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ラプソディー・イン・レッド  作者: 砂握
第一章 喚ばれし者
3/13

02 紅靱殿

 どうやら自分が今までいたのは城のような建物だったらしい。

 

 廊下も広く長ければ、部屋の数も尋常ではなかった。

 というのに人気が全くなく、城の中には自分とユラ、そしてあの老女しかいないのではないかと疑うほどだった。

 それ以外の者に初めて出会ったのは、三十分もかけて城の外に出た時だった。

 

 裏門の前らしきところに槍を手にした兵士の姿があった。

 二人。

 どちらもあの老女ほどとまでは言わないが、それに近いくらい年老いている。

 眼光は鋭かったが、動作の一つ一つはのろかった。

 ユラの姿を見つけると二人は老いて曲がった背筋を限界まで伸ばし、頭を下げた。

 

 ユラがねぎらいの言葉を書けると、門番達は小さい声で「首尾は如何か」と尋ねた。

 ユラは答えずシズマをちらりと振り返った。

 門番達の視線がシズマに集まる。

 瞬間、その瞳に喜びと恐怖の色が浮かんだのをシズマは見逃さなかった。

 

 ユラは門の隅から時代劇に出てきそうな和傘を二つ手にすると、片方をシズマに手渡した。

 外は雨が降っていた。

 シズマは素直に受け取り見よう見まねで傘を開いた。

 無言で歩き出したユラの背を慌てて追いかける。

 

 と、前を通り過ぎる瞬間、門番達はユラの時以上に深く頭を下げた。

 

 シズマはその下げられた頭に息苦しさを覚えた。

 彼らは自分に何か期待しているらしい。が、その何かは解らない。

 それがただただ気味が悪かった。

 

 門の外には奇妙な町並みが広がっていた。

 整然と並んだ無数の大きな建物は、江戸時代かそれ以前のものに似ていたが、どこかが違う。

 ユラ達の服装と同じだ。

 完全な日本風ではない。

 それどころか彼が知る地球上のどの地域の様式とも異なっていた。

 だからこそ例えば、日本の様々な地域にある〝昔の風情を残した町並み〟などには全く見えず、ユラ達の格好もただのコスプレには思えない。

 

 彼の知らない独自の様式を持った、見知らぬ地域の見知らぬ者達だ。

 しかし喋っているのは明確な日本語だから、余計に話がややこしくなっている。

 考えれば考えるだけ解らなくなる状況に、シズマはため息をついた。

 早く家に帰りたかった。

 

 十五分ほど歩いた後、ユラは赤い屋根をした真新しい屋敷の前で足を止めた。

 立ち並ぶ他の建物と比べても何の遜色もない立派な屋敷だった。

 が、大きく異なる点が一つだけあった。

 それは屋敷の塀や門が五メートルほどもあり、一目で解るほど頑丈に作られているところだ。

 

 何というか、侵入者を阻むためというよりも、中の者を外に出さないため――刑務所の塀のように感じられる。

 

 塀も門も目が覚めるような朱色。

 

 その異様な圧迫感に息をのむシズマをよそに、ユラは大きく頑丈な門を開けると、広い中庭をすいすいと歩いて行った。「早く来い」の一言に我に返ったシズマは、目をしばたたかせながらその後に続いた。

 

 屋敷の戸を開けると、奥から一人の女が出てきた。

 ユラと同じ年頃の綺麗な顔をした女で、長く美しい黒髪が印象的だった。

 女は玄関で雨のしずくを落とす二人に膝をついて頭を下げると「お待ちしておりました」と言った。

「キシュの間へ」とユラが告げ、女は頷いた。

 立ち上がり二人を促すと、廊下を歩き出した。

 

 連れて行かれたのは屋敷の一番奥の一室だった。

 女は膝をつきふすまを開ける。

 ユラに続いて部屋に入ったシズマは、思わず絶句した。

 

 ふすまから二畳ほど向こうにあったのは、なんと座敷牢だった。

 

 白木に赤で何か文字がびっしりと刻まれた格子が等間隔に並んでいる。

 その奥には机やタンスなんかの家具が置かれており、この部屋の中だけで生活できるようになっているらしかった。

 

 まさしく牢屋である。

 が、それにしては立派な部屋だった。

 敷き詰められた畳も綺麗だったし、家具も高価な代物に見える。

 白木の格子さえなかったら、一流旅館の最上級の一室に思えるほどだ。

 一体誰のために、何のためにこんな部屋を作ったのだろうと、シズマが首をひねっていると、ユラが感情の読めない声で言った。


「中に入れ」 


 シズマは耳を疑った。


「中って……あの牢屋の中にか!?」


 シズマの怒声にもユラは全く動じなかった。無表情に頷き、格子の奥を指で指した。


「そうだ。あれがお前の部屋だ」

 

