迷い
私はPSI本部に戻るとディルハムにお父様に会うように促され、応接間に足を運んだ。
「マイルズ総司令、サラ様を連れてまいりました。」
「ご苦労だった。入れ。」
ディルハムが応接間のドアをノックすると、中から父の声が聞こえた。
「お父様……。」
「おお、サラ戻ったか。ディルハムもう下がってよいぞ。」
「はっ!」
ディルハムは一礼すると部屋から出ていった。
応接間には私と父の二人だけが取り残された。
「サラ……、よく戻ったな。皇女となる決心はついたのか?」
「……。」
「まぁ、そう深く考えるものではない。今まで抑圧されてきた我々が独立するには、心の支えとなるマド ンナが必要なのだ。お前はただ皇女という肩書を持ちさえすればいい。」
「私などで大丈夫なのでしょうか……。」
「いや、お前でなければ勤まらんのだ……。」
父は優しく微笑んだ。だが私は、その笑顔が父の本心から出ているものであるか、疑問だった。それでも父は人の心を動かす術を心得ている、表情と言葉で容易に人の心の中に踏み入る。
私はそれが嫌いだった。
「お前が無断で外に出たとき、その捜索に異を唱えるものはいなかった……。水面下に潜む我々が発見されるリスクを承知しながらも……。」
「しかし、和解の道もきっとあるはずです。」
私は父に反論した。それが無駄だとわかっていても。
「和解の道を歩もうとした結果がこれだ。世間に抹殺され、人権までも剥奪された。お前も見てきたはずだ奴らの非情な行為を……。」
私は顔をそむけた。世間が私たちの存在を認めようとせず、差別され、ある者は研究所に送られ、またある者は戦争の兵器として最前線に送り込まれ命を失った。
結局私たちは身を隠すしかなくなった。それは事実である。弁解の余地はない。
「すでに我々は、奴らに対抗する勢力を整えている……。機はすでに熟したのだ。全世界が我々の存在を認知し、そのうえで堂々と生活する為には、国としてまとまりを持たねばならない。その礎となるのがサラ、お前なのだ……。」
「……わかりました。」
「おお、やってくれるか!ありがとう、サラ。」
「……今日のところは、これで失礼します。」
「わかった。今日は疲れているだろう、ゆっくり休むといい。」
「失礼します……。」
応接間を出るとディルハムがドアの前に立っていた。
「皇女となる決心はついたのですか?」
「はい……。」
「そうですか、しかしあまり無理はなさらぬよう。」
「ありがとう、ディルハム。」
私はディルハムと共に、寝室に向けて歩みを進めた。
「ディルハム、一つだけ聞かせてください。お父様のおっしゃることは真意だと思いますか?」
「私には何とも言えませんな。ナディア様を亡くされてから、マイルズ様は以前よりも人と一線を引くようになったと感じられます。」
「……お母様。」
「ですが、アンダルシア家の建国は我々の希望です。」
「ありがとう、ディルハム。」
私はディルハムの言葉で少しだけ安心できたような気がした。
「では、私はこれで。」
「はい、ご苦労でした。」
私は寝室に入るとベッドに横たわった。
そして昼間出会った正規軍の兵士を思い出していた。
正規軍の中にも自分より他人を気にかけられる人もいるのだ。
私は血を流すことなく共存できる道のかけらをそこに少しだけ感じられた。