第三章 息子たちの苦闘
遂に木星圏へと至った、大助と太地。その後を追うために、宇宙へと飛び立つ術を修めていく亮太。そこへもう一人、新たな仲間も現れて…。
息子たちの新たなステージ。
第一節 息子たちの洗礼
木星。太陽系第五惑星と呼ばれる、この時代に於ける人類のフロンティア。
だが、それは惑星ではない。ほとんど恒星未満の怪物だ。重力井戸、強烈な放射線、絶え間ない磁気嵐が吹き荒れる過酷な環境。
太地と大助が配属された、木星磁気圏外縁部・資源開発前線ステーション「暁環」は、所謂「トーラス型」と呼ばれる初期のスペースコロニーで、宇宙港を備えた、回転しない無重力のハブ区画を中心に、複数のスポーク状の連絡通路で繋がれた、直径1,8kmのリング状の居住区が一分間で一回転する事で、0.9Gから1Gの、遠心力による擬似重力を発生させている。
通常、このタイプのコロニーも、鏡の反射を利用して、太陽光を取り込み、人工的に昼と夜を再現するのだが、木星圏の放射線を遮蔽する必要と、太陽からは余りにも遠いその環境から、暁間は「窓」を持たない「密閉型」としてデザインされている。
軌道船が、港に入港してハッチが開いた瞬間、空気の匂いが変わった。無機質な、金属と再生空気の匂い。 だがどこかに、人の生活の気配が混じっている。
「……ここが、暁環か。」
南雲大助は、ゆっくりと一歩を踏み出した。足元はまだ軽い。宇宙港は、重力を感じることの出来ない無重力区画…中央軸に存在する。
視線の先には、円筒状の巨大空間が広がっていた。資材コンテナがゆっくりと漂い、整備ドローンが静かに行き交う。
「立ち止まるな。後ろが詰まる。」
低い声に振り返ると、先に出ていた海野太地が、すでに通路の手すりに手をかけている。
「……悪い。」
大助は短く答え、手すりを掴む。二人はそのまま、スポーク通路へと進んだ。
通路に入ると、身体がゆっくりと引かれる感覚が戻ってくる。最初は靴の先。次に、足裏。やがて、膝。
「……変な感じだな。」
大助が小さく呟く。太地は前を向いたまま言う。
「すぐ慣れる。」
短い言葉だが、その言い方はどこか優しかった。二人は、しばらく沈黙のまま、通路を進む。
通路の壁面には、各区画への案内が表示されている。
A区画:居住、B区画:共用施設…E区画:整備・作業。二人の目的地はE区画。
「なあ?」
大助が声をかけるが、太地は振り返らない。
「さっきのブリーフィング。」
「ああ。」
「いきなり現場配属って、普通なのか?」
少し間の間を置き、太地が答える。
「人手不足なんだろう。」
そっけない答え。だが、大助はそれ以上聞かなかった。その代わり、ぽつりと言う。
「……お前と同じ持ち場で良かった。」
太地の足が、ほんのわずかに止まる。だがすぐに歩き出す。
「配属は上が決める。」
「そうだけどさ。」
大助は笑うように言う。
「偶然ってことにしとけ。」
太地は何も言わない。ただ、少しだけ歩調を緩めた。
やがて通路の先に、開けた空間が見えてくる。そこはリング区画。身体に重力がしっかりと戻り、足が床に吸い付くように感じる。
その前方の扉が開く。熱気。音。人の声。工具の金属音。そこは、明らかに「現場」だった。
巨大なフレーム構造が天井近くまで組まれ、その周囲を作業員たちが忙しく動き回っている。外壁モニターには、木星の縞模様が流れていた。あまりにも近い。
「……すげえな。」
大助が思わず漏らし、太地は短く答える。
「仕事場だ。」
その時、奥から声が飛ぶ。
「新入りか!」
振り向くと、作業服姿の男がこちらを見ている。
「アカデミー上がりの?」
太地が一歩前に出る。
「海野太地、南雲大助。本日、着任致しました。」
男はじっと値踏みするかのような目で数秒、二人を見る。やがて、ニヤリと笑う。
「いい目をしてるじゃねえか。」
親指で背後を指す。
「ついてこい、まずは持ち場を見せる。」
二人はほんの一瞬、顔を見合わせる。言葉はない。だが、その視線だけで通じる。行くぞと、歩き出す。その先には、まだ見ぬ作業。まだ知らない危険。
そして…二人の距離を変えていく時間が待っていた。
現実は、教科書とは違った。
「シールド出力、まだ足りません!」
