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おはようのむこうがわ

 いつもの朝。

 少しずつ色が変わってゆく空を見上げて、梓は学校に向かった。

 首には濃い桃色のマフラー。

 制服の上には、ワインレッドのダッフルコート。

 普通の何処にでもいる女子高生。

 ただ少しだけコンプレックスを持っている。

 今時、そんな人なんていないと思うけど。

 男の子の前だと一言も喋れないなんて。

 苦手、というわけではない。

 慣れたら大丈夫……らしい。

 現に親友の彼氏とは普通に話せている。

 入学して九ヶ月。

 今ではなんとかクラスの男子と「うん」とか「違う」とか、喋れるようになった。

 短すぎて、自分でも悲しくなるけど。

 でも。

 本当に話したい人とはまだ一度も話せていないんだ。


「……寒い」


 梓は、ぽつりと呟いた。

 今日はこれで何度目だろう。

 いちいち数えているほど、根気強くない。

 それに、まだ登校中。

 数えていたら、帰りまで数え続けなきゃいけなくなりそうで面倒だった。


 *


 あと少しで校門、というところで、梓は足を止めた。

 そして、左側の家を見上げる。

 いつ見ても大きくて綺麗な家だ。

 冬でも花の香りが絶えない。

 そんなことを思っていると、キィっと独特の音がして、門が開いた。梓は出てきた人と自然と目が合った。


「あ、おはよう」


 家から出てきた少年は、梓を見て言った。

 ちょっとだけ顔を赤くして、微笑む。

 梓も返そうとした。

 したんだ。

 でも、上手くいくはずもなく。

 同じクラスじゃないし。

 そういう問題じゃないけど。


「お、は……っ、う」


 梓は口をパクパクさせながら、よく分からない音を発した。

 見る見るうちに顔が赤く染まっていく。

 少年は少し罰の悪そうな表情をして、梓を覗き込んだ。


「大丈夫?」


 その瞬間。

 それが合図だったかのように、梓は走りだした。

 途中、凍った水溜りに突っ込み、派手にすべる。

 まるでお約束事のように、派手につるんと行ってしまった。

 ……恥ずかしい。

 もっと顔が赤くなったような気がして、手でそれを覆ったまま校門を潜った。


「大丈夫かな……本当」


 一人ぽつんと残された少年は、ただただ苦笑いを零していた。


 *


「で、今日も言えなかったんだ」

「な、な、なんで分かるのっ?」


 明らかに動揺した声で、梓は言った。

 やれやれと里桜は首を振った。里桜の彼氏の棗が横で笑う。


「まぁ、俺と話せるようになっただけ進歩だって。ねぇ、梓ちゃん」

「なーつーめっ! それじゃダメだって分かってるでしょ? 棗は私の彼氏なんだからねっ」

「そう怒るなって。ちゃーんとお客さん連れて来たから」


 棗が意地悪そうに笑いながら、梓を見た。

 梓は何故自分にそんな笑顔が向けられるのか分からなくて、ただ首を傾げた。

 里桜はため息をつきながら、棗に言った。


「じゃぁ、早く連れて来てよ。休み時間、終わるじゃない」

「昼休みまでのおっ楽しみ♪中庭でいてよ。そこに連れて行くから」


 そう言い残して、クラスの違う棗は教室を出て行った。

 授業に間に合えばいいんだけど。


「ったく。何考えてるのよ、あいつは」

「仲良くていいな、里桜ちゃんと棗くん」

「梓には分からないよ、あの能天気の付き合いにくさがね」


 ベーっと舌を出しながら、里桜は言った。

 そして、ちょっとだけ恥ずかしそうに微笑んで。


「でもね、あれがいいんだよ、棗は」


 ラブラブでいいなぁ、と梓は零しながら、里桜の惚気を聞いていた。

 本当に幸せそうで羨ましかった。


 *


「梓ー、中庭行こう」


 四時間目が終わり、昼休みとなった。

 お弁当持参組の梓と里桜は、お弁当を持って中庭へ行った。

 ふと見ると、里桜の手には二つのお弁当がぶら下がっていた。


「二つも食べるの?」

「おい、何処の天然娘ですか、あなたは。棗の分に決まってるでしょー!」

