Angel/start/1
第二話、というか第一話です(汗)
Angel/start/1
10/4
秋。
全国的にド平日であるこの日。
オレは新たに小説を購入すべく、学校帰りに近所の書店へと向かっていた。
特別、読みたい本があるわけでも、読書家でも、本の虫でもない。
ただ、ふらりと。
気紛れに。
目的を果たすべく無目的に。
ぶっちゃけ、朝のニュースで見た“読書の秋”なる単語にのせられただけである。
とはいえ、好きか嫌いかで言えば読書は好きだ。
読書に限らず、映画でも、ゲームでもいい。
一時しのぎにすぎなくとも、一時の逃避にすぎなくとも。
創作された世界には夢がある。
その世界の住人にはなれないけれど、このありふれた腐敗した世界よりは輝いて見える。
モチベーションは低く、ゆったりと自転車のペダルを漕ぐ。
書店に着くまでにはいささか時間もあるし、冒頭からいきなりカットもなんなので軽くオレという人間について触れておこうと思う。
野郎のプロフィールになんぞ興味を持つ輩がいるとも思えないが、、まぁそこは我慢してほしい。
新見望。
のぞむ、と書いてのぞみ。
特に目立った才能も、秀でた能力もないただの平凡な、平々凡々な。それだけが特徴とともいえる高校生男子である。
残念ながら語るべきドラマ溢れる過去や、とかいいつつ実は~的な展開もありはしないので、ここからは個人的な思想。というか、ただの愚痴。
オレは明日、いや、なんなら今この瞬間にでも死んでも構わないと考えている。
齢××歳にして人生に飽きている。
それを特別な考えだなんて思わない。
オレくらいの歳なら、あるいはいつだって誰だって、漫然と感じている極論中の極論。
それを、無意識に忘れようとすることで、オレ達は生きていける。
人生は楽しい。
今は辛くとも、きっと明るい未来が待っている。
そうに決まってる。そうに違いない。
逆に言えば、そんな根拠のない希望に縋らないとオレ達は生きていけない。
ズバリ、人生は退屈だ。
既に理由もなく明日に希望を抱く時期は卒業した。意味もなく毎日が楽しいと感じるには経験を重ねすぎた。
オレのように、やりたいことも、夢も、ましてや目先の目標すら定まらない人間には、なおのこと。
たとえ世界の終わりを望もうと、明日は必ずやって来る。
そんな強迫観念にも似た、絶望的に襲いくる認識から逃れられない。
とはいえ、解決策は簡単だ。
××してしまえばいい。
ただ、それを実行する勇気も、度胸もないだけ。
死んでも悔いは残らないが、死にたいわけでもない。
永遠に満たされない世界は地獄と同意。
乾いて乾いて、いずれは枯渇し、朽ち果てる。
ガキだと言われようと、オレは退屈な日常をぶち壊す幻想を信じていたい。超常を願っていたい。
例えば、未来人。
例えば、宇宙人。
例えば、妖怪。
―――例えばそう、魔法とかね。
「……はは」
我ながら馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった。
「こういうの、なんていうんだっけかな」
ピーターパンシンドローム、だっただろうか。どうにもうろ覚えだ。
大人になりたくない。
ずっと子供でいたい。
けれど、どうしたって超常の存在などありえない。
ありのままの現実を、この世界がこんなにも退屈で、つまらないものだなどと、受け入れるのが、怖い。
それがわかってしまったら、生きているのは辛いだけだろう。
だから、ただ漫然と生きていることに理由があるのなら、ただ諦めきれないだけ、なのだろう。
確証を得ないようにしながら。
あきらめずに、いられるようにしながら。
創作された幻想に逃避して、伽藍の人形のように、ただ生きている。
「……はあ」
ため息をついて空を見る。
空は厚い黒雲が覆っていた。
やべ、傘は学校に置きっぱなしだ。今から戻っても間に合わないか。
「雨が降り出す前に帰らないと、ずぶ濡れになるな、これは」
ほんの少し、ペダルを漕ぐ足に力を込めた。
