嘘の嘘
桜の花がちらほらと咲いている。もうそんな時期なんだなぁと、葵は学校で一番大きい桜の木の下に立っていた。あのハプニング付劇からもう半年が経とうとしている。月日が流れるのがとても速く感じられた。
「ここにいたか」
後ろから声がして、葵は振り返った。その先には王子様……じゃなくて、王子様役だった人。
「浅葱がここに来いって言ったんでしょうが」
「俺は桜の木の下で、としか言ってない」
「合ってるじゃん」
「誰が裏庭の桜の木の下で待つんだよ。普通は正門の桜だろ」
相当探したのか、浅葱の額には汗が滲んでいた。まだ冷たい風を気持ちよさそうに感じている。ずっとここにいた葵には肌寒い風だけど。
「急に呼び出すなんて、私何かした?」
一方的に怒られた時のことを思いだしながら、葵は尋ねた。また同じようなことをしたのか。でも茜は常盤先輩と仲良くやっているし、あれから浅葱の好きな人は聞いていないし。
「何かしたって……葵が夏からずっと俺を避けるから」
耐え切れなくなって、今呼び出したらしい。もっと早く呼び出せばいいのに、という言葉を呑み込んだ。まるで呼び出されるのを待っていたみたいに思えたから。
「別に、避けてないけど。委員会や生徒会で忙しかったから」
自分で言って苦しいと思った。避けてたのは事実。あんな告白紛いなことをされて、いつも通り接するなんて無理だ。そんなに器用な性格じゃない。
「それだけなら、帰るよ? これから生徒会あるし」
「嘘つけ、さっき生徒会長帰ってたぞ」
呆れたように浅葱はため息をついた。葵は生徒会長を恨んだ。こういう時くらい遅く帰ってよ。いつも最後まで残ってるのに。
「あのこと、怒ってるんなら謝るから」
避けないでよ、と浅葱は小さく呟いた。その様子からして完全に滅入っているようだ。葵はなんとなく悪い気がした。俯いてしまった浅葱に近づく。
「あの……別に怒ってないから。顔、上げてよ」
「じゃあ、なんて避けるんだよ!」
「だって……」
勘違いだったら、恥ずかしいし。口籠っていると、浅葱が眉間に皺を寄せた。
「……まさか、教室でのことも」
「だって、そうでしょ。……茜とのこと、応援してたのに」
信じたくても信じれない。茜の代わりなんじゃないかって不安になる。
「俺は葵が好きなんだよっ!」
「そんなこと、大声で言わないでよっ!」
顔を赤くして言うと、浅葱がすまなさそうにごめん、と呟いた。葵も同じように呟く。
「えっと……マジで?」
「マジ」
即答されて、葵は言葉を詰まらせた。心の何処かでほっとしている自分がいる。
「私が好きな人がいるって、言ったよね」
うん、と浅葱が頷く。視線を感じて、葵は顔を俯けた。さっきよりも顔が赤くなっていると思う。顔が熱かった。
「……あれ、浅葱のことだから」
なんとか勇気を振り絞って、それだけ言った。でも思ったより声が小さくなってしまい、聞こえたかどうか分からない。返答がなかなか返って来ないので、葵はそっと顔を上げた。そこには葵に負けないくらい顔を赤くした浅葱がいた。
「ウ、ウソ! 今の嘘だからっ」
思わずそう叫んで、葵は後悔した。何言ってるんだろ。
「う、嘘なら、そんな真っ赤な顔すんじゃねぇ」
「浅葱が真っ赤にするからっ!」
葵は浅葱から目を逸らした。二人の間に沈黙が流れる。気まずい雰囲気になったのは間違いなさそうだ。冷静にそんなことを考える自分の神経を疑うけど。
「……やっぱ嘘」
「……何が」
また沈黙が流れる。会話が続かない……というか、会話にもなっていないような気がする。もどかしい。もどかしくてたまらないけど、何を言えばいいのだろう。
「浅葱?」
「……何だよ」
一瞬目が合って、浅葱が慌てて目を逸らす。その様子にむっとなった葵は、浅葱の腕を強く引っ張った。少し葵よりも高い位置にある浅葱の顔が同じくらいの位置にくるように。
「一回しか言わないから」
一番幸せな言葉。葵はそっと囁いた。