Angel/sword←angel/5
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マジ、嬉しいです(泣)
何度でも言います!読んでくださる人がいる、というだけで幸せです!!
これからも、モチベーション全開で頑張りまっす!!
Angel/sword←angel/5
10/4
オレが助けようとして。
オレが見捨てた少女。
前川剣が、そこにいた。
「―――」
無事だった。
生きていてくれた。
その安堵が胸を打つ。
零れそうになる涙を堪えるのに必死で、言葉が、ない。
「………」
前川は夕刻と変わらない剣呑な目つきでオレを睨む。
いや、変わらず、というのは間違いだ。
「………」
前回と比べ、恨みのようなものがこもっているからか、迫力が三割増しになっている。
わかりやすく言えば、あきらかに怒っていた。
とはいえ、いつまでも気圧されたまま、つっ立っている訳にもいかない。
ユダ同様、前川にも言わなくてはならない言葉が――
あったはずだ、と思った矢先、
「オマエなぁ!」
前川に胸倉をつかまれた。
「勝手に人を助けておいて、いつの間にか消えてんじゃねぇよ!」
……あー、え?
「いきなり背中引っ張られたと、驚いて振り返ってみりゃ消えてやがるだと!どこのインベーダーを撃退した超猿人だテメェは」
まぁ、前川の例えはともかく。
そこでようやく思い至った。
そうか、ユダが死神を消滅させるまで、世界の時は停止していたのだ。
「いや、それは……」
なんて説明すべきか迷っていると、
「まぁ、いい」
一通り文句を言ってスッキリしたのか。
前川は俺のシャツを放し、フン、なんて言って腕を組んだ。
なんだろう。
前川は文句を言うためだけに、わざわざオレを訪ねたのだろうか。
「んなワケあるかッ」
「うがッ!?」
すねにローキックをくらった。
………うおおおおおおお、超いてえ。
腕を組んでいたから油断していたが、まさか蹴りがくるとは。
お前、剣道部員じゃねぇのかよ!?(?)
ユダが言葉攻めなのに対し、前川は物理的なツッコミを入れてくるらしい。
……にしても、すごく嬉しくない二択だな。
文句の前に胸倉をつかまれたことといい、口より先に手が出るタイプらしかった。
出たのは足だけどな(キリッ)
ううむ。
これ以上余計なことを言うと、更なるツッコミが飛んできそうだ。
すねをさすりつつ立ち上がり、話を変える。
「しかし前川、よくオレの家がわかったな」
知り合い以上、友達未満=他人な関係だったのだ。
前川は、オレの住所どころか連絡先すら知らないはずである。
「おいおい、あまりあたしをなめんなよ」
前川はフフン、と胸を反らす。
「オマエの住所ごときググって一発だ」
まじか!?
検索に引っかかんのか、オレの個人情報!?
「まぁ、オマエに限らず、大体の人間の個人情報はネット上に流出してけどな」
「……やなこと知った」
ありえないとは言い切れないだけ、リアルに凹むな、それ。
事実として前川に住所を割り出されたわけだし。
知らないほうが幸せな現代社会の闇だった。
なまじ、本当の世界の闇に直面している身としてはダメージがでかい。
冒頭から凹みすぎて、もはやU字と化しているやもしれぬ。
「……オマエさぁ、あんまり真に受けんなよ。なんで、冗談ひとつでガチ凹みされてんだよ、あたし」
ああ、冗談だったのか。
そらそうだよな。
だよな?
