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記憶の結晶  作者: 風白狼
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 木がまばらに生えた草原に風が渡る。同時に血と死の臭いが鼻に来た。私は何も考えられず、斬り伏せて動かない体をただ見つめた。

「それにしてもキミ、ちゃんと英雄晶を使いこなしてくれたね。ボクが見込んだとおりだったよ」

 場違いな明るい声が聞こえてくる。狐は嬉しそうに小躍りしていた。どういうことかと、私は狐を睨み付ける。

「えいゆうしょうって何? 使いこなすって?」

 私が尋ねると、狐は得意げに鼻を鳴らした。

英雄晶(えいゆうしょう)ってのは、さっき渡した石のことだよ。その名の通り、どこかの世界にいた、英雄の記憶を封じた石さ」

「英雄の記憶……」

 私は今握っている刀を見つめた。ぬるりとした血糊から、白く輝く刃が覗いている。よく見れば、戦歴とも言える傷が刀身に付いている気がした。

「例えばキミに渡したのは、シラギっていう剣豪の記憶が封じられていたんだ。そしてそれを呼び起こせば、彼と同じ力が得られるってわけ」

 狐の言葉に、私は先ほどの光景を思い出す。白い石――英雄晶から現れた光は、中に封じられていたシラギという人物の記憶だったのだろうか。戦っているとき自分が自分じゃないように思えたのは、乗り移ってきた記憶のためだろうか。

「私に実戦経験がなくても、そのシラギって人の経験を引き継いで戦えたってこと?」

「物わかりがいいね。その通りだよ」

 私が尋ねると、狐は頷いてみせた。嘘をついているとは思えないが、その話が本当だとすると、私は英雄晶という石の力に助けられたと言うことになる。まあ、実際に戦えてしまったのだし、否定できない。息をついたところで、ふと握っている刀のことを思い出した。

「ところでこれ、どうやって戻せばいいの?」

 私が尋ね得ると、狐はああと笑った。

「『晶中に還れ』って唱えればいいんだ」

「晶中に還れ」

 言われたとおりに呟けば、ごうっと光が立ち上る。私の中から現れた光は刀に集約し、その刀も光を吸い込んで形を変える。見る間にそれは元通り三日月型の白い石となって手の中に収まった。手のひらサイズの英雄晶を、狐に返す。狐はそれを前足で受け取り、どういう仕組みなのかふさふさの尻尾に仕舞った。

「どうしてそんなすごい石を持ってるの?」

 私が問うと、狐はたたずまいを直した。

「英雄晶は、もともとは女神様がいろんな世界の英雄の記憶を結晶化して、保管していたものなんだ」

「女神様?」

「そう。さっき唱えた言葉の中に名前が出た、ラクシェン様のこと」

 そういえば、力を呼び出すときにそんな名前を口にした気がする。あのときはわからなかったけど、女神の名前だったらしい。狐はさらに続ける。

「でも“時空の衝撃”が起きて、保管されていた英雄晶のいくつかが世界のあちこちに散らばっちゃったんだ。だから女神様はボクら天使に散らばった英雄晶を集めるようにおっしゃった。で、ボクはこの世界の英雄晶を回収してるってわけ」

 話だけは聞いていたが、女神とか天使とか、なんだか物語の中みたいに現実味のない話だ。というか。

「天使だったんだ……狐なのに……」

「狐って……失礼だね、キミ」

 やっぱり天使って言われたら羽の生えた子どもの姿を連想してしまう。私の態度が気に障ったらしく、天使だという狐は不機嫌そうに元々細い口元をさらに尖らせた。

 それを見つめて、袖で額をぬぐう。そこで肌触りが違うことに気付いた。乾いた血で、制服の生地が固まってしまっている。そういえば返り血を浴びていたんだと、顔をしかめた。紺色の冬服だから色は目立たないが、血が付いたままは気持ち悪い。背負っていたカバンを下ろし、中を見やる。幸い、部活の時に使っていたジャージが入っていた。辺りに狐以外誰もいないことを確かめ、草陰でジャージに着替える。脱いだ制服を簡単に畳み、カバンの中に押しこんだ。本当はすぐに洗い流したいのだけど、水道も水場も見つからないし、仕方がない。家に帰ってすぐに洗い流そう。って、私、最初に聞かなきゃいけなかったことを忘れてた。聞けるのはこちらを向いて毛繕いをしている変な狐しかいないが、この際細かいことは気にしないでおこう。