「そっかぁ、棗くん、おなか壊さないといいね」

「……梓、それ素で言ってんの?」

「ん?」

「……ひどいけど、許してあげるわ。天然娘には何言っても通じないから」

「天然?」


 里桜は大きくため息をついた。

 それと同時に、後ろから声がかかる。


「里桜ーっ!」

「あ、棗!」


 一瞬で笑顔になった里桜を笑いながら、梓も里桜が振り返った方へ体を向けた。

 そして、硬直。カチン。


「梓ちゃん、連れて来たよ、お客さん」

「あ、棗、やるぅ♪ほら梓……って梓?」


 梓は咄嗟に里桜の後ろに隠れた。

 棗が連れてきたお客さんはなんと朝の少年だったのだ。


「高野柚己です。棗とは同じクラスなんだ」

「私は幸加木里桜。棗の彼女です」

「うん、よく聞いてる。本当に可愛い子だね」

「取るんじゃねーゾ。てか、近づいたら殺す」

「あはは、大丈夫だって。棗の彼女に手を出せるほどバカじゃないから」


 柚己は棗の肩をぽんっと叩きながら笑った。

 そして、梓の方に目を向ける。


「いつも会う子だね」

「え、う、あ」

「こら、梓、ちゃんと喋りなさい」

「でもぉー……」

「俺の労力を無駄にする気?」

「えー……ちょっと待ってよぉ……」


 顔を赤くしながら、梓は俯いた。

 そして、ゆーっくり深呼吸をして、何処からそんな力が出るのかと思うほど、早口で言った。


「えっと、里桜ちゃんと同じクラスの香保里……です」

「ん? 早くて聞こえなかった」

「香保里梓です!」

「梓ちゃん。可愛い名前だね」


 たぶん柚己は素で言ったのだろう。

 でも、そんな言葉に慣れていない三人は、顔を真っ赤にして柚己を見つめていた。


「え、何か変なこと言った?」

「い……いや、言ってないけど」


 先に口を開いたのは棗だった。

 そして、里桜も首を縦に振った。

 ただ梓がこの二人のように振舞うことが出来なくて。

 慣れないことをしたからか、そのまま後ろにこてん、と倒れてしまった。


 *


 何処か遠くで呼ばれたような気がして、梓は目を開けた。

 一番に飛び込んできたのは色褪せた天井だった。

 保健室のようだ。

 綺麗な白いシーツを被せた布団が、梓の首元までかけられていた。

 頭だけを横に向けると、そこには誰もいなかった。

 あぁ、今は授業中なんだ、となんとなく思った。

 そしてすぐにチャイムが鳴り始める。……これは午後になってからの何回目のチャイムだろう。

 窓の方に目をやると、外はほんのり赤く染まっていた。

 ということは。


「……まさか」


 梓は顔を青くした。

 まさか、まさか、まさか。

 ガラリ、とドアが開いた。

 梓は入口の方に目を向けた。


「梓っ、大丈夫?」

「あ、目覚めたんだな」


 里桜と棗が梓の元へ駆け寄った。

 ……鞄を持っている。

 あぁ、やっぱりもう放課後なんだ。


「もう、全然目覚まさないから心配したんだよ」

「ゴメン」

「俺こそゴメンな。いきなり高野連れて来た俺が悪かった。ちょっと急かし過ぎたな」

「ううん。私こそゴメン。折角連れて来てくれたのに」


 そう言いながら、ゆっくりと体を起こし、ベッドから出た。

 そして、里桜から鞄を受け取る。


「ありがと」

「いーえっ。親友だもの、当たり前」

「里桜ちゃん……」


 梓と里桜が見つめあっていると、さっきよりも乱暴な音とともに柚己が入ってきた。


「ごめんっ、委員会あって……」


 コチン。絶対ピッタリな音だ。

 梓はそのままの姿勢で固まった。

 それを見た里桜が本日三度目ため息。

 そして、固まったままの梓の体を柚己の方に向けた。


「大丈夫?」

「あ、う、はい」

「そう、ならよかった」


 安心したように、小さくため息をついた。

 そして、優しく微笑んだ。


「寒いから気をつけて」


 そう言いながら、ベッドの傍の椅子にかけてあった、梓のマフラーを手に取った。

 そして、ふわっと梓の首に巻く。

 隣で里桜と棗がぽかんとしていた。


「これで大丈夫」

