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Angel/human’s side measure/7

ようやく、折り返しです。

来栖が語る“人間側の対処法”とは……。

 Angel/human’s side measure/7

 10/4




「――ぷはぁー!生き返った!いや、助かったよ、少年!」

「……ドウイタシマシテ」



 コンビニで調達してきた緑茶(オレの自腹)を美味そうに飲み干す金髪ヤンキー。

 外見に反しておっさん臭いことこの上ない。

 あの後、「上司が恐いんで、マジで話を聞いてくれ少年!この通り!助けると思って!」なんて情けない理由で、動けないおっさんを連れて元のベンチで相手をすることに相成った。

「ふぅ、落ち着いた。寄る年波には勝てんネ。

 さて、なんの話だったか。そうだ、恋の話だったな!よーし、任せとけ!こう見えて俺は――って、ヘイヘイ、待て待て少年!無言で立ち去ろうとするな!」

 肩を掴まれた。

 …チッ。

「自己紹介――は、必要ねーかナ。なんにせよ、多分忘れるだろうし。この場では、適当に来栖とでも呼んでくれ」

 偽名だけどネ、と来栖。

「それとも、やっぱり本名が気になる?」

 ねぇ、ねぇ、とくねくね動く来栖。

 ……うざったいなぁ。

 見捨てておけばよかったかもしれない。

「いえ、別に」

 キッパリ。

「……友達に対して愛想がないナァ、キミは。ま、いいけど」

 本当に気にしていないのか、さて、と会話を変える来栖。

 というか、いつの間にか友達にされていてマジ、扱いに困る。

「キミは化象のことを、どの程度知ってる?」

「雨とか風みたいな現象で、形のない、本来は認識できないモノの総称。…そう、天使からは聞いてます」

「はい、正解。…そうだナァ、そう、例えば雨。少年、雨がどうして降るか知ってるかい」

「…いえ」

「浅学だナァ。若いうちは興味のあるなしに関わらず色々勉強しろよ。特に、学校に通える間はサ。大人になってからだと大変だゼ?

