└ えいぷりる
前話「すまいるあげいん」の番外編です。
朝早く携帯が鳴る。
いつもはこの時間になることは無いのに。
ましてや今は春休み。
何秒か鳴って止んだ音は、あの人だけの特別な音。
それを無視するわけにもいかず、唯衣は眠い目を擦りながら起き上がった。
「朝っぱらから、何なんですかー……」
携帯を手に取り、いくつかボタンを押してメールを開いた。
いつも通り、簡潔で短い一言。
『園芸部の花壇で』
「……え」
唯衣はもう一度そのメールを読み直す。
何度見ても、書いてあるのはそれだけ。
「はいーっ!?」
待ってるんだろうけど、そう思うけど!
時間とか、用件とか……もっと書くことあるはず。
勘違いだったとしても、思った通りだったとしても、そこに行ってみなければ何も分からない。
唯衣は大きくため息をつきながら、パジャマのボタンに手をかけた。
坂道を駆け下りていく。
唯衣の家は小さな丘の上にあり、学校はその麓にある。
自転車で下ればすぐに着くけど、自転車通学の許可範囲に入っていない。
よって、こうやって走るしかない。
「……これでいなかったら、最悪だな」
折角の春休み。
一日でも無駄にしたくない。
あの時よりは大分少ないが、ちゃんと課題も出ている。
前半で終わるような内容のはずなのに、まだ終わっていなかった。
どれもこれもあの人の呼び出しにいちいち応じていたせいだ。
休みに入るまでは無かったのに、入った途端毎日のようにメールしてくる。
外に出る時もあれば、メールで小さな会話を楽しむ時もある。
唯衣は裏門から校内に入った。
校舎の裏手にある花壇には、正門から入るより裏門から入る方が遥かに近い。
少し歩けば、すぐに花壇が見えてくる。
唯衣は小さく深呼吸してから、あの人の姿を探した。
「先輩ー?」
そう呼んでみるが、返事は無かった。
花壇では大きくなったチューリップが蕾をつけている。
この間ここに来た時はまだ無かった。
これを見せたかったのだろうか。
「唯衣」
不意に後ろから声をかけられた。
唯衣が慌てて振り返ると、そこにはここに呼び出した張本人が立っていた。
「先輩?」
「来てくれたんだ。なかなか来ないから、無視されたのかと思った」
メールをくれるまで寝てました、なんて言えず、唯衣は曖昧に笑うしかなかった。
自転車で来ればよかったと少しだけ後悔する。
「どうしたんですか、先輩。急にあんなメール」
「あぁ、唯衣に報告があってさ」
先輩はそう微笑むと、後ろを振り返って誰かを呼んだ。
隣に立つ女の子の姿を見て、唯衣は心臓が飛び出るかと思った。
「み、美草ちゃんっ?」
「やっほ、唯衣。お久だね」
唯衣に微笑みながらそう言ったのは、親友の美草だった。
ある予感が胸を過ぎる。
まさか。
でもそんなはずはない。
美草は和くんが……。
「俺ら、付き合うことになったんだ」
予感が当たった。
え、と唯衣は言葉を詰まらせる。
自分の知らないところで、二人がそこまで進展しているとは信じられなかった。
先輩も美草もそんな素振りを全く見せなかったし。
「そ、そっか……おめでと」
唯衣は内心信じられないまま、そう言った。
なんともないはずなのに、胸が痛む。
何故か分からないけど、ここから逃げ出したくなった。
視線を泳がせていると、いきなり目の前の二人が吹き出した。
終いには腹を抱えて大笑いする。
「……何笑ってるんですか」
数ヶ月前まではこの笑顔を楽しみにしてたのに。
今もの凄く苛つくのは気のせいか。
……いや気のせいじゃない。
めちゃくちゃむかつく!
「帰ります、さよなら」
唯衣は帰ろうと、先輩の隣を通り過ぎようとした。
だが、すぐに腕を掴まれる。
失敗した。
美草の隣を歩けばよかった。
「ま、待てよ。帰るなって……」
「唯衣、今日何月何日か分かる?」
当然なことを美草は笑いを堪えながら尋ねてきた。
「四月一日でしょ」
当然のように答えてから、唯衣は止まった。
四月一日……って。
「ま、まさか……」
「今日はエイプリルフール。全部嘘。驚いた?」
美草はそう言って、また笑い出す。
その間先輩は、唯衣の腕を掴んだまま笑い続けていた。
「どう?何か思った?」
笑い続ける先輩にそう聞かれて、唯衣はむっとなった。
素直に答えるつもりは微塵も無かった。
それなら、と思い、この恨めしい行事に唯衣も乗る。
「先輩なんか海に沈んで、私の目の前からいなくなっちゃえ、と思いましたけど?」
表情も変えずにそう答えると、ぴたっと笑い声が止んだ。
先輩の方に目をやると、傷ついたような顔をして唯衣を見つめていた。
美草も心配そうな顔をしていたが、すぐに気付いたのか笑いを堪えたような表情を見せた。
さすが、たぶんこれも美草の提案でやっていたのだろう。
本当にいつの間にそんなことが計画出来るほど仲良くなったのだろう。
「先輩」
ついにしゃがみ込んでしまった先輩に向かって、唯衣は声をかける。
まだ腕を掴んでいた先輩の手を外しながら、唯衣は先輩の前に同じようにしゃがみ込んだ。
先輩はそれに気付き、顔を上げる。
「今日が何の日か、知らないんですか?」
それくらいショックだったんだよ、と知って欲しくてついた嘘に、先輩は気付いてくれたかな。