「あ、う、へ?」

「ん? 何、言ってるの?」

「う、い、な」

「こら梓、ちゃんと喋りなさい」


 すかさず里桜は突っ込んだ。

 それ以上ややこしくならないように、と願いを込めて。


「ありがとう、って言えばいいの」

「う、あ、ありがとう……」


 最後は蚊の鳴くような小さな声になった。

 でも、ちゃんと伝わったらしく、柚己は「どういたしまして」と言って、ぽんっと梓の頭を叩いた。

 優しく、壊れ物に触れるようなやわらかさで。


「ま、まぁ、一先ず帰りますか!」


 今まで黙り込んでいた棗が、沈黙を破るかのように大きな声で言った。

 ちょっとだけ声が震えていたが、それは気にしないでおく。

 たぶん、里桜も柚己も気づいてるだろうから。


 *


「あんた、また逃げてきたでしょ」


 何日か経った朝、また里桜は梓に言った。


「う」

「高野、めーちゃくちゃ苦い顔してたよ」

「え」

「あーぁ、なんか可哀想ね、高野」

「うぅ」

「……何かしなきゃね」

「え」


 里桜は何かいい案を考え付いたのか、意味の分からない笑顔が零れていた。

 怖い。普通に怖い、その笑い。


「まぁ、放課後までの楽しみってこと」


 そう言って、里桜は自分の席に戻った。

 梓は何か嫌な予感がして、小さく身震いをした。


 *


「えぇーっ」


 静かな教室に、普段聞きなれない声が響いた。もし隣のクラスに人がいたら、転入生だと思うだろう、きっと。


「無理、そんなの無理」

「いーから、黙って帰りなさい」

「ちょ、一緒に来てよぉ」

「高野、待ってるから早く行ってきなって」

「棗くんまでー……」


 放課後、三人っきりになった教室でされたのは、罰ゲームに等しい案。

 喋れなかった罰として、一緒に帰れ、と言われたのだ。

 無理、無理、を連発する梓の意見は、これっぽっちもない。

 というか、受け入れてくれない。


「棗くんー、里桜ちゃん、説得してよぅ……」


 その時だった。

 ばさっと何かが落ちた音がした。

 音がした方に目を向けると、そこには柚己が立っていた。


「あ、ごめん」

「いや……別に」

「あのさっ」


 柚己は何か慌てているように、忙しく喋った。


「俺さっ、ちょっと用事できて……まぁ、先に帰るからっ、じゃぁなっ」


 手を大きく振りながら、まるで煙のように走っていってしまった。


「何、急いでんだ?」

「知らないわよ。てか、今日は何もないって言ってなかったっけ」

「うん。だから梓ちゃんにこうやって言ってるんだろ?」

「だよね」

「なんか変だったね……高野くん……」


 それに同意するように、こくりと頷き、柚己が消えていった教室の入口をしばらくの間、見つめ続けていた。

 まるで三人ともが悪い予感がしたかのように。


 *


 今日もいつもと同じ朝。

 ……のはずだった。

 いつもと同じように柚己の家の前で柚己と会ったのだが、「おはよう」も無しに、さっさと学校へ向かってしまった。

 梓の存在を消してしまおうというかのようだった。


「……てなの」


 珍しく朝一番に里桜の席に向かった。

 そして、今朝の話をした。

 不安で不安で仕方なかったから。

 そんな珍しい行動をとった梓を里桜は不思議に思いながらも、話を聞いていた。


「うーん……棗に聞いてみようか」

「お願い」


 里桜は早速携帯を取り出すと、棗に電話をかけた。

 何コールか鳴って、棗は出たようだ。


「あ、棗? ……あのさ、高野のことなんだけど……」


 里桜が電話をしている間に、梓は下げていた鞄やコートなどを机とロッカーに置きに行った。

 しばらく時間がかかるかな、と思っていたが、案外早く終わったらしい。

 里桜が手招きした。


「棗にもよく分からないらしいよ」


 里桜は声をできるだけ小さくして言った。

 あんまり周りに聞かれたくなかった。

 梓が噂の的にでもなれば、今度こそ梓は倒れて目を覚まさなくなるかもしれない。

 それくらい梓は弱く見えていた。


「だから、放課後聞いてみるって言ってたから」

