Angel/twilight buffoon/6
やたらルビが多くなってしまいましたが、たまたまです(汗)
Angel/twilight buffoon/6
10/4
現代社会において、眠らない街、という表現はもはや都会に限ったものではなくなった。
ほんの少し住宅地を離れただけで、“町”は“街”へと意味を変える。
一日を通して、人間という名の燃料が尽きることのない機能は、不眠不休で活動を続ける。
こうして、深夜を控えた時間でさえ、人工の灯りは消えることはない。
都会とは言えずとも、大きな駅を拠点とした繁華街では、もはや語るべくもない日常の光景。
それは、オレの住む地方都市も例外ではなかった。
前川と別れ、一通りの状況確認と作戦会議を終えたオレは一人、町、というか市の中心である駅前広場までやってきていた。
ユダ曰く、
『いくら化象と言えど、完全消滅からの再生には今暫く時間がかかる』
とのことで、具体的には残り3時間程度らしい。
詳しい理屈は分からないが、同じ化象であるユダが言うのであれば、それは確かなことだと素直に納得した。
正直、こうして落ち着いて考える猶予が残っていたのはありがたい。
少し、一人で気持ちを整理する時間がほしかったから。
ユダに反対されるかと思ったが、現状オレを殺す要因がいない以上、止める理由はないらしかった。
備え付けのベンチに座り、来る途中に調達したハンバーガーを片手に雑踏を眺める。
帰宅途中のサラリーマンや、飲み会の途中なのか年甲斐もなくはしゃぐ中年男性。数人単位で点在する若者グループなどなど、人間模様は様々だ。
「…こうして見ると、昼間と同じ街とは思えないな」
もともと夜遊びなんて柄じゃないオレにとって、夜の街はネオン一つ取っても新鮮に映る。
「…ふぅ」
こうしている間にも時間は経過し、いずれ約束された裁判が始まる。
頭では分かっていても、こうして一旦非日常から離れ、流れる人波を見ていると、“命懸けの戦い”なんて、そんな少年漫画の中でしか聞かない言葉が、我が身に待ち受ける現実だなんて嘘のようだ。
意思や覚悟とは無関係に、日常を眺める時間に反比例して現実味は薄れていく。
世の中はこんなにも平穏なのに、今のオレは明日すら保障されてはいない。
前川に勇気付けられ、ユダに可能性を提示された今、それを不幸だとか不平等だなどと悲観思想に浸ったりはしない。
これ以上誰も巻き込まないことに安堵こそしても、悲観思想に浸るなど、いくらなんでも身勝手が過ぎる。
事の発端がオレならば、解決するのもオレでなくてはならない。
全ては自業自得なのだ。
――だからきっと、これは確認。
一人の時間を欲しておきながら、わざわざ人が大勢いる繁華街を選んだのは、“非日常”が訪れる前に、“日常”を確かめたかったから、なのだろう。
なんの気なしに携帯電話を開く。
いい機会だし、両親に電話でもしようか。
思えば、オレは親不孝な息子だった。
ずっと煙たがってばかりで、向けられる愛情には背を向けてばかり。
ここ最近は着信に気づいても、反応することは少なかった。
家族とは最も身近にあるべき日常であるはずなのに、それを退屈の象徴だと思い込んで自ら遠ざけていたが為に。
ディスプレイに映る、見慣れた電話番号。
そのまま、
「…………」
ぱたん、と閉じて、ポケットに戻した。
「……縁起でもない」
これではまるで、死ぬ前にやり残しを消化しているみたいじゃないか。
オレが明日を諦めていないならば、電話なんて何時でも構わない筈だ。
今である必要なんて、ない。
こんな安っぽいハンバーガーが最後の晩餐だなんて冗談じゃない。
だから、明日。
明日は前川と挨拶を交わして、両親に電話をして、そして、いつもより豪華な食事をしよう。せっかくだからユダや前川を誘って。なんなら、オレの驕りでもいい。2、3人分位ならオレの財布も耐えてくれるだろう。
大義名分など無くとも、オレが戦う理由は、きっとその程度のささやかなもの。
気持ちも固まった。
あとはただ、落ち着いて刻限を待てばいい。
寮に戻るべく、ベンチから立ち上がり、
「ヘイ、そこの死相が出た幸薄そうな少年!」
なんて、失礼極まりないフレーズに思わず反応してしまった。
振り返ると、そこにはニヤニヤと笑う一人の男がこちらを見ていた。
外見から判断する年齢は二十代半ばといったところ。
2メートルに近い長身だが巨躯というよりは矮躯。芸能人と見間違う端整な顔立ち。一つに纏められた腰まである金の長髪に、意味を成さないサングラス。
ようするに、絵に描いたような怪しさ全開の風貌だった。
「……もしかして、オレのことですか」
「もしかしてもなにも、俺の前にはキミしかいないだろう。しかし、反応したってことは、自覚はあるようだネェ。結構結構」
方言ともまた違う、独特な言い回し。
男はなにが楽しいのか、けらけらと笑う。
…いや、違うな。笑うのではなく、嗤う、という方が正しい。真実この男の声は、なにか目に見えない不安を煽る要素を纏っている。馬鹿にするでもなく、嘲るでもなく。それでいて、ただただ不気味に嗤う。
「…………」
……また、厄介そうなのに捉まってしまった。
この男が、どういう理由で話しかけてきたにせよ、相手にしてもろくな事がなさそうだ。
厄介事なら十分に足りている。
第一今のオレに暇人に構う余力などありはしない。
「――――」
ため息を殺して、ベンチを離れる。
