ジョーカー
四枚の薄っぺらいカードを睨むリーシャを見つめながら、ティファードは笑みを浮かべていた。変なところで疑うことを忘れるから、からかいがいがあって面白い。
「決まった?」
「まだ。もうちょっと待って」
こっちに見向きもせずにカードを選んでいる。少し面白くないが、後少しの我慢だ。
*
ある晴れた日の午後。ティファードはあるゲームを引っ掛けるためにリーシャの部屋に来ていた。
「何しに来たのよ」
いつも不機嫌そうに話す割には歓迎してくれる。暇を見つけてはここに通うようになっていた。
「ゲームしない? すごく簡単なゲーム」
ティファードはカードを取り出して、机の上に並べた。リーシャは不思議そうにそれを覗き込む。
「四枚の中に一枚だけジョーカーがある。この中から一枚選んで、ジョーカーを引いたら今日一日俺に付き合うこと。どう? やるか?」
「やらない」
即答。だが、これで怯む訳にもいかない。面白くないから。
「ジョーカーを引かなかったら、家に帰してあげるよ? それでもやらないって言うんならやらなくていいけど」
「……本当に帰してくれるの?」
疑うような目でティファードを見てくる。そんなリーシャを心の中で笑いながら、ティファードは頷いた。
「四分の三の確率で家に帰れるんだよ? やらないのか?」
「やる。こんなとこ、一日も早く出たいもの」
そう言って、リーシャはまんまとこのゲームに乗った。
*
こうして冒頭に戻る。もちろんティファードにはリーシャを家に帰すつもりは全くない。手放すようなことを誰がしようか。
「早く決めろ」
「じゃ、これにする」
そう言って指差したのは、四枚のうち左端にあったカード。へぇ、と感心したように頷く。
「開いてみなよ」
そう言うと、リーシャは恐る恐るそれを裏向ける。もちろんそこにはジョーカーの道化師のイラストが。リーシャが小さく嘘、と呟くのを聞いて、吹き出しそうになった。
「リーシャの負けだね」
「嘘、信じらんない」
「約束破ったりしないよな?」
正義感が強いリーシャだ。約束を破ることはしないだろう。納得がいかないような顔をしていたが、渋々といった感じで頷いた。それを見てから、ティファードはカードを集めてポケットの中に閉まった。
「じゃ、一日よろしく」
「最悪……って、何すんのよ!!」
後ろから抱き締めると、リーシャは腕の中で暴れる。その様子を見て我慢しきれなくなり、笑ってしまった。
「リーシャ、約束は?」
「……守るわよ」
不貞腐れたようにそう言うと、大人しくなった。また吹き出しそうになるのをリーシャの髪に顔を埋めて堪える。……ここまで面白いとは。
「仕事、しなくていいの?」
暫く抱き締めたままでいると、リーシャが聞いてきた。しなくていい、と答えたいが、机に大量の書類が溜まっているのを思い出して、ティファードはリーシャを離した。
「まだ大量にあるよ。そろそろ戻る」
「……一緒に行くの?」
「帰りたい気持ちがあるなら、来ない方がいいと思うけど。来たいんなら来ていいよ?」
「行かない。帰りたいし」
ティファードから目を逸らしながら、リーシャはきっぱりと言った。ティファードも部屋に連れて行くことは考えていなかったので、行くと言われなくてほっとした。来られても困る。まだ妃にするとは決めていないし。
「それじゃ、なんでゲームしたわけ?」
当然の疑問をリーシャは尋ねる。それもそうだ。最高のバツゲームをしてもらおうか。最低とも言えなくもないが。
「また来る。ま、キスくらいして貰おうかな」
「……ティファード、変なもの食べたんじゃない?」
「食べてないけど?」
自分でもそんなことを思いついたことに驚いている。リーシャは暫くティファードを睨むように見ていたが、ふと何かを悩むような顔をする。そして、ティファードの肩に手を置くと、背伸びをして顔を近づけてきた。
「え?」
唇に柔らかい感触。一瞬だが、感じられた。
「ほら、早く仕事に戻りなさいよ」
顔を赤くして、リーシャがそう言った。あぁ、とティファードはリーシャの部屋を出る。そのドアにもたれかかって、口元に手を持って行った。
「ははっ、誰も唇にとは言ってないのに……」
勘違いにも程がある。それともこれはリーシャの抵抗なのだろうか。
悪い気は全くしなかった。薄々感じていた想いが少しだけ形になったような気がしただけだ。たまにはこうやってからかうのも悪くないかなと思いつつ、ティファードは自分の部屋に戻った。
ポケットの中には四枚のジョーカー。この単純なトリックにリーシャが気付いたのはその一ヶ月後だった。