 その馬鹿馬鹿しい台詞にシズマは失笑した。

 座敷牢から視線を外すと、ユラを睨み付けて言った。


「意味の解らない事を言うな。早くこの状況を説明してくれ。俺は家に帰りたいんだよ。それこそ俺の部屋にな」

「私は主人からお前を座敷牢に入れろと命じられている。お前が自主的にそうしないと言うのなら、実力行使に出るしかない」


 ユラは淡々とそう告げると、成り行きを我関せずといった具合に見守っていた女に、座敷牢の扉を開けさせた。

 そしてすっとシズマが反応できない速度で身を近づけたかと思うと、彼の肩を軽く押さえた。

 

 瞬間、シズマは宙を舞っていた。

 

 視界が回転した後、凄まじい衝撃が身体に走る。

 座敷牢の奥の壁に叩きつけられたのだという事はすぐに解った。

 痛みで息が出来ず、芋虫のようにうずくまったまま、涙のにじんだ瞳を格子の向こうのユラに向けた。

 ユラは女が座敷牢の扉に鍵をかけたのを見届けるまでシズマの事を完全に無視していた。全てが完了した時、ようやくシズマに視線を向け、口を開いた。


「それでは説明を始めよう。まずお前の現状を簡潔に教えておく。お前はお前が元いた世界から、我々の世界に連れてこられた。その目的はお前を戦の切り札にするためだ。お前はジンキとして選ばれたのだ。ジンキとは呪術によって呼び出される鬼の一種で、神にも匹敵する力を持っている。お前はその力を使って、我々の戦に勝利しなければならない。その理由はいくつかあるが、お前にとって重要な理由が一つある。それはお前はこの世界――センカに存在する他の五つの国のジンキに勝利しなければ、元いた世界に帰れないからである」

「ちょ、ちょっと待って、くれ……」

 

 何とか息が出来るまで回復したシズマは、ユラが一方的に告げる訳の解らない〝説明〟に口を挟んだ。

 痛みに喘ぎながら、疑問を続けざまに放った。


「別の世界? 一体何の話だ。確かにここは変な場所らしいが、お前達が喋ってるのは日本語だ。日本か、日本に関係の深い地域なんだろ? 大体ジンキって何だ? 戦の切り札とか言ってたけど、俺はただの日本の高校生で殴り合いの喧嘩すらやった事ない。誰か他のやつと間違えてるんじゃないのか?」

「いいや、それはない。カクトウが機能した。お前がジンキで間違いない。ニホンなどという名前に聞き覚えはないし、言葉が通じるのはお前がジンキだからだ。ジンキは神に近いものであるから、神通力と似た力を使える。知らぬ言葉を話すなど造作もない事だ」

「カクトウって、俺の胸に突き刺したあの短剣の事か? あれは――何かトリックがあるんだろ。とにかく、俺はそのジンキとやらじゃないんだ、ただの人間。勘違いしないでくれ」

「……まあ、すぐに理解できるとは思っていない。おいおい嫌でも理解する事になるだろう。自分が人ではなく鬼になった事をな。お前の世話はこの女、ツバキがする。教育を受け、この世界について知れ。そして我が国のために戦い、勝利しろ。お前はそのために存在するのだからな」

 

 ユラは言いたい事だけ言い終えると、念を押すようにじろりとシズマを見やった後、さっと踵を返して部屋を出て行った。

 言い足りないシズマは口を半開きにして、閉じたふすまをしばらく見つめていたが、やがて口を閉じ、肩を落とした。

 陰鬱なため息をつくシズマを哀れに思ったのか、ツバキと呼ばれた女は小さく手を叩くと、朗らかに言った。


「お腹空いてませんか? よろしければ早めの夕食を用意いたしますが、如何なさいますか?」

「……食事?」

 

 シズマは興味なさそうにそう問い返したが、彼の腹は正直ですぐにイエスと答えた。

 ツバキは彼の腹の音を聞くと嬉しそうに頷いた。「用意して参ります」と告げ、部屋をあっという間に出て行く。

 後に残されたシズマは一人、頭を抱えた。


 ――何が一体どうなってるんだ。

 

 彼のその問いかけに答えてくれるものは誰もいなかった。

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