ちょっと疑心暗鬼気味なオレである。
ふうむ。
ことの外、会話が弾んでいるな。
しかし、コイツ冗談とか言うキャラだったのか。
前川とまともに会話するなんて、初めてなんで今一キャラが掴めない。
いや、そもそもオレは前川が誰かと会話しているところなど、この半年間一度も見たことがない。
学校での前川は、窓際の席でずっと外を眺めている、そんな印象があった。
そしてその印象はおそらく、オレに限らず、クラスの人間、もしくは学校全体の人間が感じていること。それは前川が所属する剣道部内ですら例外ではあるまい。
あまり進んで人と関わらず。
誰かが話しかけても、
「ああ」「へぇ」「そう」「だから?」
それで終わり。
実にわかりやすい、明確な拒絶。
孤独でなく、孤高。
学校随一の有名人でありながら、いなくなろうと誰も気に留めない、矛盾を孕んだ偶像。
テレビの中の有名人が映写されたような、儚げな存在。
こんなことがなければ、こんな突飛なことがなければ、高校生活の中で前川と会話する機会など終ぞ訪れない。それは経験則からの事実に思えた。
っと、なんの話だったか。
思わず話が脱線してしまった。
「オマエがMだという話だ」
「断じて違う!」
「はっ、あたしに蹴りを喰らってニヤけてたヤツがよく言うぜ」
「………」
言葉に詰まるオレ。
「ああ、そうか。オレん家の住所の話か」
ようやく元の路線近くまできた。残念ながら、まだ正しい路線ではないが。
前川はチッ、とか舌打ちしてるし。
……恐ろしい。
この女、まだオレを弄り足りないというのか。
「学校」
「は?」
簡潔に言い切る前川。
学校がどうしたのだろう。いくらなんでも単語一個で連想するのはハードルが高い。
「だから、学校だよ学校。職員室言って、適当に事情を話せば住所くらい教えてもらえる」
「ああ、なるほど」
だから、学校、ね。
なんにせよオレの個人情報がだだ漏れな事に変わりがないような気がするのは、まぁ、この際考えないようにしておこう。
うーむ。日中の時点で薄々感じてはいたが、どうも前川は口下手っぽい。
口下手、というより楽しい会話に慣れていないような、そんな感じを受ける。
感覚の話なんで、イマイチ説明しづらいが。
それでも、学校での前川しか知らないオレでも。
学校の外で、あるいはオレの知らない友達の前で、前川が楽しそうに話す姿をどうしても想像できなかった。
「…………」
と、前川は唐突に押し黙ってしまった。
視線が所在なさげにキョロキョロと動く。
今日一日で前川の新しい側面を見ることができて素直に眼福なんで、あえて沈黙を傍観することにする。
「でいッ!」
「いてぇッ!?」
しまった。思わず顔に出てしまった。
本日二発目のキック。今度は膝が脇腹にヒット。
再び蹲るオレ。その、頭を、
「ふんッ」
とか言って。踏みつけられた。
……おいおい、そこまでするかい。
驚きでツッコミを入れ損ねたよ。
「随分と楽しそうじゃねぇかよ、オイ。人がキョドってんのがそんなに珍しいか」
「前川限定なら、かなり」
「正直なのは褒めてやるけどよ、お前のは愚直って言う、んだ、よッ!」
「あうっ!おうっ!」
ぐりぐりから、げしげしへ。
痛い痛い!あと、地面が硬い!冷たい!!
我ながら嘘がつけないにも程がある。
まさか、オレの人生の中で女性に頭を踏まれる機会があろうとは。しかも十代後半で。
たった一日の間にひどい堕ちようだ。すでに堕ちるところまで堕ちて地面にめり込んでる気さえしてきた。文字通り凹んできた。
いやしかし、それを認めたら色々終わりな気がする。具体的にはこの光景をユダに見られたら終わる。
「ったく、ホントにふざけたヤロウだ」
戦闘民族の王子みたいなことを言いながら、足を退ける前川。
「愚直、か。……あたしも、人のコトは言えねぇか」
前川はがしがし、と頭を掻く。
そのまま背を向けて、
「ありがとな、オマエに、助けられた」
そんな、馬鹿な事を言った。
それは、オレがユダに宛てた言葉と一字一句同じもの。
けれど違う。それは違うんだ、前川。
送り手の意図が同じであろうと、受け手に、オレに受け手たる資格なんてないんだ。
オレには、お前に礼を言われる権利なんて、本当は合わせる顔すらない。
「……違う。オレは、ただ」