 まぁ、年寄りの小言は置いとくとして。

 大まかに説明すると、まず大気中の水蒸気が気温の急激な低下等で固まって水粒になる。

 この水粒が集まったものが雲。

 雲は成長し、やがて積乱雲とかの雨雲になり、雲の中の水粒が一定以上大きくなると、地表に落ちる。

 これが、雨の仕組みだ」

「……はぁ」

 それは理解できたが、なんの意味があってそんな話をしたのだろう。

「察しが悪いナァ。知識が無ければ、せめて直感くらいは磨いておけよ、少年。

 つまりさ、雨は気象という名の現象だろう。現象が発生するには、それなりの条件が必要になるってコト。

 それは、天使や死神のような化象も同じなのサ」

「―――!」

 言われて、ハッとする。

 ……そうだ。

 死を願ったくらいで死神が現れて、救いを願えば天使が現れるのならば。

 そんな程度で現われるのならば、今頃この世界は化象で溢れかえっている筈だ。

「一応、それも条件の一つではあるよ。元々、その二つの願望は相反するものだから、天使と死神が同時に存在する、なんてありえない事態なんだけどネ。

 それにしても、この短時間の間に矛盾した願いを持つなんてキミも大概、業が深いネェ」

 反論できない。

 それは、オレの自己嫌悪の根源だったものだから。

 前川に感じた、後ろめたさの正体。

「条件二つ目。

 キミは既に体験済みだろうけどネ。

 死神は言うまでもなく、事故や事件等の突発的な死に面した場合。天使は逆。死ぬ運命にない命が想定外の危機に晒された場合に現れる。

 けど、そんなものは全てきっかけに過ぎない。

 化象が現れる最大の原因はね、認識される、という一点に尽きるのサ。学術的には観測学って言うんだけど、この辺りまで掘り下げると長くなるから、手短にいこうか。

 簡単に言えば観測する、という行為は直接的でなくとも、その対象に影響を及ぼす、という考えのコト。

 万物は観測されて初めて存在の意味を持つ。逆に言えば、観測されなければ“無い”と同じなんだヨ。

 ただのラッキー、アンラッキーだった筈の幻想は、キミに認識されたことによって形を得てしまったのサ」

 無害を有害へと、変えてしまった。

 オレが、認識してしまったが故に。

「ま、あくまでキミの個別現実での話だけどネ。

 キミに認識されずとも、化象は元々この世界に在るものだし。見るだけなら俺にだってできる。

 だからさ、問題は何故普通の一般人であるキミに、彼等が見えたのかってコト」

 答えは待ち合わせていない。

 ユダと話した時と同じだ。

 ……そんなこと、オレが聞きたいくらいだ。

「……ちょっと待ってください。それは、おかしい。

 元々、化象が見えていたのなら、今回に限らず、これまでに化象に遭う機会はいくらでもあった筈でしょう」

 今更言うまでもなく、化象に遭ったのは今回が初めての事だ。

「その通り。けど、考えてもみなよ。

 天使はもとより、死神に遭うのだって、そんなに簡単なことかナァ。

 この平和な国で人死に直面する機会なんて、そうそうないと思うケド」

「それは、そうかもしれないですけど。でもそれは、天使と死神に限った場合でしょう。

 条件さえ満たせば、何か他の化象に遭う機会はあった筈だ。たまたま無かった、というのはいくらなんでも無理がある」

「うん、あっただろうね。じゃあ少年、今この場で風の精霊は見えるかい?」

「……いや、何も」

「だろう? 風もまた現象の一つ。その化身は世界中至るところに存在している。けれど、キミには認識できない。

 これがまた、不可解な点の一つ。どうやらキミは天使と死神しか認識できないらしい。

 別に、それしか認識できない、という事例はごく当たり前のことなんだけどネ。

 ――だから問題なのは、キミに認識できる化象がよりにもよって、共に因果律に干渉する化象だってことなのサ。

 キミが助からなければ、その存在は“無かった”ことになり、キミがいなくても不思議じゃない世界であるよう、運命が改竄されてしまう」

 ……そうか。

 そこでようやく合点がいった。

 この男がオレの前に現れた理由。

 “人間側の都合”に。

 矛盾がないよう、世界が修正されるということは、今の歴史を歪めてしまうということだ。

「そういうコト。

