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旅人物語(仮)

旅人の花束

作者: 水尺 燐

旅人物語(仮)第3段!

 長い道を馬に乗って走った私はようやく目的地にたどり着いた。


 何度もあの人を訪ねた場所はいつも通りのどかで静かで温かい。

 けれど、今の私には居心地が悪い。

 こんなことがなければ馬を借りて急いで訪れることはなかった。


 感傷に浸る私に馬がブルブルと鳴いた。

 長い道を走ったからだろう。馬は休ませてほしいと鳴いている。

 けれどもう少し待ってほしい。私の用事が終わったらたくさん休ませてあげるから。


「すみません」


 私は馬の手綱を引きながら近くにいた婦人に声をかけた。


「集合墓地はどこにありますか?」

「ここから裏門出た先にあるよ」

「ありがとうございます」


 何度も訪れた場所だけど全てを知っているわけじゃない。

 婦人の言葉に私は馬に乗って走りたい気持ちを抑えて裏門へと向かった。


 連絡があったのは少し前。私の元に1通の手紙が届いた。


 あの人が死んだ。


 覚悟はしていたつもりでいた。

 あの人は数年前に体を病で蝕まれてしまった。

 不治の病。医者も匙を投げてどうすることも出来ないと語った。そして、余命が長くないとも。


 私はあの人の病を治す方法を探して旅立った。けれども、見つからずにあの人は死んでしまった……



 手頃な木の枝に馬の手綱を結んで私はあの人の名前を探した。

 集合墓地と言っても1つの墓石に納めるわけではない。1つ1つの墓石が集まっているから集合墓地とこの付近で言われている。


 比較的新しい墓石が目に入り私はもしかしてと見た。

 あの人の名前が刻まれた墓石。見つけた。

 私はその場にしゃがんで刻まれた名前に手を当てた。


「久しぶり」


 最初に出た言葉はあの人に必ずかける言葉だった。


「今度はね海へ向けて旅したの。港があって海が見える町。少し独特の臭いがしてた。あなたに見せたかった……」


 今まで旅した場所を言う。

 あの人と再会をすると今度はどこへ行ったの?と尋ねてくる。

 決まったやり取りに反射的に私の口から言葉が紡がれる。

 違う。

 まるでそう言われたような感じがしたから言ったんだ。


 ――どこへ行ったの?


 いつも楽しみにしている声


 それからと次いできそうな声


 行きたいと願望を込める声


 私はその声を聞きながら話す。


「船がいっぱいあったの。川に泊めているような船じゃない。大きな船。ものすごく大きな船が!その船が海の向こうにある大陸まで行くんだって!あなたが言った通りだった」


 心に漂う靄が痛くなるのを感じた。


 あの人は本を読むのが日課と言っていた。

 昔は私があの人の話を聞く聞き手だった。


 鹿や猪とは姿も鳴き声も違う生き物が住まう場所


 火の気がないのに真夜中にちいさな光が踊る場所


 ものすごく高い所から水が音を上げて落ちてくる場所


 大地と空が何処までも続くのが見られる場所


 この世界には本に書かれた以上の不思議があるとあの人は語っていた。


 だから、2人でそれを見に行こう!


 あの人は目を輝かせて言った。

 けれど、叶わなかった。


「だけど、見つからなかった。ごめんなさい……」


 そして謝る。


 あなたの病を治す方法を探しに行ったのに見つけられなかった。

 あなたが私と一緒に見たいと言った場所を私は1人で見てしまった。

 後悔でしかない。

 後悔しかない。

 約束を破ってしまったから。


 あなたは私に病に蝕まれて動けないから仕方ないとまた言うかもしれない。

 だけと、私はあなたを理由にしてしまった。

 私は、最低だ。


 ごめんなさい。と、口から再びこぼれる。


 ――またそんなことを


 クスクスと笑う声が聞こえてきそう。


 だって、私もあなたと一緒に見たかった。

 あなたが言った場所を2人で見たかった。

 語りたかった。

 それが出来なかった。

 それが、私の後悔。約束を破ってしまった後悔。


 ――だけど代わりに見てきてくれた。ならいいんだ


 よくない。


 だって、私が今一番後悔していることは……


「あなたに会いたい!!」


 両目から涙が溢れて流れ出す。


 会いたい


 会うことが出来なかった。


 最後を看取ることが出来なかった。


 病気を治す方法を探してくれているから安心していられるんだ。それまでは耐えてみせる


 もしも、病気が治ったら、約束を果たそう。2人で旅に出るんだ!