大通りの交差点に出る。ここを過ぎれば書店は目と鼻の先だ。
と、そこで見知った顔を見つけた。
ベリーショートの髪に片耳ピアス。ワイシャツの上には学校指定のブレザーではなく私服のパーカーを羽織っている。
あの特徴的な後姿は間違いなく。
「よう、前川」
前川剣。
“けん”と書いて“つるぎ”。
相変わらず、すげぇ名前だ。
女の子なのに剣。
オレも人の事は言えないか。
共に、現代の親が名付けた黒歴史確定のネーミングである。
違いがあるとすれば、オレは完全に名前負けで、前川は名前通りという点だろう。
前川は全国でもトップ3に入る剣道の腕前、らしい。以前、全校集会で校長がそんなことを言っていたような、いなかったような。
そんなわけで、前川は学校でもきっての有名人である。
加えて、五人に一人は振り返るであろう端正な、もしくは中性的な顔つき。
一見、非の打ち所のない感じではあるが、かわいいとか、学園のアイドル(?)と称するには、剣呑な目つきが台無しにしていた。
ちなみに、オレとの関係はクラスメートで、
「誰だ、オマエ」
……まぁ、そんな感じだ。
追記、この男勝りな口調もアイドルといえない要因だろうか。
「新見だ。新見望。同じクラスだろ」
「………?」
前川は本当に思い当たらない、といった顔で首を傾げる。
傷つくなぁ。
三点リーダーの数だけ傷つくなぁ。
影が薄い自覚はあるが、半年以上同じクラスなのになぁ。
漫画だったらオレの頭上にガビーン!とか出てるに違いない。
まぁ、知名度で言ったら、学校の有名人(もしかしたら、全国的有名人)であるところの前川と、学生Aがせいぜいのオレでは比べるべくもないのだが。
「まぁ、オマエが誰でもいいや。なんか用か」
「いや、特別そういうわけじゃないけど」
オレの態度に不快感を覚えたのか、前川はむっと顔を歪めた。あれ、不穏な空気。オレ、なんか不味い事したか?
「なんだよ、オマエ。用もないのに話しかけてきたのか」
「ああ、まぁ」
ただ、姿を見かけたから話しかけただけ。結果として前川はオレのことなど知らなかったが、クラスメートを無視する理由もないだろう。
前川は、はぁ、と大仰にため息をついた。
剣呑な目つきが益々不快感に歪む。
「なら、話はこれでおしまいだな。こっちには、他人と話すことなんてないよ。話相手がほしけりゃ他を当たれ」
そう言って、前川は前を向きなおした。
沈黙が流れる。
それは、交友関係など築けそうもない明確な拒絶だった。
ふうむ。
他人か。
他人ね。
そうだな。まったくもって前川の言うとおりだ。
世知辛いけれど、ほんの少しだけ悲しいけれど、ただのクラスメートに過ぎないオレは、どうしようもなく他人なのだから。
どうでもいい話ではあるが、冒頭から自分批判が多すぎて泣きたくなってきたオレである。
「……はぁ」
なんか凹むな、色々。
顔を上げると、信号が赤から青へ移行すべく、黄信号が点滅していた。
おお、助かった。まさしく渡りに船だ。
拒絶されたての相手との信号待ちが、これほどの苦行だとは知らなかった。
まぁ、それも残り数秒の我慢だ。
信号が青へと変われば、前川はオレをおいてさっさと歩き出すだろう。オレは前川に追いつかないようにゆっくりと横断歩道を渡ればいい。
それで、終わり。
明日からは、今日あったことなど忘れて、今までどおりのクラスメートに。
朝に挨拶を交わす程度の他人に戻る。
ただ、それだけのこと。そこに哀愁などありはしない。
なんとなく前川の後姿から目を背ける。
その時、
ギリギリのタイミングで左折しようとするトラックに気づいた。
信号は黄から赤へ。
前川がオレを振り切るように、フライング気味に、横断歩道へ、踏み、出し、た――。
ブレーキを踏む運転手。
クラクションの音も。タイヤがアスファルトを削る音も。
依然として、前川には届かない。
音の伝達速度をもってしてもまだ遅い。
コンマ1秒の世界に人体は反応できはしない。
驚きに強直する身体。
なんだこれ?