理由すらわからない衝動に動かされて、そして、我が身可愛さに、お前を見捨てた。
前者には意思がない。天使の救済同様、善意はなく、助けた、という結果があっただけだ。ただの偶然。
オレの罪悪感の正体は、後者。
オレは自らの意思で、前川を見捨てた。
オレは自らの意思で、前川を殺しかけた。
助かった。無事だった。そんなものは結果論だ。
そんなもの、たまたま運がよかっただけ。
なにか一つでも歯車が狂えば、事態は最悪の方向へ進んでいた。
ああ、だから、死神の正体はオレの罪なのかもしれない。
見捨てたということは、殺したとイコールなのだから。
殺人は許されない罪だ。理由の是非もない。なら、…オレが裁かれるのは、必然、なのか。
「オマエがどういうつもりで助けてくれたかは知らないし、訊く気もない」
言葉を発せないオレに構わず、前川は続ける。
「あたしには、助けられた、その事実だけで十分。どんな理由があれ、身を挺して誰かを助けるなんて、あたしにはできない。自分を嫌ってる人間なんて、なおのこと」
「…………」
「ありがとう。無事で、よかった」
その場に取り残された前川の心境など想像に難くない。
あくまで。あくまで想像でしかないが。
オレより身体能力が上の前川のことだ、自身が助からないことは、トラックが迫っていると気づいた時点でわかっていたのだろう。
諦めに染まる思考回路。生きようとする生態反射も間に合わない。ピリオドを待つだけの決定事項。
それを助けられた。あろうことか、つい先ほど自分が拒絶した相手に。
安堵と共に訪れる混乱、戸惑い。
けれど、振り返った先には、誰もいない。
死体が転がっていなかったのは、唯一の救いだったのかもしれない。
オレが逆の立場でも思う。
理屈も、理由も、意味もわからないが、助けた相手が消えた原因は、自分にある。
自分一人が巻き込まれるはずの事故に、他社を巻きこんでしまった、と。
前川も不安だった。自分を助けた相手が、突如として消えた。
不安で不安で。急いで学校まで戻り、相手の住所を調べた。もしかしたら、先に電話をかけたのかもしれない。
全てはそう、安否を確かめるために。助けてくれた、その礼を言えると信じて。
「自転車、下の駐輪場に置いといたから。あとでちゃんと鍵掛けておけよ」
用は済んだと、前川はじゃあな、と別れを告げて歩き出した。
「前川!」
それを呼び止めた。
「ん」
前川は振り返らず、顔だけを僅かにこちらへ向ける。
『無事で、よかった』
それは、
「心配かけて、ごめん」
オレが言うべき言葉だったはずだ。
「ありがとう、前川。――本当に、無事でよかった」
「……ああ。じゃ、また明日学校で」
そうして。
手をひらひらさせながら、今度こそ前川は立ち去った。
「……ああ、また、明日」
言葉は既に宛先に届かない。
前川と、そして自分に向けた言葉は、オレの胸にだけ残る。
「――長く話し込んでいましたが、なるほど、昼間の少女でしたか」
リビングでオレ達のやりとりを聞いていたらしいユダが玄関に顔を出す。
「ご主人、これだけは伝えておきます。貴方が死神に敗れれば、ヤツの次の標的は彼女です。今は想定外に発生した抑止力を排除すべく、貴方の命を狙っていますが、それが終われば、必然、鎌を矛先は本来の標的に戻る。
ご主人、貴方が命を諦めると言うのなら、ともに彼女の命も諦めなさい」
言葉は厳しいけれど、確かな気遣いを感じる優しい警告。
分かってる。
分かってるよ、ユダ。
だから、誓おう。
今度こそ、逃げ出さない。
一度は助けた以上、オレは最後まで前川を守り通す。
『また、明日』
ただの社交辞令でしかなくとも、その言葉に応えたのならば、諦めることなどできない。
ただ、明日を迎えるために。
「ユダ」
「はい、ご主人」
「一度は諦めておいて、虫のいい話なのは承知の上で、頼む。オレに力を貸してくれ。オレに、死神を倒す術を、教えてくれ」
せめてもの誠意として、深く頭を下げる。
「頭をあげてください。是非もありません。もとより、私は私自身の意志で貴方の味方をしているのですから」
子供の成長を見守るような、温かく、柔らかい微笑。
「――ふふ、僅かな間にいい顔をするようになりましたね」
その、初めて見たユダの笑顔が不意打ちすぎて、
「やはり、男の子ですね」
なんてからかわれても、反論などできなかった。