Angel/angel→sword/4
仕事が忙しくて更新が遅れてしまいました(汗)
申し訳ありません…orz
Angel/angel→sword/4
10/4
さて、だいぶ脱線したが、いい加減話を戻そう。
「どうしてオレに、お前達が見える。あの時間が止まった世界は、なんだ。」
この十数年の人生の中で、霊能力であれ、超能力であれ、なんであれ。そんな力がないことなど、とうにわかりきっている。
だとすれば、死神を認識できたことにも、こうして天使と向き合えるようになったことにも、なにかきっかけ、あるいは理由が必要なはずだ。
日常から非日常へ移行するトリガーがあったはずなのだ。
「貴方になぜ、私達が見えるのかは分かりません。
本来、私達は見えてはならない、カタチの無い救済であり、カタチの無い悲劇であるべきだからです。回避も防御も。自由意志さえ許されない。受け入れることしかできない、運命とも称される現象。それが我々の正しい在り方。
ですが、どういうわけか、貴方はそれに抗った。何故、と問われれば、それはこちらが聞きたいくらいです」
「…………」
「見える、認識できる、ということはそれに干渉する力を持つ、ということ。
生まれながらのものか、後天的なものか。どちらにせよ、ご主人からは今も特別なものは感じない。間違いなく普通の人間です」
だからこその、異常事態。
ありえないイレギュラー。
「とにかく今は、答えの出ない問答に時間を割くべきではないでしょう。話を変えます、ご主人」
「……ああ」
「時が停止した世界について説明する前に、本題に触れておきましょうか。それこそが私がここにいる理由でもあるのですから」
そうか、天使が救済の具現なら、その行動には必ず救うべき対象が必要なはずだ。
この場合は、オレ、か。
ユダは一度目を閉じて、再び口を開く。
「結論から言って、貴方はまだ死神に狙われています」
「……まだ、狙われている」
あの悪夢は、終わってなど、いない。
「時が停止した世界は、イレギュラーな事態が発生した場合に生ずる、一種の結界です。規定に定められた運命。それが何らかの形で失敗、もしくは妨害された場合に発生し、これを修正するための時の狭間。問題の根本が排除されるか、結界を作り出した根本が消えることでしか解除されることはない」
結界。
外界と内界を遮断する、特殊空間。
なるほど、な。
あの世界は、他人の干渉を防止するための、運命に背いた罪人を裁く処刑場ってわけか。
あの時、死ぬ運命が前川だったにせよ、オレだったにせよ。
それは回避されてしまった。
それであの死神は、原因であるオレを殺し、事態を立て直そうとしたのか。
……いや、まて。
ユダの説明を全て鵜呑みにするには一つ疑問が残る。
部屋の時計に目をやる。
針は、確かに時を刻んでいる。
……結界は、機能していない。
あの時。
薄れる意識が捉えた光景。
茜色の景色の中。
死神はユダが放ったであろう光の雨に撃たれ、跡形もなく消滅したはずだ。
「いいえ、ご主人。死神は消滅などしていません。あれは一時的に足止めしたにすぎない。もう、忘れ たのですか。我々は、天使、死神という名の“現象”なのですよ」
太陽が沈んでも、また昇るように。
雨が止んでも、いずれまた降り出すように。
また動き出し、オレを襲う。
「なら、またユダが倒したらどうなる。一時的な足止めでも、いや、足止めが可能なのなら」
事態は解決しないにしても、少なくとも平行線を保てるのではないか。
「確かにご主人の言うことも一理あります。けれど、それにも限度がある。
ご主人、アレと私は同種ではありますが、同一に見えますか」
「それは……」
違う。
ユダと死神には決定的かつ明確な違いがある。
ユダからは人間と見間違うほどの、確固たる自意識を。
一人格を確かに感じる。
けれど。アレからは。
あの死神からは。
何も、感じなかった。
ただ“死”という言葉だけを内包したような。
空虚な風船のような。
人間味など望むべくもない、まさしく“現象”そのものだった。
「その認識で正解です、ご主人。
私達天使は人間と酷似した外見を持つが故に、内面も同様、人間に近い精神、心を持つ。
ですが、アレは“死”という結末だけを運ぶ一種の記号。規定に忠実に動作するプログラムのようなものです」
「……プログラム」
秩序を守る、法の番人。
機械仕掛けの自律人形。
ならば、意思を感じない視線も。
死を司りながらも、放たれることのない殺意にも、説明がつく。
「プログラム、というよりはコンピューターウィルスでしょうか。失敗から経験し、学び、進化する、不滅の永久機関。
夕刻、やむをえない状況だったとはいえ、ヤツを手にかけたのは失策でした。次に相見えた時、前回と同じようにはいかないでしょう」
時間は稼げても、状況はひたすら悪化の一途を辿り、やがてユダにも手に負えなくなるときが来る。
その時が、終わりだ。
ならば。
「教えてくれ、ユダ。オレは……どうすればいい」
ユダは、オレを守護するために光臨した、と言った。
ならば、何か解決策がなければおかしい。
ユダは一度目を閉じて。
「単刀直入に言います。私では死神を打破することはできない。
アレは貴方が招いたモノだ。私にできるのは、ただ道を示すことのみ。自らの運命に立ち向かえるのは、自分しかいない。
ならば、答えは一つです。
―――助かる道は、貴方自身が死神を打破する以外ありません」
神託を告げた。
……目眩がする。
アレに、立ち向かえ?
あの、直視すらできない、目を背けなければ自我を保つ事が許されない絶対的な恐怖に立ち向かう。
そんなこと、
「……できない」
できるわけがない。
臆病な自分を弁護する訳じゃないけれど、これは勇気とか度胸とか、そういう問題じゃない。
たとえ何か策があったところで同じ。
人間に限らず、命あるものはアレには打ち勝てない。
運命は不可避でなければならない。
それは、この世界の掟であり、必然だ。
死を退ける命など、決してあってはならないのだから。
そうでなくては、摂理が破綻してしまう。辻褄が合わなくなる。
向き合った時点で、終わりなのだ。
だから、
「……それは、できない」
情けなさに、ユダの顔が見れない。
俯いて、言葉を待つことしかできない。
「そうですか。貴方は命を諦めて、死を享受する、と」
「……それ、は―――」
答えがない。
あの時、あれだけ無様に足掻いておきながら。
都合よく生にしがみつこうとしておきながら。
今度は、死に逃避するのか。
……また、逃げ出すのか。
「………」
「………」
気まずい沈黙が流れる。
と、その時。
ぴんぽーん、なんて気の抜けたチャイムが響いた。
「来客のようですね」
「……ああ、そうだな」
「出迎えなくてよろしいのですか」
「ああ、どうせ新聞の勧誘とかそこらだろ。無視してれば、そのうち帰るよ」
携帯電話が普及したこのご時世に、事前の連絡もなしに夜からの訪問などありえまい。
それに、今はそれどころじゃない。
ぴんぽーん。ぴんぽーん。
それどころじゃ―――
ぴんぽーん。ぴんぽんぴんぽん。
それ―――
ぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽ!
「だぁーー!うるせぇええええええええ!!」
「ご主人?」
「ちょっと、文句言ってくる!」
だかだかと廊下を突っ切って。
強引にバンッ!とか玄関を開けて。
「…」
待ち受けていた剣呑な目つきに、口元まで出かかった数々の文句はキレイに消え失せた。