。

 今は亡き霊能力者として取り上げられていた女性は子供の頃に能力があって当時もそれなりに知名度はあったそうだが、20代くらいに突然能力を失い。30だか40だか過ぎていきなり能力が戻ったと言う事を何かで聞いたか読んだかした気がした。もしかしたら、当時の父親の趣味である「廃本拾い」の中にその著書があったのかも知れない……その辺りの本は確かすでに処分したらしいけれど。

 言える事は、眼鏡をしていても相手を「認識」する事が出来れば「視る」事が出来るんだなあと言う事が判明した。ついでに、イヤホンを通さなくても声はさくっと聞こえる様になった。恐らく「繋がる」と言う事が大事なのだろうと佳苗は想像した。事実確認はしていない。


「そいや、お前さんはなんでカバンの中に入ってたの?」


 いきなり電車の中でタブレットを出そうとして目が合ったのは、流石に驚いた。


『日向ぼっこしてたらね、捕まりそうになったの』


 確かに、食事直後らしい顔を洗う仕草は微笑ましい。

 微笑ましいのだが、実態のない場合は顔を洗っても明日は雨になるのだろうかと不安感を覚える。

 だとすれば、これから洗濯をもう一度やるべきかどうか悩んだ所で結果が昨日の二の舞は困る……朝の今のうちが、すこぶる好天なだけにショックが大きい。

 流石に、今日は昨日の様な「散歩」に出る予定はないけれど。


『ああ言うの、性格悪いって言うんだよね?』


 しかも、無邪気な顔して割と的確なご意見をお持ちの様だ。

 何となくではあるが、佳苗の予測では目の前の御仁は見かけ通りの存在と思うのは……よくあるパターンとして思ってはいけないのだろうと言う気はする。

 となれば、居丈高になるのもダメだろうし持ち上げすぎも良くなさそうだ。

 それと言うのも、無意識で避けていた様な気もしないでもないが……佳苗と目の前の御仁とはお互いで自己紹介すらしていないのだ。


「見てないからなあ……何と言ったものか……。

 とりあえず、着替えてお布団と洗濯かなあ……?

 お前さん、その間はどうする?」


 流石に、普通の扱いをすると言っても完全に動物扱いはどうかと思わないでもないが……当の本人がそれで良いと思っているのならば、それでも良いかなあと思う。


「ご近所でも探検してくる?」

『……うん!』


 佳苗の提案はひどくお気に召した様で、目がきらきらと輝いていた……純粋無垢な瞳は世間とか社会とか言うその手の「汚れ」を知った身の上には非常に殺傷能力が高いのだなあと自覚する。

 もっとも、相手は全く気にしない様だが。


「あんまり遠くに行かない事、ご近所の人を驚かしたり、ご近所の『皆さん』を虐めたりしない事。

 約束、出来る?」


 一応の事、と思いながら口にしてみる……思ったよりも、佳苗はまだ距離感がつかめなくてドキドキしていた様だ。しかし、これは対人でも同じなのだから仕方がない……日本語を理解はしても話はしてくれなかった者達もいたし、同じ言語を口にしている筈なのに理解出来ない相手も沢山居た。

 相手を言葉でぶちのめし、諦めさせると言う意味で手ひどく折った事も何度もある。

 でも、その労力の割に得られた満足度はとても少なくて。それが、とても寂しかったと言う事を今でもはっきり覚えている……「こんなに疲れてこれだけかよ!」と言う感じが最も強かった。


『やだなあ、イジメなんてカッコ悪い事はしないよ?』

「そう、それなら安心……」

『最初になめられない様に潰すから、ぜんぜん大丈夫!』

「え……?」


 たらりと、佳苗の背筋に汗が流れた気がした。

 何故だろうか、全くもって何一つまるっきり安心出来ない事を言われた気がする……。


「普通の人には……」

『大丈夫だって、そんな面倒な事しないからあ』


 何故だろ……語尾に音符が付いている様に聞こえる。

 だと言うのに、この四足歩行動物はすこぶる可愛いく見えるから怖い。

 ええい、この小悪魔め!

