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ラプソディー・イン・レッド  作者: 砂握
第一章 喚ばれし者
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01 核刀

 腹部に強烈な痛みを感じ、シズマは目を覚ました。 

 咳き込みながら顔を上げると、青い服の女が突き出した拳を引いているところだった。

 

 どうやら腹を殴られ、強制的に起こされたようだ。

 薬をかがされたり殴られたり、どう考えても人間扱いされていないらしい事に、シズマは歯を食いしばった。

 

 何も悪い事をしていないのに、なぜこんな目に遭わされるのか。

 怒りを込めて睨み付けたが、女はシズマが目覚めた事を確認すると涼しい顔で立ち上がり、どこかへと歩いて行った。

 それを目で追いかけようとして、自分が縛られている事に気づく。

 

 手足を縄で縛られ床に放り出されているのだ。

 先ほどとは違って石畳ではなく木の床だから少しはましだが、それを喜ぶ事はもちろん出来ない。

 どうにか縄が解けないかとシズマが身体を動かしていると、厳粛な声が響いた。

 あの老女の声だった。


「これよりこの者がジンキの器であるか試す。カクトウをここへ」


 老女はシズマの正面、五メートルほど離れたところに座っていた。

 そこからじっとシズマを見つめている。

 氷のような瞳で射すくめられると、とても生きた心地がしなかった。

 先ほどの若い女が何かを手にし、老女の元へ歩み寄る。

 恭しく差し出されたのは細長い箱だった。

 老女は頷くと、箱の中から何かを取り出した。

 老女の手の中のものが、灯りの淡い光を反射して鈍く輝いた。

 どうやら刃物か何からしい――とそこまで考えた時、背筋から汗が噴き出した。

 

 あの女は、一体あれをどうするつもりなのか。

 

 老女は音もなく立ち上がると、シズマの方へと歩み寄ってきた。

 近づくにつれて、その手に握られたものが段々と見えてきた。

 ところどころに錆の浮いた切っ先の尖った短剣だ。

 しかし、縄を切って自由にしてくれるようには思えない。

 むしろ錆の正体が血ではないかと疑ったシズマは、恐怖で喉を鳴らした。

 老女は短剣を逆手に持ち替えると、シズマの正面に膝をつき、横たわった彼を見下ろして淡々と言った。


「ただの人間に用はない。この場で殺す。死にたくなければジンキの器であると証明して見せろ」


 そしてシズマが何らかの反応を返すのを待たず、間髪入れずに手の中のそれをシズマの胸に突き立てた。


「ぐ、あああああああ!」


 激痛にシズマは悲鳴を上げた。

 切れ味も鋭さも落ちたその刃物は、刺さるというよりはめり込むようにして、胸の中に侵入してきた。

 皮膚を裂き、肉を抉りながら深く深く入ってくるその感触は痛い以上に、吐き気がするほど気持ち悪く、とても耐えられるものではなかった。

 

 一瞬で全身が汗まみれになる。

 シズマは痛みから逃れようと身体を反らしたが、老女は容赦なく一歩前に踏み出し、短剣を突き出した。

 

 子どもが砂山をスコップでいじり回すように、ぐりぐりと胸を抉り続ける。

 それでもシズマは無意識に逃げようとしたが、自分の血で滑って上手く動けなかった。

 そうこうしている間に血を流しすぎたのか、それとも苦痛でショック状態になったのか、シズマの頭の中は白く染まり初め、呼吸も弱くなっていった。

 老女はとどめを刺そうとばかりに彼に馬乗りになり、ぐいと一際強く短剣を押し込んだ。

 シズマの身体がびくんと跳ねる。

 刃物の切っ先が遂に心臓に届いた。

 

 ――俺は死ぬんだ、と霞む頭でそう悟った時、シズマは己の心臓が大きく脈打つのを感じた。

 

 心臓の断末魔のようなものだろうと諦めた矢先、しかし鼓動は一度では終わらず、どくんどくんと連続して鳴り響いた。

 大きく大きく、そして速くなっていく。

 

 まるでティンパニーのようだ。

 心臓が胸を内側から力強く連打している。

 何が起きているのか、意識を失う直前というところまできていたのに、鼓動に合わせて意識が急速にはっきりしていく。

 

 過呼吸のように息を激しく吸いながら、シズマは身体の熱さに無意識に身体を転がした。

 身体の中で炎が燃えさかっているようだった。

 このままでは加速する心臓が胸を突き破って出てくるか、熱い身体に火がついて炭になってしまうと思った瞬間、唐突に全てが落ち着いた。

 

 心臓は速度を落としていき、身体の熱は段々と冷めていく。

 シズマは呼吸を落ち着けながら、刺された胸に痛みがない事に気づいた。

 首をねじって胸元を見下ろすと、血と汗でぐしゃぐしゃになった高校の制服の下、むき出しになった皮膚は赤く染まってはいたが、穴どころか傷一つ見当たらなかった。

 狐に化かされたような気分で傷口があったはずの場所を凝視していると、すぐ近くに膝をついていた老女が感嘆と安堵のため息を漏らした。


「これを見よ。この者、まことにジンキの器であったぞ――」


 老女は誇らしげにそう言うと、手の中の短剣を高く掲げた。

 その時、シズマはそれがただの短剣ではない事に気づいた。


 シズマの血に濡れ赤く輝くそれは、どういうわけか、先ほどまであったはずの錆が完全に消えていた。

 鋭い切っ先と刃は職人が立った今仕上げてきたように真新しかった。

 人の血で錆がとれるなんて話は聞いた事がない。

 まるで趣味の悪い手品を見せられたような気分になりながら、シズマは槍の短剣の根元辺りに埋め込まれた宝玉を見つめた。


  血よりも赤い色をしたそれは、音もなく明滅していた。

 見ていると不思議と落ち着くそのテンポが、自分の心臓の鼓動と合致している事に気づいた時、シズマは目を見開いた。

 あれは一体何なんだ――。


「ジンキ招来に無事成功した。ユラ、この者を屋敷へ連れて行け。縛呪は明日から彫るとしよう」

「かしこまりました」


 老女は満足げに頷くと立ち上がり、部屋の奥へと歩いて行った。

 御簾を上げ中に入っていく。

 御簾が降りきると、ユラと呼ばれた青い服の女がすっと近寄ってきた。

 取り出した小刀で手早くシズマの縄を切ると、シズマがふらふらと立ち上がるのを待って告げた。


「お前の屋敷まで連れて行く。ついてこい」

「お、俺の屋敷? ちょ、ちょっと待ってくれよ。何が何だか……」

「詳しい説明は屋敷でする。今は何も話さない。解ったか」


 初めて通じた会話は、そうやって一方的に打ち切られた。

 これまでの仕打ちを考えるとちっとも納得いかなかったが、説明はしてくれるらしいのでひとまず頷いておいた。

 歩き出したユラの背中について部屋を後にした。

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