首のない歌姫は、今も劇場で君を待っている
雨の降る朝、手紙が届いた。
レンは危うくそれを捨てそうになった。
差出人の住所は書かれていなかった。
切手も貼られていなかった。
ただ手書きの文章が一つだけ。
「あなたの父はルーン劇場で行方不明になりました。」
世界は静まり返った。
「レン…」台所からエミが囁いた。「何があったの?」
レンはためらいながら答えた。
「父が。」
「どうしたの?」
レンは唾を飲み込んだ。
「見つかった。」
村は街から遠く離れていた。
遠すぎた。
雨が車の窓を激しく打ちつけ、道は次第に人影がまばらになっていった。
エミは窓の外をじっと見つめていた。
「ここ、好きじゃない。」
レンはハンドルを握る手を緊張させた。
「僕もだ。」
「じゃあ、戻ろう。」
レンは弱々しく笑った。
「無理だ。」到着した時、町はまるで眠っているかのようだった。
人通りのない通り。
閉まった店。
人々は二人をじっと見つめようとしなかった。
宿は湿った木と古くなったコーヒーの匂いがした。
年配の受付係は、劇場の名前を聞くとゆっくりと鍵を下ろした。
「ルーネ劇場へ行かれるのですか…?」
レンは頷いた。
「父がそこで消息を絶ったんです。」
男は視線を落とした。
「では、その歌はもうお聞きになったのですね。」
エミは眉をひそめた。
「どの歌ですか?」
沈黙。
「首のない女の歌です。」
部屋は冷え込んだ。
「冗談じゃないわ」とエミは呟いた。
「冗談じゃない。」
老人は少し近づいた。
「何十年も前、あの舞台で歌手が亡くなったんだ。」
「どうやって?」とレンは尋ねた。
「最後の公演中に、彼女は首を切断された状態で発見されたんだ。」
老人は雨の方を見た。
「それ以来…劇場は二度と空っぽになることはなかった。」
ルーン劇場は町の端にあった。
廃墟となっていても…
それでもなお美しかった。
壁はひび割れだらけだった。
巨大な黒い扉。
割れたステンドグラスの窓。
そして、あの静寂。
あの恐ろしい静寂。
まるで壁の向こうで何かが息をしているかのように。
「レン…」
エミが彼の腕を取った。
「中に入らないで。」
彼は建物を見上げた。
そして、何か奇妙なものを感じた。
まるで劇場が既に彼を知っているかのように。
扉が長い軋み音を立てて開いた。
暗闇。
埃。
白い布で覆われた無数の座席。
舞台上のアンティークピアノ。
静寂。
そして、歌が始まった。
静かに。
遠くから。
美しく。
エミは身震いした。
――…聞こえた?
しかし、レンは既にステージに向かって歩いていた。
光がゆっくりと現れた。
白い光が一つ。
そして、そこに彼女がいた。
象牙色のドレス。
肩に垂れる黒髪。
ピアノの前に座り、
歌っていた。
首のない。
エミは悲鳴を上げた。
レンは後ずさりした。
心臓が激しく鼓動した。
しかし、その歌は…
悲しい歌だった。
あまりにも悲しすぎた。
女はゆっくりと演奏を止めた。
顔がないにもかかわらず…
レンは彼女が自分をじっと見つめているように感じた。
彼女は立ち上がった。
一歩。
そしてもう一歩。
ドレスが床をかすかに撫でた。
「逃げて!」エミは叫んだ。
二人は中央通路を駆け下りた。
しかし、歌声はまだ彼らの背後にあった。
どんどん近づいてくる。
そして…
声が聞こえた。
――…待て…
レンは凍りついた。
それは怪物のような声ではなかった。
それは…
孤独な声だった。
女は廊下の突き当たりにいた。
動け。
静かに。
そして彼女は消えた。
その夜、レンは眠れなかった。
彼は歌声をずっと聞いていた。
目を閉じても。
そして彼は夢を見た。
劇場は満員だった。
照明がついていた。
人々は拍手喝采を送っていた。
歌手がステージに立っていた。
完璧だった。
美しかった。
彼のためだけに歌っていた。
レンは汗びっしょりで目を覚ました。
歌声はまだそこにあった。
彼はゆっくりと視線を落とした。
彼の携帯電話から録音が流れていた。
彼はそれを録音したことはなかった。 ――…一体どういうことだ…
彼は翌日、劇場へ戻った。
そしてその翌日も。
さらにその次の日も。
彼は写真を見つけ始めた。
古い記事。
黄ばんだ切り抜き。
「ルーン劇場のスター、セレスティア」
「この地域で最も美しい歌声」
「最終公演での悲劇的な死」
そして彼は父のテープレコーダーを見つけた。
埃まみれだった。
彼はそれを回した。
雑音。
震える息遣い。
そして…
父の声が聞こえた。
「もしこれを聞いているなら…君もあの女の歌声を聞いたはずだ」
雑音。
「彼女を憎むな…」
沈黙。
「…彼女は悪意はないんだ」
彼の呼吸はますます乱れた。
「だが、この場所は…」
雑音。
「…ここに留まりたくなるんだ。」
レンは背筋に寒気を感じた。
「最初は、ここで何が起こったのか知りたかっただけなんだ。」
再び沈黙が訪れた。
そして:
「…その後…もうここを離れたくなくなった。」
録音は終わった。
―レン。
エミが彼の後ろにいた。
怯えた様子で。
―行かなきゃ。
―だめ。
―自分の言ってること、聞いてよ!もう眠ることもできないじゃない!
