嘘から出た実
今思えば、何て最悪な事を言ってしまったんだろうと思う。結果的にはよかったのかもしれないけど。それでも、まだ心が追いつけないよ……。
芽衣は目の前の幸せそうな幼馴染と親友の姿を見て、大きくため息をついた。全てはあの嘘をついたことから始まった。
*
「ねぇ、芽衣は春哉くんの事、どう思ってるの?」
突然そう聞かれたのは、つい一週間前。普通に聞かれて、芽衣は思わず聞き返してしまった。
「え、どーゆうこと、有香?」
「だーかーらー。芽衣は春哉くんの事好きかどうか聞いてるの!」
「ま、まっさかー、ただの幼馴染だよ?」
笑ってそう言ったが、有香は不安そうな顔をしたままだった。その表情を見て、全てを悟った。有香は大事な親友。だから、言ってしまったんだ。
「それに、私、雅人くんが好きだし」
十七年間で一番大きな嘘をついた瞬間だった。
まさか春哉も有香が好きだとは思ってもいなかった。だから二人が付き合い始めたと聞いた時、とても驚いた。信じられなかった。
「ふーん、だから嘘ついたんだ」
「ぎゃっ!」
芽衣は横から出てきた顔に驚いて、思わず叫んでしまった。
「なななんで、雅人くんが……!?」
「親友のために失恋、か。あんたも随分器用な事が出来たね」
感心したように雅人は言った。違う、と芽衣は心の中で言う。そんな簡単に諦められるはずがない。ずっとずっと好きだったんだから……。
「それにしても、相変わらずちっちゃいね、芽衣チャン」
「うるさーいっ!」
前を歩く有香と春哉がその声に振り返った。そして、可笑しそうに笑っている。芽衣は泣きそうになるのを堪えながら、走り出す。二人と一緒にいるのはもう限界だ。後ろで名前を呼ばれたような気がしたが、振り返らないまま校舎に駆け込んだ。
*
冷静になって考えれば、あの嘘はついてもよかったのかもしれない。好きな人の幸せを応援できたし、親友の恋を実らせることも出来たし。それは芽衣にとっても嬉しいことだったし。よかったんだよ、きっと。ほら、嘘から出た実とか……。
「言わないか」
「何が言わないの?」
有香が心配そうに芽衣の顔を覗き込む。
「さっきからため息ばっかだけど、何かあった?」
あなた達のせいです、とは言えるはずも無く。なんでもないと笑った。有香は疑うような目をしたが、すぐにさっきの続きを話し始めた。よく聞いてはいなかったが、確か日曜のデートの話だったと思う。はぁ、とこの日何回目か分からないため息をつくと、後ろから腕が伸びてくる。誰かと確認する暇も与えず、そのまま首に回された。
「えぇっ!?」
「ちょーっとこの子借りていい?」
顔は見えなかったが、笑顔で有香にそう言っているのが想像できる。有香はすんなりとどうぞ、なんて言った。頑張れ、とガッツポーズをされたが、返事に困って曖昧に微笑んだ。……やっぱり嘘なんかつくんじゃなかった。
「ちょっと、何すんのっ?」
「芽衣チャンはこうやった方が早い。ちっちゃいから」
芽衣の必死の抵抗を無視して、雅人は芽衣を抱き上げた。ちっちゃいって……。
「ちっちゃい、ちっちゃい言うなー!!」
「はいはい」
完全にバカにされてる。ひしひしとそう感じた。
*
連れて行かれたのは屋上だった。始業のチャイムが聞こえる。これは今年初のサボりかも。
「……授業始まってるんですが」
「そんな顔で行く気?」
「どんな顔よっ!」
やっと雅人の腕の中から解放される。さっさと教室に戻りたかったが、たった一つのドアは雅人によって塞がれていた。
「……帰る」
「そんな顔で帰ったら、有香チャンが心配するよ?」
「だから、どんな顔なのよっ」
「今にも泣きだしそうな顔。……そんなに春哉がいい?」
思ってもいなかったことを聞かれて、芽衣は雅人を見上げた。十センチくらい芽衣より雅人の方が高いので、必然的に見上げる形になるのだ。悲しいけど。
「春哉がそんなにいいわけ?」
もう一度聞かれて、芽衣は慌てて顔を伏せた。何故そんなことを聞いてくるのか全く想像がつかない。
「芽衣チャン?」
「……別に、雅人くんには関係ないでしょ」
「じゃ、なんで俺が好きだとか言った?」
「なんで、それ」
「聞いてたから」
そうなんだ、と芽衣は小さく笑った。迷惑かけちゃったね。そう思って、謝ろうとした。
「あの……ご」
「謝るな」
そう口を手で塞がれてしまった。
もう訳が分からなくなってきた。彼は何がしたいのだろう。どうして放って置いてくれないのだろう。……どうして、こんなところに連れて来たのだろう。
「嘘から出た実って知ってる?」
唐突にそう聞かれて、芽衣はすぐに答えられなかった。声が出ない代わりに、うんと小さく頷く。
「それにしてくれないか」
「はい? 何言って……」
「俺を好きになれよ」
雅人はそう言って、芽衣を抱き締めた。抱き締める、というより抱き上げるの方が正しいかもしれない。芽衣の足はつま先しか地面についていなかった。
「雅人、くん?」
「春哉より幸せにする自信はあるよ?」
そういう問題じゃない、と言いそうになって、慌てて口を噤んだ。いつになく真剣な声で、からかいじゃない事はすぐに分かる。これは真剣に考えて答えなきゃいけないんだ。
「あの……ちょっと待って」
「は?」
「何、それ。告白してるの?」
「……お前、頭大丈夫か?」
雅人は芽衣を離すと、大きくため息をついた。呆れたように芽衣の顔を覗き込んでくる。その表情に芽衣は顔を赤くした。……ちょっと待った。顔を赤くしてどーすんの。
「芽衣チャン?」
「ちょっと待って。考えさせて、お願いだから」
赤い顔を隠すように手で覆いながら、芽衣は呟いた。それくらい待ってくれてもいいよね、と思った矢先。
「いや」
頭上から降ってきた言葉はそれだった。芽衣は一瞬時が止まったのかと思った。
「いや、って言った?」
「言ったけど? ……もう待てないよ」
待てないって。いつから待ってたのよ、こいつは。
「てゆーか。春哉に告ってくるって言ったから。オーケー出さないと怪しまれるよ?」
「勝手な事しないでよーっ」
自分の事を棚に上げておいて、怒るのもどうかと思われるかもしれないけど。
今はまだスタートライン。春哉のことを忘れられそうな予感がしたのは、たぶん気のせいじゃないと思う。