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翻弄

 クローゼットの中に入ってどれくらいの時間が経っただろう。兄ちゃんが表に出て行って、男たちの足音が聞こえなくなってからそう長くは時間がたっていないはずだった。

 狭くて暗い空間は実際の時間の何倍も長く感じられた。

 兄ちゃんは奴らに連れていかれた。僕を助けるためにクローゼットから飛び出して。

 怖くてその場から動くことはできなかった。声を出すこともできなかった。ただ、たくさんの涙が目から流れ落ちた。

「兄ちゃん……。」

 僕はクローゼットから少しだけ顔をだし、誰もいないことを確認してそこから出た。

 部屋は見たことがないぐらい荒れていた。ガラスは割れ、タンスからは服が飛び出し、あたりにはフレークが散乱していた。

 これからどこに行けばいいのだろう。僕は途方に暮れた。見慣れているはずの家なのに、兄ちゃんとお母さんが戻ってこないかも知れないというだけで、見たこともない場所に迷い込んだ感じだ。

 まだ目から涙が出てくるが、泣いてばかりもいられなかった。

 ここにいればきっとまた奴らが来る。一人になった今、今度奴らに見つかったら殺されるかもしれない。とりあえず安全な場所を探さなければ、安全な場所に行けばきっとお母さんに会える。

 僕はリュックの中に食べ物を詰め込み、外に出た。

 外はすでに雨が降っていた。

 僕はフードをかぶり、とりあえず知っている場所として小学校を目指して歩き出した。

 街の様子は変わり果てていた。ところどころに瓦礫が転がり、動かなくなった人も何人か見受けられた。その中にお母さんがいるかもしれないとも思ったが、確かめるのが怖くて、僕はなるべくその人たちを見ないようにして進んだ。

 人の気配は無くなっていた。皆どこかに逃げたんだろうか。

 しばらく行くと、遠くの方で聞きなれない機械音とともに大きな足音がした。小学校の方角からだ。

 僕は恐怖を感じ、少し遠くはなるが小学校とは別の、兄ちゃんの通う高校へと向かうことにした。

 街を歩くと時々に銃声が聞こえてくる。僕は少し遠回りになってもその方向へ行かないように歩みを進めた。

「……!」

 突然後ろから誰かに襟をつかまれた。振り向くとそこには軍服を着た大柄な男がいた。

「おい!ガキ!民間人は屋内に避難しろと言ってあるはずだぞ。なんでまだこんなところをうろついている!」

「は、離せ。ぼ、僕は……。」

 襟をつかまれて首が絞められ、うまく声を出すことができない。抵抗しても男の力が強くて抜け出すことはできなかった。

「ふーむ、逃げ遅れたのか。よし!貴様は俺と来い!」

「いやだ!は、離せ……。」

「えーい、じたばたするんじゃない!どうせここにいても奴らに殺されるのだ!ならばせめて少しでも我々の役に立ってもらう。」

 男は強引に、僕を引っ張った。

 男に連れていかれた先には、大柄の男と同じ軍服を着た男たちが3人ほど集まっていた。それとそこに3メートルほどの何かが置いてあった、布で覆われていてそれがなんなのかは見当がつかない。

 男たちは僕たちを確認すると、そろって敬礼をした。

「バトラー少尉殿!戻られましたか。」

「うむ、守備はどうだ。」

「はっ、今のところ異常はありません。」

「ご苦労。さっきそこで民間人のガキを拾ってきた。うまく使えば弾除けぐらいにはなるだろう。」

 バトラー少尉は男たちの前に僕を投げるように突き出した。

「ロイ軍曹!ガキは新米の貴様が面倒を見ろ。」

「はっ!」

 男の一人が敬礼をし、僕を強く引っ張った。

「ほらっ!こっちに来い。」

「いたっ……!」

 思わず声が漏れた。反抗すればきっと奴らに殺される。僕は必死にこの場から逃げることを考えた。その時だった。

 パパパパパパッ!

