06 悪夢
遂にその時が訪れた。
人も草木も眠りについた真夜中の事だった。
いつものように座敷牢の中で眠っていたシズマは、失礼しますの一言と共に返事も待たず部屋に入ってきたツバキにたたき起こされた。
眠気に目を瞬かせながら頭を上げると、焦りと恐怖で彩られたツバキの青白い顔が目に飛び込んできた。
「敵の軍勢が来ます。可及的速やかに準備を整え、南の砦に来るようにとのお達しがありました」
早くにそう告げるやいなや、ツバキはまだ横になっていたシズマの着物を強引に脱がせ始めた。
シズマは慌てて身体を起こしながらツバキに問いかけた。
「そ、それってつまり、戦争になるって事か?」
「はい、そうです。シズマ様の出番が来たという事です」
「出番って……だから俺は戦いなんて無理だって言ってるのに。俺が軍勢を追い払えるように見えるか?」
「姫巫女様が可能だとおっしゃるのです。あなた様はそれが出来るお方なのですよ」
完全に信じ切った顔で新しい着物を取り出すツバキに、シズマは思わずかっとなった。
着物を押しつけてくる彼女の手を振り払い、一歩後ろに下がるときつく睨み付けた。
「ふざけるな! 俺はただのガキだ! 人を殴った事も殴られた事もないし、刀も槍も扱えない。しかも俺をモノのように扱うあの婆さんが治める国のために、どうして命を賭けなければならない! 理不尽にもほどがある!」
怒鳴り散らすシズマに、ツバキは顔つきを険しくして言い聞かせた。
「おっしゃる事はごもっともです。ここはシズマ様の国ではありませんし、シズマ様の戦ではございません。シズマ様が受けた仕打ちも本来なら決して許される事ではないでしょう。ですが、わたくしどもを救えるのはシズマ様だけなのです。代われるものなら代わりたいですが、これはあなた様しか出来ない事なのです」
「は! 俺しか出来ないからやってくれ? 冗談じゃない。そりゃあ頼まれれば薪割りくらいならやってやるさ。だがお前らが俺にやれって言ってるのは戦争だろ。命を賭けて殺し合えと言ってるんだ。頼まれたからって出来る事じゃない。第一、何のために戦うんだ? 姫巫女は俺をこんな目に遭わせた張本人だし、由良は俺の飼い主気取り、お前は俺を都合のいい生け贄としか思っていない。守るどころか、俺はむしろこの国を滅ぼしてやりたいんだよ!」
「シズマ様、どうかお願いします。わたくしの非礼はお詫びしますので――」
顔を青白くしたツバキが額を畳にこすりつけたその時、誰かが何かを諦めたような声で「もう良い」と言った。
二人が振り返ると、座敷牢の外にいつの間にかユラが立っていた。
ユラは目に涙を浮かべたツバキにもう一度同じ台詞を告げると、その乾いた瞳をシズマに向けた。
「お前に選択肢はない。お前の言った通り、お前は生け贄で畜生以下の存在だ。従わないと言うなら、いつものように痛みで教育するしかない」
暴力の臭いがするユラの言葉に、しかしシズマはひるまなかった。
真っ直ぐ見つめ帰しながら、吐き捨てるように言った。
「やってみろよ。どれだけ痛めつけられても死ぬよりはましだ。俺は何をされても戦場になんて行かないし、無理矢理連れて行かれたとしても何もしないからな」
「……そうか。決意は固いようだな」
ユラは小さく頷くと、すたすたと座敷牢の中に入り込み、顔と身体を強ばらせるシズマに向けて無造作に拳を突き出した。
みぞおちを強打されたシズマは一度だけうめき、そのまま呆気なく意識を失った。
倒れるその身体を抱き留めたユラはツバキを振り返り言った。
「着替えを頼む」
「……かしこまりました」
ツバキは涙をぬぐい頷いた。