―彼女はここに閉じ込められているの。
―彼女は幽霊なの!
レンは彼女を見た。
初めて…苛立ちを感じた。
―彼女は人間だった!
エミは一歩後ずさった。
沈黙。
―あなたが彼女のことを話すたびに…
レンは荒い息を吐いていた。
―…まるで君の方が僕より気にしているみたいだ。
彼は口を開いた。
しかし、彼は何も答えなかった。
そして、その沈黙が…
エミの心の中で何かが砕け散った。
その夜、エミは一人で劇場に戻った。
舞台はライトアップされていた。
そして、そこに彼女がいた。
首のない女が。
ピアノの前に座り、
歌っていた。
エミは震えた。
しかし、幽霊は動かなかった。
ただ、ゆっくりと演奏を続けていた。
そして、彼女は口を開いた。
「私を私みたいにしないで。」
エミの目に涙が溢れた。
ジョス。
――…何?
女性はゆっくりと劇場の方を指差した。
――彼は…ここにいる…
エミは理解した。
劇場は人を殺すのではない。
人を飲み込むのだ。
悲しみを与える。
仲間を。
決してそこを離れない理由を。
そして、あの歌手は…
何十年もの間、そこに一人閉じ込められていた。
エミがレンを見つけた時、彼は座席の一つで眠っていた。
セレスティアの写真にしがみついていた。
――レン…
彼女は優しく彼を揺り起こした。
すると彼は寝言を呟いた。
「消えないで…」
しかし、彼はエミに話しかけているわけではなかった。
彼女は胸が張り裂けそうになった。
――…君を少しずつ失っていくような気がする…
涙が溢れ出した。
――…死んだ人とは、私には到底敵わない…
レンはゆっくりと目を開けた。
そして初めて…
彼女は自分が引き起こしている被害の大きさに気づいたようだった。
舞台は真実を隠していた。
下には。
隠し部屋。
錆びた鎖。
古びた服。
そして小さな木箱。
中には…
頭蓋骨が。
エミは口元を手で覆った。
レンは震えた。
「…彼らは彼女を殺した…」
すると、歌声が劇場全体に響き渡った。
さらに大きく。
さらに悲しく。
女が彼らの前に現れた。
しかし今度は…
彼女はもう怖くなかった。
ただ悲しみだけがあった。
耐え難い悲しみ。
レンはゆっくりと頭蓋骨を手に取った。
「…終わった…」
女は震え始めた。
劇場の照明がちらついた。
ピアノがひとりでに演奏を始めた。
そして…
初めて…
彼女の頭が後ろに反った。
レンは微動だにしなかった。
彼女は若かった。
とても若かった。
こんな死に方をするには若すぎた。
静かに涙が頬を伝った。
「ありがとう…」彼女は囁いた。
劇場はゆっくりと崩れ始めた。
壁が軋んだ。
舞台にひびが入った。
そして彼女はレンに手を差し伸べた。
「…私と踊ってくれませんか…一度だけでいいから…?」
エミは黙って見守っていた。
そしてゆっくりとレンの手を離した。
「さあ。」
音楽がひとりでに始まった。
優しく。
古の。
レンは最後の舞台灯の下でセレスティアと踊った。
ゆっくりと。
静かに。
悲しげに。
そして二人がくるくると回ると…
彼女は消え始めた。
「…もう、私は一人じゃない…」
彼女の指先は光に変わった。
彼女のドレスは、きらめく塵と化した。
彼女の微笑み…
安らぎ。
そして、それは消え去った。
劇場は静まり返った。
真の静寂。
空虚。
レンはエミの手を取り、廃墟の中を歩いた。
彼は最後に一度だけ振り返った。
そしてその夜…
初めて…
歌は終わった。
終わり
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