なんだこの急展開!?
なんの脈絡もねぇよ!!??
運命ってのは、本当にこっちの都合などお構いなしに。
暴力のように襲いくるものなのか。
(全ての命に)
差別なく。
(理不尽にも)
こんな、数分前に会ったばかりの少女にさえ。
(残酷なほど)
平等に。
ああ、それにしても。
1秒がやけに、長い。
足は地面に縫い付けられたように動かない。
くどいようだが、オレは一般人である。
それは運動神経にしたって同様で、体育の成績も3から4を言ったり来たりする程度だ。
だから、目前の惨劇を防ぐことなどできはしない。
オレはそんな超人的な反射神経など持ち合わせていない。
前川は当たり前にトラックに轢かれ、屍は打ち捨てられたゴミのように路上に転がるだろう。
オレは無力感に打ちひしがれながらも、他人に同情すらできず、どうしようもない事故だった、と自身に言い聞かせる。
事故の責任など自分にはないのだと。
その重さに耐え切れないが故に。
……自身の弱さに、またも、絶望するのか。
「―――――――――!!!!」
1秒後の確定された未来図。
イレギュラーなどありはしない。
なのに。
――だから。
――問題は。
問題は問題は問題は問題は問題は問題は問題は問題は問題は問題は問題は問題は問題は問題は問題は問題は。
前川が飛び出したことなどではなく。
運動神経だの反射神経だのに関わりなく。
未来の後悔などでは断じてなく。
――そう、問題は。
前川の頭上で大鎌を振り上げた、奇怪な機械の翼を持った髑髏の仮面。
「う、おああああああああああああああ!!」
弾かれるように手を伸ばす。
何故、そうしたのかわからない。
前川を助けたかったのは事実だが、そういうことじゃない。
確信をもって言える。
これは、不可避の事故だったはずだ。
人に1秒を延長させることなどできはしないのだから。
動けた事に説明がつかない。
まったく理由がわからない。
意味不明極まりない。
ただ必死に、前川のフードをひっつかみ、投げ飛ばす勢いで引っ張った。
反動で尻餅をつく。
顔を上げる。
トラックはその場に静止していた。
まるで、その場所に、はじめから停車していたかのように。
前川は声すらあげず。
トラックの運転手はおろか、誰一人として反応すらしない。
オレにいたっては安堵もできない。
鼓動が速すぎて胸が痛い。
「――な」
んだ、アレは。
大鎌を振り切った体制のまま、髑髏は赤い視線をこちらに向ける。
いや、正確には微動だにしていない。
視線の先などオレの錯覚にすぎない。
陽炎のように揺らめいて、幽鬼のように存在は不確かだというのに。
アレは、確かに、そこにある。
とびきりの悪夢で。
失笑すらない冗談だ。
オレの頭が狂ってなどおらず、いまだ正しく動作しているのならば。
あの姿はまるで。
あの姿はまさに。
死神、そのものではないのか。
幽鬼は、ゆらりと大鎌を水平に構え。
「―――!」
悲鳴よりもなお速く。
オレの首を薙ぎ払うべく突進してきた。
0秒後の死を幻視する。
尻餅をついたまま、情けなく横に転がった。
空を斬る大鎌。
怖い。
ただ怖い。
脳の許容量を遥かに超えた恐怖に、表すべき言葉などない。
わけもなく、オレはあの影が、怖い。
「うわああああああああああああああ!」
全力でその場から駆け出した。
その場に残された前川や、見知らぬ他人が、あの幽鬼に襲われる可能性すら度外視して。
どう考えても最悪の選択、だっただろう。
オレは、身勝手に前川を助けておきながら。
自分の命恋しさに、これを見捨てたのだから。
今思えば、オレが裁かれる理由など、これだけで十分だったのだ。