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戯言

 偶然耳にしたこと。嘘だと信じたいけど、何処か真実味があって。湖夏はやるせない気持ちのまま、部室に向かっていた。部室、と言っても正式な部室ではない。空き教室を勝手に使っている。その中に学園長の息子も加わっているので、教師らは口出し出来ないようだ。見て見ぬ振りなので、目の前でその教室に入っても誰も怒らない。

 そうと分かっていても何故か気になるので、湖夏は周りに誰もいないことを確認してから、教室のドアを開けた。


「あれ、誰も来てない」


 珍しくそこは無人だった。教室にいなかったから、もう湖夏以外は全員来ていると思ったのに。いつも一番にいる和成さえいなかった。


「委員会かな……でも美羽は委員会入ってないし」


 首を傾げながら、湖夏は窓際に立った。そこから運動場が一望出来る。暫く眺めていると、見慣れた姿が目に入った。


「……うわ、木登りとか普通しないだろ」


 運動場の脇に立っている桜の木の上に座る美羽の姿があった。その下で心配そうに結城が立っているのも見える。まだ蕾しかつけていないので、丸見えだった。せめて花が散って、葉ばかりになってからにしたらいいのに。


「……湖夏、だけか」


 後ろでドアが開いて、和成が入ってきた。湖夏は美羽から目を離し、和成を見る。


「誰も来てないのか?」

「うん、まぁ。美羽と結城は運動場にいるけど」


 ふうん、と素っ気無く言葉を返して、和成はいつも通り本を開いて読み始めた。窓の下の壁を背もたれにして、床に座る。学園長の息子という人がこんな風に本を読むなんて誰が想像するだろう。

 湖夏はすることもないので、その隣に座った。本の題名を見てみるが、何やら難しいタイトルで絶対読みたくないと思った。手に取ることも無さそうな本ばかりを和成は好んで読んでいた。たまに有名な本を薦めてみるが、合わない、と言って読もうとしない。


「……それ、何の本?」


 静かな空気がもどかしくて、湖夏は恐る恐る尋ねてみる。


「現代の学校経営についての本」


 さすが学園長の息子。そう心の中で呟く。あまり口に出して言うと、怒られるから。長年付き合ってこそ分かること。

 そこで会話が途切れて、また気まずい雰囲気が流れる。和成はそう思っていないだろうけど。湖夏はふと今日のことを思い出す。昼休み、屋上に行こうとした時のこと。いつもは一緒に行くのだが、今日は先に行ってもらっていた。


『ねぇねぇ。聞いたぁ?』

『何を?』

『時枝くんの好きな人』


 それを聞いて、湖夏は足を止めた。ただ純粋に気になった。


『あぁ、教えてくれなかったって言ってたじゃん』

『それがね、ウザイ人だけ聞けたんだって』


 一瞬湖夏を見て、すぐに会話に戻った。それを不思議に思いながら、会話に耳を澄ませる。


『時枝くん、遠藤湖夏がウザイって言ってたらしいよ』


 そこから先は聞かなかった。慌てて教室から出て、屋上に向かい、何事もなかったように皆の中に入った。


 思い出しただけでも、胸が締め付けられる。それは本当のことだろうか。本当だったら、今こうして隣に座っているのも嫌がっているのだろうか。


「……どうした? 湖夏」


 いきなり声をかけられて、湖夏は小さく跳ねた。


「な、何でもないけど?」

「眉間に皺寄ってたぞ」

「気のせいだよー」


 そう言いながら、眉間に手を持っていく。……確かに寄っていたかもしれない。あはは、と不自然に笑いながら、そこを解すように手で揉んだ。


「何かあったんだろ。言えよ」


 和成は本に視線を戻しながら言った。湖夏は笑いを止めた。……こんなこと、言えない。言えないけど。


「あのね……クラスの子が言ってたんだよ、うん」

「何を」

「……和成が私のこと、ウザイって言ってたって」


 声が震えている。目に涙が溜まっていくのが分かった。泣いちゃうって分かってるのに、なんで言ってしまうんだろう。ただ知りたかったのかもしれない。何もないこの関係に終止符を打ちたかったのかもしれない。


「……バカか、お前は」

「え」

「そんなこと、俺が言うと思ってんのか」


 呆れたようにため息をつかれる。読んでいた本を閉じると、床の上に放り出した。


「……虚言を」


 そう呟くと、湖夏の腕を引いた。あ、と言う暇も与えず、バランスを崩した湖夏を抱き締めた。


「虚言を信じるなよ」


 もう一度呟いたかと思うと、顔を髪の中に埋めてきた。有り得ないことに、湖夏の心臓はそのうちショートしてしまうんじゃないかと思うくらい速く鼓動を打っている。


「か、和成……?」

「……ウザイはずがないだろ。俺は湖夏が好きなんだから」


 湖夏はその言葉に耳を疑った。今何って言った? そんなさらりと言うんだもん、気のせいだよね……。


「好きだよ、湖夏」


 耳元で囁かれて、湖夏は体を硬くした。気のせいなんかじゃない。


「本当……?」

「本当だけど?」

「嘘だよ」

「嘘じゃない」

「私は……」


 そこで言葉は途切れた。途切れさせられた。顔を上げさせられたかと思うと、抵抗する隙も与えずに和成の顔が近づいてくる。


「ん……っ!」

「……嫌い、とは言わせない」


 突然のキスと至近距離にある和成の目に、湖夏は何も考えられなかった。何かを喋ろうとする度に、口を塞がれる。


「や……っ。和成、やめて!」


 なんとかそう言うと、和成は動かなくなった。ほっと息を吐いてから、湖夏は和成を見る。


「私は……和成が、好きだよ。好きだから」


 顔が赤くなるのを感じながら、必死に言葉を紡ぐ。和成はその言葉に微笑むと、さっきよりもきつく抱き締められた。

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