「ねえ、ここはどこ?」

 私の問いに、狐は顔を上げた。

「うん? ここはデルフェー林原(りんげん)だよ。確か、コルフェオ領じゃなかったかな」

「でるふぇーりんげん? こるふぇおりょう?」

 聞いたこともない地名に、私は面食らった。少なくとも日本っぽい地名じゃないし、有名じゃないってことは交通手段もかなり限られてくる可能性が高い。

「じゃあ、日本には、どうやって行けばいいの?」

「ニホンなんて地名、この世界にはないけど?」

 藁にもすがる気持ちで尋ねたが、あっさりと願いは崩れ去った。言われたことが信じられなくて、自然と口が動く。

「地名っていうか国の名前なんだけど……ほらアメリカとか中国とか、フランスとかイギリスとか」

「国かぁ……残念だけど、キミが挙げた名前の国はないよ」

 狐の言葉はあっさりとしていて冷たい。と、狐は思い当たったと言わんばかりに耳を立てた。

「あ、フラリスっていう国ならあるけど」

「フラリス!? いやなんか微妙に違うよ!?」

 混じってる。わからないのに無理に挙げようとして記憶が混ざったみたいになってしまっている。フラリスなんて、そんな国聞いたこともない。

「……ねえ、あんたが知らないだけなんてオチはないよね?」

「まさか! ボクは女神様にこのクロナと呼ばれる世界の知識を全て与えられているんだ! 国の名前がわからないなんてことはありえないよ」

 狐は胸を張って答える。突きつけられた現実に、さあっと血の気が引いていく。何となくわかっていたことだ。見たことのない景色だし、よくわからない空間を通ってきたし、おかしな人たちに襲われたし、なにより英雄晶とか言う不思議な力を体験した。けれど、とにかく認めたくなかった。

「私、やっぱり違う世界に来ちゃったの…?」

 言葉にするとそれだけで認めたように感じてしまう。女神に天使、それに異世界。まるで架空の物語の中みたいだ。いや、ひょっとしたら夢かもしれない。話だけでは現実味がない。けれど、実際に起こってしまっていることだ。

「違う世界だって?」

 狐は怪訝そうに尋ねる。私はことの詳細を話した。自分の住んでいた街の特徴や、ここに来た経緯など。上手く説明できているかはわからないけれど、狐はもったいぶって頷いた。

「なるほど、確かにキミはクロナとは違う、チキュウという場所から来たみたいだね。多分、英雄晶と同じように“時空の衝撃”に巻き込まれちゃったんだよ」

 曰く、それだけ大きな衝撃で空間が一時的に繋がってしまったのではないかという。そして私は、運悪くその繋がりに落ち込んでしまったらしいのだ。

「どうすれば帰れるの?」

 私は狐の体を掴んで詰め寄った。狐は驚き、困ったように口元を動かす。

「そんなこと言われても……女神様なら、ひょっとしたらどうにかなるかもしれないけど」

「じゃあその女神様のところに連れて行って。今すぐ」

 帰りたい一心で、狐の小さな体を揺すぶった。けれど狐は呆れた息を吐き出すばかり。

「今すぐは無理なんだ。英雄晶を回収してからじゃないと戻ってくるなって言われてるから」

「そんなの、今みたいな緊急事態だったら別でしょ?」

「だから無理なんだって」

 狐は肩をすくめると、手足と尻尾をぱたりと動かした。直後、辺りの景色がガラリと変わる。色々な物が混じったような、あの光景。けれど来たときと違うのは、全身を押さえつける見えない圧力がかかってきていることだった。押しつぶされそうな圧迫感に、顔を歪める。何かに、拒絶されている。力は私達を押さえつけ、また草原に出てきてしまった。

「ね? 戻れないでしょ?」

 言うことを聞かない子どもに言い聞かせるような態度で、狐は尻尾を振った。だめ押しとばかりにこう続ける。

「だからさ、ボクが英雄晶を集めるのを手伝ってよ。そうすればボクもキミも帰れるはずだよ」

 ふりふりと尻尾を振る狐(天使)。面倒だから嫌だ。早く帰りたい。そう言いたかった。けれど、その提案に乗る以外、帰る方法もわからない。

「わかった、協力する。でもその代わり、約束を破ったら承知しないからね?」

「もちろん。誰かとの約束を破ったりしたら、女神様にこっぴどく叱られちゃうからね」

 狐は任せろと背筋を伸ばした。そして何か思ったのか、耳をぴくりと動かす。

「そういえばキミ、名前は?」

「……千野(せんの)美姫(みき)

「わかった。ボクはルナリド。これからよろしくね、センノ・ミキ」


 こうして私は、英雄晶を集めることになった。それが、どういう結末になるかも知らずに――

 異世界トリップ、何かの力を封じたアイテムで戦う、サポートする小動物キャラ、他作品とのコラボ……ネタとしてはありきたりですね。でも書きたくなったんです。欲求を満たすのが書き手、創作クラスタの性でしょうか……

 もし続くのなら今までに書いたオリキャラ達の名前をちりばめながら本筋を描く、自分とファン様(いるのか?)のための作品になりそうです。もちろん、これが私の作品の最初になった方にも楽しめるように努力していきたいですね。

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