「……そっか。棗くんによろしく言っておいてね」

「おっけ。でさ。今日もちょっと遅く帰ろう。そうだね、棗たちのちょっと後ろを歩くよな感じで」


 尾行みたいだけど、と付け加える。確かにそんな感じだ。

 梓には迷いが少しだけあったが、その案に了解した。

 ……本当にいいんだろうか、勝手に聞いても。

 酷く思われていたらどうしよう、というよりも、聞いていたことを知られたときの方が怖く感じた。


 *


「おい、ちょっと待てって」


 夕方、棗は柚己を引き止めるのに精一杯だった。

 何か感づいてるようで、無視して廊下を進んでいく。

 なんとか柚己の腕を掴んで、その歩調を止めた。

 そして、自分の方に体を向けさせる。


「……何」

「それはこっちの台詞だ。なんでそんな怒ってる」

「別に怒ってないよ」

「じゃぁなんで梓ちゃんを無視したんだ」


 柚己は一瞬苦しそうな顔をした。

 でもすぐにさっきまでの表情に戻し、棗を見た。


「……むかつくんだよ、あいつ。お前には何でも話せるのに。普通に喋ってるのに。俺のときは、すぐ逃げるし、何もまともに話してくれないし。俺のこと、嫌いなら近づいてこなくていいのに。なんなんだよ、あいつはっ!」

「高野っ」


 何処にいたのか、いきなり里桜が出てきた。

 そして、柚己と棗の間に入ると、大きく手を振りかざした。

 パシーンっ。

 やけに高い音が響いた。

 里桜の手は、見事に柚己の頬に当たった。


「って……何すんだ!」

「何、バカなこと言ってるのよ! 高野こそ何様なの。梓のこと、何にも知らないのに、そんな大きな口叩いてっ!」


 里桜は柚己を睨むと、もう一度手を振りかざした。


「やめてっ」


 今にも振り落とされそうだった手は、ピタッと動きを止めた。

 そして声がした方へと振り返る。

 柚己もそちらに目を向けた。

 何故だろう。

 そこには梓が立っていた。

 まぁ、里桜と一緒に物陰に隠れていたのだが、柚己にとっては何がなんだか分からなかった。


「もう、いいよ。私がいけなかったの。だから、里桜ちゃん、いいよ」

「梓……」

「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」


 そう言って、俯いた。

 小さく肩が震えている。

 ……泣いているんだ、と気付いた時にはもうそこに梓の姿はなかった。


 *


 ただ闇雲に走っていた。

 校舎内だろうがなんだろがお構いなしだった。

 幸いほとんどの生徒が部活に行ったか帰宅したかで、廊下には誰もいなかった。

 先生も管理棟で職員会議をしていて、気づいてもいなかった。

 梓は、誰もいない化学室や調理室がある棟に来ていた。

 思い立ったように立ち止まり、近くにあったドアを開けて、教室に入った。

 そして、いつかの日のように開いたロッカーの中に身を潜める。

 誰も来ない、誰にも見つからない。

 梓はただただ泣いていた。

 溢れる涙を抑えることができなくて。

 ずっと泣き続けていた。


 *


「梓っ」


 里桜が叫んだが、聞こえていなかったようだ。

 そのまま梓は走り去ってしまった。

 里桜は悔しそうに唇を噛むと、棗に言った。


「探しに行こう、棗」

「あぁ。……高野。もう帰っていい。ごめんな、引き止めて」

「……」

「じゃぁ行くか」


 そう言って、無言の柚己を残したまま、二人は梓が消えていった方へ走っていった。

 これでよかったんだ。

 あんなうざいヤツにもう関わらなくてすむ。

 そう思っていた。

 そう思い込むようにしていた。


「よかったんだよ……」


 反対のことを考えてしまわないように、自分に言い聞かせた。

 傷つけたのは俺なんだ。

 だからもうアイツは近付いてこない。

 イライラすることも苦笑いすることも無くなるんだ。

 帰ろうとしたが、足が動かなかった。

 泣いているのに、ほっといていいのか?

 ……棗たちがいるから大丈夫だろう。

 ……でも、見つからなかったら?