 キミがいない世界となると、一番影響を受けるのは親族、つまり肉親だろうね。

 キミの両親は出逢うことなく、他人のままかもしれないし。

 たとえ出逢って結婚したとしても、生まれてくる子供はキミではない、知らない“誰か”になる。

 そういう、今の俺等からすれば“IF”に過ぎない世界が正史になってしまうのサ。

 もう、わかっただろう。これは、キミ一人の問題なんかじゃない。キミが関わる全てを巻き込んだ事件なんだって」

「…………」

「俺が言うのもなんだけど、そう気を落とさないで。そうならないように、天使は光臨したし、俺が現れたんだから」

「別に落ち込んでなんかいませんよ」

 はっきりと言い切る。

 オレが死神に殺されれば世界を巻き込む事態になる。

 正直、そこまでの大事だなんて思ってもみなかった。

 覚悟の大きさを測り違えていた。

 誰とも、何にも関わらず生きていくことなどできはしない。

 化象に限らず、生きている、という事はそれだけで少なからず世界に影響を与えてしまう。

 それは、目の前の男だって同じだ。

 けれど、それに何の問題があるだろう。

 負けられないのは、最初から変わらない。

 オレはユダの前で。あるいは前川に対して。

 覚悟も決意も、既に終えているのだから。

「……驚いたナァ。いや、感心したよ。

 もう少し動揺するもんだと思ってたケド、存外に強いんだナ、キミは」

「そんなこと、ないです……。死ねない理由があるから諦めきれないだけ、なんだと思います」

 オレは弱いから。

 こうして背中を押してくれる誰かがいないと立っていられない。

 それは強さなんかじゃない、と思う。

「そう謙遜しなさんな。自分の弱さを認めるのも一つの強さサ。大人だって、なかなかできやしない。誇っていいコトなんだよ、少年」

「…はぁ、まぁどうも」

 普段から褒められることに慣れていないからか、どうにも照れくさい。

「さて、じゃあ前置きが長くなったケド、俺も責務を果たそうか。

 キミが死ぬコトのないよう、“人間側の”死神への対処法を伝えるのが俺のお仕事だからネ。

 ちなみに、天使からはどんな対策を聞いた?」

「……ええと」

 ユダから受けた説明を可能な限りそのままに、来栖へと伝える。



 来栖は口を挟まず、腕を組んで大人しく話を聞いていたが。

 一通りの話を終えると、

「……ははぁ、それはまた、随分と分の悪い賭けというか、なんとも天使らしい理想論だナァ」

 呆れた、とばかりに肩を竦めた。

「現実問題さぁ、キミは死神に勝てると思うかい?」

「……そんなの、やってみないとわかりませんよ」

「いいや、一度でもアレと向き合っているならわかっているはずだ。そんなこと、不可能だって。

 人間として打ち勝つ?

 逆だよ、少年。人間だから勝てないんだ。

 命あるものにとって“死”は癌細胞のようなもの。延命処置はできても、消すことなんて出来やしない。生きながらにアレを消したいのなら、不老不死にでもなる他ない

 今まで死神に挑んできたヤツ等は、それこそ腐るほどいたよ。繁栄の果てに不老不死を求めた覇王。不治の病に抗った天才超能力者。黒魔術における永久機関を得ようとした魔術師etc…。

 中には未だ逃亡中の化物もいたりするけどね、まぁありゃ例外。

 ともかく、立ち向かおうとする勇気は買うけどネ、そりゃ、無謀ってヤツだ。根性論だけじゃどうしようもないコトだってあるんだゼ?」

 ……言われるまでもない。

 なにせ、一度は至った結論だ。

「それなら、どの道どん詰まりでしょう。諦めるくらいなら、やるだけやってみるだけです」

 諦めたら、そこで終わりなのだ。

 たとえ奇跡のような大博打だろうと、1パーセントでも可能性があるのなら、それに全力を尽くすだけだ。

「いや、結構結構。

 その諦めの悪さ、生き汚さこそ人間として正しい。けど、あながちどん詰まりってワケでもないヨ。

 ……まぁ、天使が言わなかったのは当然かな。あの堅物共が、提案できるはずもない。

 思い出してごらん。死神が何の目的で、キミを襲うのかを」

 死神が、俺を襲う理由。

 ……それは。

 運命に記された“死”を、回避してしまった、から。

「―――あ」

 ――それを、正しく修正する、ため、に。

「本当はわかっているんだろう?