 とか、内心で思っているが表情筋に一切出ないのは同時に「この御仁を外に出した場合のメリットデメリット」を正確に計算している容量が少しばかり多かった割に「情報不足」だと言う答えになったからである。

 意味がない。


『今はそんな強くないけど、動物くらいなら全然平気だよ?』

「ええと……怪我しない様に、喧嘩を売って来た相手以外は怪我をさせない様に。

 あと、あんまり遅くならない様にね?

 ……どうかした?」


 突然、目の前の小さな四足歩行動物が。

 何となくだが、「笑った」様な気がしたのである。

 否、現在進行形で笑っている……大笑いだ。何故だか馬鹿にされている様な、そんな気持ちになる。

 一体全体、佳苗は自分がどんな「笑える事」を口にしたのだろうかと疑問でいっぱいだが、相手は笑うのが大変忙しいみたいで前足を「てしてし」と人みたいに叩いている……。

 ちくしょう、写真撮りたいくらい可愛い。

 佳苗の偽らざる本心である、もし動画が取れたらキャプチャーで画の抜き取りをしまくってプリンターのCMの様に「間違い探し」状態の絵を山ほど印刷するのは紙とインクが勿体無いのでデータに保存しまくるのに……と思うが、やはり咳き込みなどをするなんて細かい芸当をする姿に「何が可笑しい!」と怒るに怒れなくて困る。


『うんうん、ありが……げほげほ……うん。

 何て言うか……変わった人だねえ……』

「褒められている気はあんまりしないけど、それなりに褒めれてるんだって思い込む事にしておくわ……」


 思わず、遠い目をしたくなる。

 一般人相手ならば達観するのも慣れたものだが、実態の無い四足歩行動物にまで「変わってる」と言われるとは、一体どこまで自分は「変わっている」存在なのだろうかと言いたくなる。

 四足歩行動物は笑いすぎて咳き込むなんて、ずいぶんと生き物っぽいと言うか人っぽい仕草だ……四足歩行だけど。毛むくじゃらだけど。可愛いけれど。

 思わず、背中をなでてしまう程度には。

 そうして、やはり暖かくて柔らかいのだ。

 ほんの少しだけ、寂しさを覚える程度には。


『えぇっ! 最大級の褒め言葉なのにぃぃぃぃぃ……』

「基準が判らないから、飛び上がって喜んであげられなくてごめんね。

 何しろ、この部屋で飛んだり跳ねたりしたら床が抜けちゃうもの。私の体重で」

『自虐ネタはすべると二重で辛くないぃ?』

「……少しだけね」


 思わず、視線をそらしたくなる程度には。

 自虐ネタは、時と場合を選ばないと余計に辛さが倍増だ。


『でもさあ? 実態がないのに怪我の心配とかってぇ、普通はしないんじゃないかなあ?』

「……それもそうだね?」

『なんでえ?』


 撫でていた手を、すり抜けて顔を手に寄せる。

 背中では無くて顔を撫でろと言う意味かと思って、そのまま顔をなでまくる……妙に「似合う」からこれまた暴れたくなる程カメラを向けたいところだが。恐らく「まだ」無理だろうと思うし……そもそも「まとも」に写っても困りそうな、写らなくても悲しい様な、そんな気分だ。


「さあ……怪我したら、痛いからじゃないかな?

 見てるだけでも、結構気持ち的に痛いよ?

 自分のせいで誰かが怪我をしても、やっぱり痛いかもね?」

『痛いぃ?』

「うん、たぶん……心が? 人によって違うかも知れないけどね?」


 ふうん? と言った目でこちらを見ている様子は。

 極々普通の、黒い毛むくじゃらの四足歩行動物にしか見えない……それでも、見えないからこそ見えるのがオカシイのだと言う事を。

 佳苗は知っている。

続きます

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