「おいおい、無視とはつれないナァ。ちょいと話がしたいだけサ。見ず知らずの他人をきちんと警戒するのは、大人としちゃあ関心するけど、マァ、そう邪険にすんなよー」
うわ、ついてきてるよ、この兄ちゃん。
想像以上に性質わりぃ。
「いや、すんませんけど、オレも忙しいんで」
会話を切る。
「まーまー、そう悪い話じゃないって。互いに有益な話サ」
…切れなかった。困ったことに、強靭な精神耐久値をお持ちのようだ。ホント、マジで困る。
「……はぁ。あのですね、詐欺師はみんなそんなことを言いますよ。そんな悪徳勧誘丸出しの言葉じゃ、はい、わかりました、なんて今時小学生だって信じません」
「こりゃ、手厳しいネ。けどね、少年。本当の詐欺師ってヤツはこんなもんじゃないゼ。なにせ、疑われたら商売上がったりだろう。自らを詐欺師と称するには、“怪しくない”ことこそが絶対かつ最低条件なのサ」
その後に、これはまっとうな仕事してる奴にも当てはまるけどナ、と続けるが、
まぁ、詐欺師の条件云々は置いといて。
「そうスか勉強になりましたありがとうございますさようなら」
「一言で言い切るとは、やるな少年」
おお、とか感心する金髪グラサン。そんなことで感心されても嬉しくねぇよ。
なかなか、諦める気配を見せないな。
…あー、確か駅の中に交番があったはずだ。
ここからだと、全力で走って2分くらいか。
面倒だが仕方がない。撒けたらそれでいいし、追っかけてくるなら、最悪警察に頼るまでだ。
そうと決まれば、実行あるのみ。
「――おっ」
ダッシュ。
「おお、気だるげな外見とは裏腹に意外とアクティブだな、少年」
声が遠のいていく。
金髪グラサンはその場から動かない。いきなりの行動に一瞬驚きの表情を見せたが、口元は依然ニヤついたままだ。
よし、これで撒いたか――。
「……やれやれ、本当は任意同行が好ましかったんだけどナァ。まぁ何事も臨機応変に、ってネ。
話を聞いてもらえないなら、聞くしかない状況を作るまで」
声はもう、ほとんど聞き取れない。
「―――」
男は何事か呟くと、ぱんっ、と手を鳴らした。
ノイズが走る。
――瞬間、音がオレに伝わるよりも速く、大気はコンクリートと化した。
「―――なっ…!?」
驚愕で足が止まる。
あれほど騒がしかった街から音が消え、行きかう人々は一様に精巧な人形と化している。
この光景を、オレは知っている。
なにせ、数時間前に体験したばかりだ。忘れられるわけもない。
「―――これは、結界…!?」
「さて、これで少しは話を聞く気になったかな、少年。いや、新見望クン。
まさか、この状況下で天使も連れずに単独で出歩くとはネェ。よほどの度胸の持ち主か、ただの馬鹿か。どちらにせよ、命が惜しいなら、もう少し慎重になったほうがいい。ま、天使とはあまり関わり合いになりたくないんでネ。こちらとしては好都合なワケだけど」
男はゆっくりと、こちらへ歩み寄る。
「ああ、別に警戒しなくていい。この通り、ほら」
男は俺へ手を伸ばす。
身構えるも、間に合わない。
伸ばされた手は、そのまま、
「―――!?」
見えない障壁によって弾かれた。
「この中だと、俺もキミには触れられない。悪意云々ではなく、そういうルールだからネ。人の身で因果律を捻じ曲げるのは、ちといき過ぎだ」
会った時と変わらないニヤニヤ笑いは崩さず、だがサングラスの奥の目は笑ってはいまい。
「キミが巻き込まれた一件については、ある程度把握しているヨ。死神に襲われて、天使に救われる、なんて若いのにまぁ波乱万丈なコトだネ」
「……アンタは、なんだ」
誰だ、とは問わない。
重要なのは、男の名前ではなく、与えられた役割。この男は、俺の知らない世界で何と称される化象なのか。
「んん? 勘違いしているようだネ。結界を作れるのは、何も化象達だけじゃあない。然るべき手順を踏めば真似事くらいはワケないサ。
俺はれっきとした人間だよ。天使や死神が化象側の均衡保持者なら、俺は人間側の均衡保持者。そうだな、君達的に言えば、魔法使いってところ、かナ」
厳密には違うけどネ、と自称魔法使い。
死神に天使ときて、次は魔法使いかよ。
耐性が付いてきているからか、今更、存在することに驚きはしない。
今ならネッシーだろうがアッシーだろうが信じる。
ユダの言っていた異能者達、というのは具体的にこの男のような者達を指すのだろう。
「……へぇ。で、その魔法使いさんが、いったい俺に何の用だ」
寮へ戻ってユダに助けを求めようにも距離が離れすぎているし、この結界の中で逃げ場がないことも承知している。
警戒は緩めず、せめて気圧されないようにと男を見据えて問う。
「…………」
魔法使いは答えない。
なにやら、険しい面持ちで虚空を睨んでいる。
「……おい?」
「…………」
なおも返答なし。
……?なにやら様子がおかしい。よく見ると、脂汗を掻いているような気が――
「――ぶっはぁ!」
「うわ!?」
「……ぜぇ…ぜぇ!いや、無理無理!こりゃキツイって!街規模の結界維持なんて無理だって!」
お手上げ、なんて、尻餅をつく、自称魔法使い。
街は喧騒を取り戻し、夢は終わる。
なんてことはない。
口を開かなかったのは単に結界の維持に必死で、いっぱいいっぱいだったから、みたいだった。
「やっぱ、年甲斐もなくカッコつけて無理するもんじゃねーわ」
そんな、なんとも締まらない姿に、すっかり毒気を抜かれて。
「…………」
逃げ出すタイミングを逃していた。