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一面に広がる草むらと、まばらに生えた樹木。この世界の人からはデルフェー林原と呼ばれているらしい。私は目の前にいる黄金色の狐――ルナリドの後を追いかけていた。背の低い草とはいえ、うっかりすると見失ってしまいそうだ。私はカバンを抱えたまま、ジャージ姿で息を上げていた。
「ねえ、本当にこの先に、英雄晶があるの?」
「安心して。気配には確実に近づいてるから」
私の問いにルナリドは首だけ回して答える。このやり取りも何度目だろう。なかなか景色が変わらず、苛立ちが募る。夕飯前だったからお腹もすいてきた。どこでもいいから立ち寄って、ご飯を食べて血で汚れた制服を洗ってしまいたい。この様子では、望みは薄いけれど。
それからただひたすら歩いていくと、前方に煙が立ち上っているのが見えた。私たちは足を止め、小高い丘に移動する。丘からは前方の様子がよく見えた。
まばらな林の中に集落があり、その建物から火の手が上がっている。集落には武装した軍隊らしき集団と、青っぽい体をした生き物がいた。犬や狼に似た顔つきをしていて、いわゆる獣人というやつだ。彼らは武装集団と戦っていた。いや、攻めてくる軍隊を必死に追い払おうとしている感じだった。軍隊の方が人数も多く、武器も銃など強力そうな物を使っている。
「あーあ、ついてないなあ。せっかく英雄晶を見つけられるかと思ったのに、小競り合いになってるなんて」
ルナリドが迷惑そうに呟く。私は狐の顔をのぞき込んだ。
「英雄晶はあの村の中?」
「気配からして、あの村にあるのは間違いないね」
「軍隊と青い人たちと、どっちが持ってるの?」
「青い人たちの方」
ルナリドは私の質問に淡々と答える。私はそれを聞き、もう一度集落を眺めた。今のところ軍隊の方が優位で、青い獣人達を圧倒している。このままいけば、軍隊側の勝利で戦闘は終わるのだろう。収まるまで待って、英雄晶を探すのも一つの手だ。それか英雄晶の力を借りて加勢して、早めに戦闘を終わらせるのも可能かもしれない。あるいは――
「ルナリド、英雄晶を貸して」
私が言うと、狐はばっとこちらに振り向いた。
「加勢するの?」
「待ってたら先に取られちゃうかもしれないから」
「ふうん? ま、ボクは英雄晶をちゃんと手に入れてくれさえすれば、どっちでもいいけど」
ルナリドは少し首を傾げたが、尻尾から三日月型の石を取り出した。私がそれを受け取ると、ルナリドはぴょんと私の肩に乗る。もともと手のひらより少し大きいくらいのサイズだが、そんなに重くなかった。
私は火の手が上がる集落に向かって走った。ある程度まで近づいてからカバンを放り投げ、白い石を握りしめる。
「晶中に封じられし魂よ、ラクシェン神の名のもと、その力を解放せよ 英雄晶・シラギ!」
三日月型の石は光り輝き、一振りの刀となって私の手に収まる。戦場の一部を間合いに捉える。握る手に力を込め、素速く刀を振るった。鈍い破裂音が響き、金属の破片が宙を舞う。狙いを定めていた兵士は呆然と欠けて使い物にならなくなった銃を見つめている。私はさらに間合いを詰め、刀の峰を兵士の腹にたたき込んだ。短いうめき声を上げ、相手は前のめりに倒れ込む。私は息を吐き、刀を構えた。自分のことで精一杯なのか、私のことに気付いている兵士は少ない。
視界に光が煌めいた。一人の兵士が、腰を抜かした獣人に刃を振るおうとしている。それを見て、私は咄嗟に駆け出した。刀を前に突き出し、上向きに振る。金属同士が鋭くぶつかり、凶器が弾かれて明後日の方向に飛ぶ。私は腰を抜かす獣人の前に立ち、丸腰になった兵士に向けて刀を持った。
「き、貴様、裏切り者か!?」
兵士は私を指さし、震える声で叫んだ。その声で、周りにいた者の注意が一斉にこちらに向く。
「裏切り者?」
私は薄く笑った。
「裏切るも何も、私はあなたたちの味方だったことなんてないけど」
兵士も獣人も、ここにいる人達は私にとってはただの他人だ。どちらに加勢するかは私の自由。好きな方を選んだまで。どちらの人々も、突然の乱入者を驚いて見つめている。いや、人間の軍隊の方は、警戒の目で私を狙っていた。
「ミキ、囲まれてるんだけど」
私の方の上でルナリドが不満げに口を尖らせる。私は敵意を向けてくる彼らを見た。緊張した空気を纏い、銃口をこちらに向けている。けれど、突破法が頭の中に浮かんでいた。
「問題ない」
言い聞かせるように呟き、刀を握り直す。静寂が辺りを支配した。ぴりりとした緊張が、わずかに揺らぐ。刹那、私は駆け出した。一人の兵士に向かって突っ込む。慌てた兵士は引き金に力を入れた。けれどもう遅い。刀は素速く銃を弾いた。足を踏み込み、刀を切り返す。横薙ぎに振るわれた刃が砲身を切断する。相手が驚いている隙に、素速く後ろに回り込んだ。直後、銃声が響く。一人の肩から血が噴き出し、痛みに倒れる。兵隊の間で動揺が起こった。さらに狙おうと銃口が向けられる。気配を感じ、見えないところにさっと回り込む。銃声が響き、その度に敵が倒れていった。
「馬鹿者、近くに味方がいるのに発砲する奴があるか!」