 近くで銃声が聞こえた。建物の窓が割れ、銃弾が建物にあたって跳ね返る。

「伏せろ!」

 僕はロイに頭を強く押し付けられ、低い姿勢で近くの建物の影に隠れた。

「ニックが足を負傷した!一か所に固まるな!狙い撃ちにされるぞ!」

 ロイの無線からバトラーの声が聞こえる。

 幸運にも放たれた銃弾は僕を避けたが、軍服の一人が撃たれたらしい。

「おい、お前……。名前は……。」

 ロイが小さい声で僕に訪ねてきた。

「エリック……、エリック・マイヤーズ……。」

「よし、エリック。お前はこれに乗じて逃げるんだ。俺たちと一緒にいると本当に殺されるぞ。バトラー少尉はそういう男だ、他人の命など屁とも思っちゃいない。」

 ロイは額に汗を浮かべて周囲の様子を警戒している。

「嫌だよ、僕一人だけじゃどこに行っても、殺されちゃう!」

「あまえるな、俺だって逃げ出したいくらい怖いさ。だけど俺は軍人だ。やらなけりゃ、こっちがやられちまう。」

「でも……!」

「早く行け!」

 そういってロイは僕を片手で突き飛ばした。僕は尻もちをついて少しの間動けずにいたが、意を決して走ることにした。

 どこに行けばいいのかわからない。でも今は、この場から離れることだけを考えて、雨の中を全力で走った。

 だが少しもいかないうちに現れた前方の人陰に驚き、前のめりに滑って転んだ。

 見上げるとその人影はバトラー少尉だった。

「おい、小僧どこへ行く!」

 バトラー少尉は転んだ僕を見下ろし、ものすごい形相でにらんだ。

「こんな時のために貴様を連れてきたのだ。ここで役に立たずしてどうする!?『PSI』〈サイ〉の連中も一応は人間だ、子供を人質にすればうかつに手が出せんだろう。」

 恐怖のあまり声が出なかった。

「さぁ、こっちへ来い!」

 バトラー少尉が僕に手を伸ばした瞬間だった。

 パパパっ!っと銃声の音が響いたかと思うと、バトラー少尉は踊るようにしてその場に崩れ落ちた。

 振り返るとそこには奴らがいた。

 あの時、家の中に侵入してきた二人の男たちと同じ格好をしたやつだ。それが今回は三人。

 奴らは銃を構えたままゆっくりと僕に近づいてくる。僕は頭を抱えてその場にうずくまった。

 チャキっ……と銃を構える音が聞こえた。もうだめだ……!

 その時、近くで聞いたことのない機械音が聞こえてきた。その音はだんだん僕の方へ近づいてくる。

 僕は音のする方へ振り返った。そこで現実離れしたものを僕は見た。人型の機械がふらつきながらこっちに向かってくる光景だ。そしてそのまま人型の機械は武装した男たちに突っ込んだ。

 ボーリングのように跳ね飛ばされた男たちは、床にはいつくばりながら苦しそうにうめいている。

 人型機械の胸のハッチが開き、中から人が顔を出した。ロイだった。

「ロイ!」

「エリック!大丈夫か!」

「そのロボットは?」

「パワード・スーツだ!ほかの仲間もやられた。『PSI』の連中はおそらくまだ近くにいる。とにかく乗れ!逃げるぞ!」

「う、うん。」

 僕はロイの手をつかみロボットの中へ移動した。

 中は狭く、大人なら二人入れるかどうかの大きさだった。

「狭いよ……。」

「本来は一人乗りなんだ、贅沢言うな。くそっ!これだから軍人と子供は嫌いなんだ……。」

 ハッチが絞められ、外の景色が映し出された。

「すげー……。」

「しっかりつかまってろよ!」

 ロイがそう言うと、ロボットが後ろ向きに走り出した。

「ロイ!逆だよ!」

「わかってる!操縦したのは俺も初めてなんだ。そううまくいくもんか!」

「えー!」

 一気に不安が押し寄せた。僕はどこに向かうのかわからない状況のまま、ただ流れに身を任せるしかなかった。

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