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ラプソディー・イン・レッド  作者: 砂握
第一章 喚ばれし者
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04 真朱

 現在、センカに存在する五つの国は戦闘状態にある。

 

 数ヶ月前、五国中最大の軍事力を誇るセイランが、平和条約を一方的に破棄し、他の四国に対して宣戦布告したためである。

 

 これに対し、シンシュ以外の三国はすぐさま国境を封鎖し、軍備を整えた。

 シンシュは中立を訴えたが、他の国々はそれを許容しなかった。

 シンシュは国境を侵犯される事態が相次ぎ、そして一月前、国境を越えて首都に向かおうとしたヒスイの軍と大規模な戦闘になった。

 

 双方に多数の死者が出たが、被害はシンシュの方が大きかった。

 人口が少なく、兵士の数も少ないためである。

 この戦によりシンシュは全体の半分近くの兵士を失った。

 今更農民から兵を募っても焼け石に水、傭兵を雇う資金はなく、もう一度どこかの国に攻め込まれたらおしまいという状況で、シンシュは今絶望の淵に立たされている――というのが、ここ数日間のツバキの授業内容だった。

 

 シズマは縁側に腰を下ろし、春で満たされた庭を見ながら、音を立てて茶をすすった。

 目の前を蝶がひらひらと飛んでいく。

 昼の陽射しを浴びて輝くその青い羽根が、目に鮮やかだった。

 

 ……こうしていると、あと少しで国家崩壊という状況には思えない。

 

 シズマが暮らしていた世界のような豊かさはないが、かといって格別貧しいわけでもなく、朝から夜まで平穏な空気が漂っている。

 戦争のせの時も感じなかった。

 シズマにはツバキの話も深刻に捉えられなかった。

 のんびりと日向ぼっこをしながら独り言を呟いた。


「考えが甘いよなあ。確かにシンシュは大陸の真ん中にあって、奪い取っても他の国から襲われる危険が増えるだけでメリットはないかもしれない。でも、三つどもえならぬ四つどもえを期待するだけで、身を守る術を持たないってのは最悪だ。どの国も国土を荒らしたくないんだから、戦は余所でしようと思うし、そうなったらシンシュほど都合のいい場所はない。国じゃなくてただの戦場になってしまう。交渉で三カ国、最低でも二カ国と和平を結べればいいけど、あの婆さんにそれが出来るのか?」


 その冷たい眼差しを思い出して、シズマは鼻で笑った。


「ふん、無理だろうな」


 これまでの恨みから、何の根拠もなく姫巫女は無能であるとシズマは決めてかかった。

 あの女が必死で治める国が滅びの危機に立たされていると思うと、胸の空く思いがした。

 

 薄暗い愉悦に浸っていると、足音が聞こえた。

 振り返ると見た事がないほど顔を強ばらせたツバキがそこで立ち尽くしていた。

 一目で解った。

 今の独り言を聞いて怒っている。


「あっと、その……」


 気まずさで視線を逸らすと、ツバキは震える声で言った。


「……昼食の支度が出来ました。どうぞお早めに入らしてください」

「……ああ、解った」

「それでは、失礼します」


 そそくさと立ち去ったその背中を苦い顔で見送った。

 この国の人間であるツバキにはまずい言葉だった。

 だがそれはシズマの本心でもあった。

 

 いきなり問答無用で別の世界から連れてこられ、殴られたり監禁されたり、入れ墨を入れられたりしたのだ。

 それどころか人を殴った事すらない彼を、戦の切り札にするとか訳の解らない事を言っている。

 多分、姫巫女は絶望的な状況の中で気が狂ってしまったのだろうと思う。

 それ自体は哀れだとは思うが、だからといって彼の人権を無視し、様々な危害を加えた事はちっとも許せないし、同情も出来ない。

 最悪の場合、敵の軍勢の真正面に立たされ、まるで何かの生け贄のように、無残に殺されるかもしれないのだ。

 シンシュという国に共感しろという方が無理な話だった。

 

 シズマはため息をつくと立ち上がり、食事の時に使っている、この家で一番日当たりのいい座敷へと向かった。

 膳にはいつも通り、美味しそうな食事が乗せられていた。

 が、いつもと違って膳は一つしかなかった。

 思わず部屋の隅に座るツバキに視線を走らせると、彼女は感情を消した顔でじっと正面を見つめていた。

 

 なるほど、一緒に食事をするのも嫌になったのかと、シズマは己の発言を反省しつつもそれを上回るほど腹が立っていた。

 お前も姫巫女と同じで俺を戦場で死なせたいんだろうと、思わずそう怒鳴りたくなったが、さすがに自制した。

 彼女に怒鳴っても意味はなかった。

 地獄の一歩手前で姫巫女が「異世界から救世主を連れてきた」と言ったのだ、哀れな民の一人であるツバキもそれにすがるしかない。


 悪いのは彼女じゃない。

 あの女だ。


「――いただきます」

 

 シズマは頭を下げ、箸を手に取った。

 おかずを口に運びながら思った。

 俺には何も出来ないし、何かするつもりもない。

 戦うなんてまっぴらだ、俺はこの国の人間でもなければ人助けに燃える善人でもない、ただの被害者なのだ。

 戦う理由なんてない。

 ツバキの話した事が正しいなら、どうせ何をしたってこんな小国、長く持たない。

 国民の亡命先を探してやる方がよっぽど建設的だ。

 どうして国であり続ける事にこだわるのだろう。

 どんな説明を聞いても俺にはさっぱり解らない。

 何にせよ、この国と心中するなんて俺はごめんだ。あんな女が治めるこんな国、早く滅んでしまえばいいんだ……。

 

 ――何とかして逃げ出すチャンスを見つけよう。

 

 シズマは孤独な食事をしながら、そう決心した。

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