 君が、死神に勝つ必要なんてないんだ」

 ならば、本来、

「……やめろ」

 死ぬべき運命にあったのは。

「戦う必要すらない。いや、“自分以外の死”に立ち向かうなんて、とんだお門違いなんだヨ。そんな無駄な事をしなくても、この一件は簡単に解決する。

 キミが歪めてしまった運命を、君自身の手で正せばいい。それだけで、キミの悪夢は終わるんだから」

 一体、誰だったのか。

「……やめてくれ」

 息が苦しい。

心臓が圧力で潰れそうだ。

 言うな。

 ……その先を、聞きなくない。


「だからさ、少年。助かりたいのならば、君が誤って助けてしまった娘、前川ちゃんだったかな、をキミの手で殺しなおせばいい」


 考えてみれば当たり前のこと。

 死すべき命が、正しく死ねば、死神は――消える。

 だけど、

「ふざけんな!そんなこと、できるわけないだろッ!!」

 感情に任せて来栖の胸倉に掴みかかった。

 周囲の視線が集まる。

 殴らなかったのは、辛うじて理性がブレーキをかけたからだろう。

 来栖は、間違ったことは言っていない。ただ、対処法を提案しただけ。それが最悪のものであれ、悪意からのものではないはずだ。

 この場で来栖を殴れば。

 それは、嫌なことから目を背けて八つ当たりする子供と同じだ。

「痛いナァ。離せよ、少年。

 何をそんなに憤る理由があるんだい」

 来栖は笑みを崩さない。

 いや、この男は最初から表情を変えていない。

 人間味を感じさせない、感情を偽る完璧なポーカーフェイス。

「間違った形を正しい形に戻すだけだ。当たり前のことだろう。

 ――…ああ、人を殺すことに抵抗があるなら、それは安心していい。

 キミが手を下そうと、彼女の死は元の事故死として処理されるサ。

 キミには彼女を殺した罪悪感はおろか、記憶も残らないヨ。当然だろう、正しい史実に戻るということは、今この間違った時間も全て、無かったことになるんだから」

 愉しげな口調が癪に障る。

 ……安心しろだと。

 それは最後の手段であり、選んではならない最悪の選択肢だ。

 新見望に罪はないと言われようと、自責の念が残るまいと。

 安心できる要因など、何一つとしてありはしない。

「……だめだ、それだけは、しちゃいけないんだ。……前川は――」

 なぜなら、一度殺した。

 見殺しに、した。

 恐怖に負け、我が身可愛さに。

 未だに痛み続ける、後悔の棘。

 ――なのに、

 それをもう一度、繰り返せと来栖は言う。

 助かりたければ、今度は自分の意思で、前川の死を容認しろと。

 オレは、そうならないために。後悔を清算するために。

 死神と戦うと決めたはずなのに。

「……わからないナァ。前川剣とキミに交友関係は無いって話だけど。言わば、赤の他人だろう。ははぁ、もしかして片恋相手だったかな」

「……そんなんじゃ、ないです」

 来栖の言うとおり、オレと前川は他人同士だ。

 ――今は、まだ。

「なら、なにをそんなに躊躇う。

 キミはアレかい。命全てが尊いなんて、夢物語を本気で信じているクチかな」

「……」

 違う、だろう。

 オレにとって。誰にだって。

 他人の命には、悲しいほどに、無関心なもの。

 共感も同情もない。他人の死に対する最高の追悼は、無関心であるべきなのだ。

 仮に、今の気持ちも感情も失って。

 前川が死んでしまっても、きっとオレは、涙一つ流すことはないだろう。

 けれど、今は。

 今のオレにとっては、

「……前川は、違うんだ」

 俯き、呟く。

 友達ではないかもしれないけれど。

 他人に過ぎないのかもしれないけれど。

 それでも、“赤の他人”などでは決してない。

 負い目だけじゃない。オレはオレの意思で、前川に死んでほしくなんてないんだ。

「だとしても、まだまだ命を賭けるには値しないネ。

 たとえ親友だろうと、家族だろうと。自分以外の誰かのために、ただ一つきりの命を引き換えにするなんて、そう簡単なことじゃない。

 ま、それでも戦うというのなら止めはしないサ。最悪、キミが負けると判断した場合は、こちらで前川剣を処分するまで」

 新見望の敗北は、そのまま前川剣の死を意味する。

 手を下せないオレに変わり、前川を殺すと、来栖は言った。

「――――」

 止めることなど、できない。

「多少、史実にズレは起きてしまうだろうけど、それでも人一人が消える矛盾よりは幾分マシだろうし」

 来栖はベンチから立ち上がる。

「自己犠牲、偽善、大変結構。覚悟も決意も大切だけどサ。少年、キミさ、都合よく前川ちゃんだの天使だのを言い訳にしてないかい?」

 ……言い訳に、している?

 前川や、ユダを。

「もう一度、よく考えてごらんヨ。

 負けられない理由。キミが本当は、何のために戦うのかを」

 戦う理由。

 ――オレは、本当は、何のために…――

「健闘を祈るよ。

 誰も犠牲しない。いや、キミと前川ちゃんが共存する世界、なんてハッピーエンドが欲しければ、せいぜい頑張ることだ」

 来栖は闇へ溶けて行く。

「――…あ、そうそう。俺のことは天使には内密に頼むよ。余計なことを吹き込んだと知れればほら、怒った天使に魂ごと昇天されられかねないからネ」

 どこまで本気なのか、来栖はケタケタと嗤う。


 ベンチには、答えを見出せないまま、力なく俯くオレ一人が残された。


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