 二人で校舎を探し回っていたら、何時間かかるか分からない。

 ここには旧校舎もあり、無駄に広いのだ。

 見つけられないかもしれない。

 柚己はふと思い出した。

 入学したすぐのこと。

 ある女の子が友達を探していた。

 何でもいじめられて、泣いて走り去ったらしい。

 それを追いかけてきたのだが、生憎入学したばかりで内部の構造がまだ掴めてないらしく、手こずっていたようだった。

 柚己も同じようなものだったが、一人よりは二人がいいだろうと、その子と一緒に友達を探して回った。


「……くそ」


 もしかしたら、あの時の女の子と同じ場所にいるかもしれない。

 あの場所はこの校舎内で一番古く、勝手に外から鍵がかかって出られなくなったこともあった。

 あの女の子も偶然そこに入り、出られなくなっていた。

 もしかしたら、二人は知らないかもしれない。

 そう思うと、いてもたってもいられなくなり、柚己は走り出した。

 もしあの場所にいなかったら、もう帰ろう、と決めて。


 *


 ガチャ、ガチャ、ガチャ。

 梓はさーっと血の気が引くのが分かった。

 手当たり次第で教室に入り、ロッカーの中で泣いていたのだが、何故か出られなくなってしまったのだ。

 外から鍵がかかったらしい。

 誰もいないはずだから、かけられたということはないだろう。


「ど……どうしよう……」


 こんなところ、明日になっても見つからないかもしれない。

 ……一週間、ここにいることになるかもしれない。

 だんだんと気持ちが落ち着かなくなってきた。

 心臓がバクバクと大きく鳴っている。

 落ち着かなきゃ、落ち着いて考えなきゃと思うほど、涙が溢れてくる。

 どうしよう。

 ……私、どうなっちゃうんだろう。

 死んじゃうのかな。

 そう思った矢先だった。


「梓っ」


 勢いよくドアが開けられる音がして、自分の名前が呼ばれた。

 唖然となって声も出なかった。

 ……探しに来てくれた?

 その人は迷うことなく、ロッカーの鍵を開けていた。

 そしてばっと開けられ、眩しい光が入ってきた。


「梓っ」


 そう言って、梓をロッカーから出し、立たせてくれた。

 だんだんと目が光に慣れてくる。


「……高野く……ん……?」

「バカ、何処に入ってんだよ!」


 そう言って、抱きすくめられた。

 何がなんだか分からない梓はされるがままになっていた。

 明かりに気づいた里桜と棗が教室に入ってきた。


「梓……と高野……?」


 柚己には何も聞こえていなかったようだ。

 ゆっくりと話し出す。


「ごめん……俺があんなこと言ったから……ごめん。……棗に嫉妬してたんだ。どうして俺には話しかけてもくれないのに、棗だけには話しかけるんだって。笑いかけるんだって。嫌だった。俺にも笑いかけて欲しかった。せめて、おはようだけでも言って欲しかった。苦しかった。だからあんな態度とって……あんなこと言って。もう……許される資格なんてないな」


 柚己は寂しそうに笑った。

 里桜も棗も少しだけ辛そうな顔をしたのが見えた。

 何か言わなきゃいけない、と梓は思った。

 上手く声に出るか分からないけど。

 伝えられるか分からないけど。

 溢れる涙なんてお構いなしに、梓は勇気を振り絞って、言った。


「……っ……わ、私っ……私……高野、くん、と……話したいよ……話したかった……ご、ごめんなさ、い……何、もっ……何も言え、なくて……」

「……」


 柚己は何も言わずに、代わりに梓を抱く腕に力を込めた。

 梓は涙を堪えて、大切な言葉を伝えようとした。

 ゆっくり呼吸を正す。

 そして、震える声で言った。


「私、高野くんが好きです。だから、いっぱい話したい」

「うん」


 柚己はこれだけしか言わなかった。

 でも梓はよかった。

 だた伝えられたことが嬉しかった。

 自分から何も話せなかったのに、話せたことが嬉しかった。


 *


 またいつもの朝が来る。

 これからは少し違う朝。

 そう確信して、梓は家を出た。

 いつもの道。

 いつもの交差点。

 いつもの小さなお店。

 そして、いつもの綺麗な家。

 その門の前には柚己が立っていた。

 いつも出てくるのを待っていたけど、今日からは待っていてくれる。今日からは一人じゃなく二人。

 そして、もうひとつ変わったこと。


「おはよう、梓」

「……おはよう、柚己くん」

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