 あの人も1人で旅立ってしまった。

 永遠の眠りについて旅立った。

 私の手が届かない場所へ。



 ――ねえ、花はあった?


 私は泣いたまま顔を上げた。

 耳元でささやかれたような言葉に驚いて。


 一体誰が?


 周りを見回した。だけど人の姿はない。

 それじゃ今の声は?


 疑問に思いながら花と呟く。


 花


 あの人は花について聞くのも好きだった。


 違うよ。いつも言いたそうにしているから聞くんだ。


 そんなことない。あなたが好きだから言うの!


 違うよ。好きでなければ言わないし聞いたりもしない。

 本当に花が好きな人じゃなければしないよ。


 笑い声が聞こえてきそう。


 流れる涙を脱ぐって私は出来るかぎりの笑みを浮かべた。

 まだ泣きたい気持ちがある。鼻がグズっと鳴く。口元が震える。目も震える。

 それらを堪えて私は震える声で呟いた。


「見たことのない花がいっぱいあった。色がいっぱいあったんだけど、赤とか黄色が多かったかな?」


 そう、カラフルだった。

 だけど、驚かされたのは色だけじゃない。


「花が大きかったの。大きい花がいくつもの咲いているの。小さい花もあったの。その花はね、1つの茎にまとまって咲いていたの。ちいさな花がいくつもいくつも」


 まだ出る。まだ出ると口が止まらない。

 いつの間にか、声の震えは止まっていて普通に話していた。


 花になると話の種が尽きない。

 あの人の言う通り、私は花が好きなのかもしれない。


 花があると気分が安らぐよね。

 そうして人が来る。

 そうするとね、また人が来て種を植える。

 花がある場所には人がいっぱいいるんだよ。


 それを言うのは多分、あなただけよ。


 そうかな?だけど力強く生きているよね。


 え?


 だってそうだろう?花は咲いている時間が短い。だけど、人は長い時間を生きることができる。

 花は短い時間の間に種を残して次に残すことが出来る。

 そう考えるとね、生きているんだって思うんだ。


 幼い頃に交わした話。

 何それと笑ってしまったけれど今なら少し分かる。そして、あの人は悟っていたのかもしれない。


 私よりも先に旅立ってしまうことを。


 ――他にはどんな花があった?


 また聞こえた気がした。

 なんだか、近くにいるような気がしてきた。

 私は語る。花について――



 花について語っていたら日が傾いていた。


「それじゃまた来るね」


 いつの間にか私の中から後悔の念が抜けていた。

 不思議。あんなに約束を破ったことを後悔していたのにしていない。


 頼みがあるんだ。


 あの人と最後にあった時、懇願するように私に言った。


 もし何かあったら花を供えて持って来てほしいんだ。好きな花を。


 ――好きな花はね……


 私は鞄からあの人が好きと言った花を花束にしたものを供えた。

 私も好きな花。

 あの人は意味が好きと言った花。


「今度はいつになるか分からない。だけど、私絶対に来るから!だって、あなたが好きだから」


 だから……そう言って私は口を閉ざした。

 だって、供えた花束が代弁してくれる。私の想いも供えられている。


 私はあの人の墓石に背を向けて、馬の手綱を引いてあの人が住んでいた場所へと戻った。


 供えた花の意味は……


  君を忘れない――――


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― 新着の感想 ―
[良い点] 人物名が出ていない所が、なんかいいなと感じました。 特定しない「誰か」が逝ってしまった「誰か」と会話するのが、とても印象的です。 どこか詩的てもあり、短編で良くまとまっていると思います。 …
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