遠くから指揮官らしき声が飛ぶ。その言葉でようやく、誤射させられていることに気付いたらしい。ある兵士は銃を取り落とし、ある兵士は剣を抜いて向かってきた。しめた。接近戦ならこちらが優位に立てる。慣れた動作で刀を振るい、間合いを取って詰め寄る。武器を弾き、腹に刀をたたき込んだ。その度に敵が倒れていく。ついには私に武器を向ける人さえいなくなった。兵士は気を失って倒れているか、腰を抜かして震えているばかりである。
「ええい、たった一人相手に何を恐れている!」
叱咤の声が飛んだが、全く効果はない。私がゆっくり刀を構えると、起きている兵士は小さく悲鳴を上げた。中には背を向けて逃げ出す人までいた。これでは戦闘にならないと感じたのだろう、軍隊はついに引き上げていった。私は息をつき、肩の力を抜く。
「晶中に還れ」
唱えれば光が立ち上り、刀はまた白い石に戻る。振り返ると、犬顔の人達がこちらを見つめていた。それは好意的な視線ではなかった。ある者は物陰から様子をうかがっているし、ある者は肩を寄せ合って警戒の眼差しを向けている。またある者は武器らしき刃物を構えていた。一歩間違えれば一斉に襲いかかってきそうな、そんな雰囲気だ。なんとも居心地が悪い。私は彼らに危害を加えた訳じゃないのに。そう思っていると、青色が横から飛び出した。
「ちょ、ちょっとみんな! ここにいるのは確かにトガタだ。でもオレの命の恩人なんだ!」
目の前に現れた獣人――声からして少年らしい――が必死に叫ぶ。彼は小柄ながら、私を視線から守るように腕を広げていた。
「トガタ?」
「ああ、君みたいな姿をした存在を、彼らは“トガタ”って呼んで化け物と認知してるらしいんだ」
私の呟きに答えて、ルナリドが耳打ちする。化け物。その言葉が、どすんと心に沈んだ。化け物って、もっとこう、トゲがたくさんあるとか牙があるとか、グロテスクなものじゃないだろうか。私みたいにただの女子高生が言われる言葉じゃない……はず。けれど向けられる視線は、確かに恐ろしい者を見ている目だった。
「そういうことは先に言ってよね」
「聞かれなかったから、わかってるのかと思って。それに、まさかこっちの味方をするなんて思わなかったからね」
小声で悪態をつくが、肩の上の狐は悪びれない。私だって彼らに化け物扱いされるとわかっていたら、獣人の味方なんてしなかったのに。なんて思っても後の祭りだが。
「そこをどけ、ガルル! そいつが他のトガタを追い払ったからといって、味方である保証はないんだぞ!」
一人が大声で叫ぶ。酷い言われようだ。武器だって仕舞ったのに。敵に回そうとしてるのはそっちだよねと言いたい。ガルルと呼ばれた狼の少年は、やはり動かなかった。
「嫌だ! オレはこの人に恩返しするんだ!」
「馬鹿言え、殺されるぞ!」
「怪物を村にとどめておくな!」
周りから次々に罵倒が飛ぶ。けれどなんと言われようと、少年は私を守るように立ちはだかっている。結局、てこでも動かない少年に大人達の方が折れ、しっかり監視することとすぐに出ていくことを条件に、私は滞在を許されることになった。
「すみませんでした。それと、助けてくださってありがとうございます」
犬顔の少年はぺこりと頭を下げる。この子はたぶん、腰を抜かして襲われそうになっていた、あのときの獣人なのだろう。助けておいて正解だった。昔からよく言う――なんだっけ、情けは人のためならず? 本当にそんなことがあるんだと、ちょっとびっくりでもある。
「気にしないで。それより探してる物があるんだけど――こういう石、知らない?」
私は手に持っていた英雄晶を見せた。元はといえばこれを探しに来たのだ。見つけられずにここを去ったんじゃ意味がない。しかし、ガルルは首を傾げた。
「うーん、見覚えがないなあ……」
最初から情報が得られるとは思っていなかった。けれど気持ちは落胆してしまう。
「こういう形とは限らないよ。最近不思議な形状をした綺麗な石を見かけなかった?」
肩からルナリドが口を挟む。その声でようやく黄金色の狐の存在に気付いたらしく、ガルルは目を瞬かせた。が、すぐに顔を輝かせる。
「す、すごい、賢獣を連れてるんだ…!」
彼は尊敬の眼差しで私を見上げた。ルナリドは不機嫌そうに息を吐く。
「質問に答えて。不思議な形の宝石を見たの?」
問われ、ガルルは思い出したようにぽんと手を打つ。
「最近すごく綺麗な石を見つけました! うちに置いてあります!」
そう言って、私の腕を引っ張った。されるままについていくと、一軒の建物の前に着いた。土を円筒状に固めたような建物で、屋根に干し草が使われている。家と呼ぶには粗末な物だ。ガルルは中に入り、ばたばたと何か探し始めた。やがて出てきたときには、光る物を手にしていた。
「これでいいですか?」
彼が差し出したのは、赤く煌めく宝石。なめらかな曲線をいくつも描き、全体的に炎のようにも見える。色も黄色と橙が混ざったような、微妙な色合いをしていた。
「そう、それだよ!」
ルナリドが身を乗り出す。その反応からして、本物の英雄晶であるらしい。まさか本当に出てくるとは思わなかったので、私は何度もその石を見つめてしまった。こうもあっさり見つかってしまうと、逆に拍子抜けしてしまう。
「それ、ボクらにちょうだい」
ルナリドが手(前足)を伸ばす。ガルルはどこか腑に落ちないような顔をしていた。
「いいですけど、こんなのでいいんですか?」
「もちろん。大助かりさ」
狐が私の上でふんぞり返る。ガルルはいまだ首を傾げながらも、炎のような石を手渡してくれた。