先輩隊員の怒号が飛び、太地は端末を握る。数値は合っている。理論的には。だが現場では、“合っている”は通用しない。突発的な放射線バースト。想定外の粒子密度変動。資源掘削機の振動共振。
「机上で完璧でも、宇宙は待ってくれない。」
主任技師が低く言う。大助は歯を食いしばる。操縦は正確だった。だが遅れた。ほんの0.7秒。その0.7秒で、資源ドローン一機を損失。初めての報告書。“自責”。
帰還後、無言の更衣室。太地が呟く。
「……足りない。」
大助が壁に拳を当てる。
「俺たち、まだ学生だ。」
それは事実だった。アカデミーでは常に上位。だがここでは、“新人”。
しかも。
「八木と中島の教え子か。」
その一言が、重い。伝説の帰還を成し遂げた二人。その名を背負っている。
先輩たちは厳しい。だが冷たくはない。主任が静かに言う。
「失敗は構わん。ただし、同じ失敗はするな。」
別の先輩が、工具を差し出す。
「理論はいい、次は現場の癖を覚えろ!」
怒鳴られる。叱られる。だが、見捨てられない。それが木星圏だった。
太地は夜、磁場制御のログを何度も見返す。大助は操縦記録を0.1秒単位で再検証する。二人はまだ、並んでいる。だが、余裕はない。
第二節 地球圏の出会い
一方、その頃の地球圏では、軌道開拓士養成学院。通称、アカデミーと呼ばれる宇宙飛行士の養成機関に、特別加速課程が新設され、その運用が開始されていた。この過程では、通常三年のカリキュラムを二年で圧縮し、テストに合格した者は飛び級でアカデミーを卒業する事が、可能となるが、それが認められる基準は、生半可な物では無い。
当然の如く、学生の睡眠時間は削られ、教官側の評価基準は跳ね上がる。
亮太は、最初の模擬操縦試験で叩き落された。
「……くそ!」
そう呟きながら、自分のスマートデバイスの画面に表示された成績表を睨んでいる。
中位。これまで見たことのない位置。その隣で、端末を覗き込む男。
名を、神尾陣という。進級後のクラス編成により、二人は出会っていた。
「初日から上手くいく奴いねぇよ。」
軽い口調に似合わず、視線は真面目。そんな彼は理論寄りの秀才。冷静沈着、だが負けず嫌い。
「お前、中島教官のとこ出身だろ?」
亮太が眉を上げる。
「有名だぞ。あの“伝説の二人”の直系。」
胸がちくりとする。
「……だから何だよ。」
神尾は肩をすくめる。
「別に、俺は俺で勝つだけ。」
その言い方が気に入る。対等だ。変な遠慮がない。二人は自然とペアを組む。
ゼロG整備演習。軌道力学応用。緊急対応シミュレーション。ぶつかる。議論する。怒鳴る。
夜遅く、寝付けない二人は、寄宿舎の自販機前でばったり顔を合わせる。
「俺、追いつきたい奴がいる」
亮太が言う。陣は頷く。
「俺もだ。」
と、名前は聞かない。必要ない。友情は、説明を求めない。それは恋ではない。
戦友だ。
第三節 息子たちの兆し
それはまるで、並行するモンタージュの様に訪れる、それぞれの兆し。
木星圏では業務中、茶飯事の放射線警報が鳴り響き、太地が叫ぶ。
「磁場位相、二度ずらせ!」
大助は短く応じて、機体を操る。
「了解!」
機体は振動するが、ギリギリで安定。主任が小さく頷く。
地球圏、宇宙開発の最前線へと赴く事を夢見る若者達は、厳しいカリキュラムをこなす毎日を送っている。
シミュレーターが警告音を発し、神尾が叫ぶ。
「角度早い!」
亮太。
「修正する!」
ギリギリで成功。教官が無言で評価を更新。宇宙と地球。距離は何億キロ。だが、同じ言葉が胸にある。
“足りないなら、積め”
愚直なまでに、その姿勢を貫く彼らに訪れる、小さな変化。木星圏で、大助と太地に対して、主任が言う。
「今日の対応、悪くなかった。」
たったそれだけ、だが重い。
太地と大助は、初めて少し笑う。
地球圏、アカデミーでは神尾が言う。
「次、トップ取るぞ。」
亮太がにやり。
「ああ」
まだ追いついてはいない。だが、歩いている。それぞれが。
それぞれの重力の中で。
第四節 息子たちの嵐
ある日の木星圏 、人類が未だかつて経験をした事の無い、磁気嵐が吹き荒れ始める。警報は低く、長く鳴り、管制室のモニターは、警告画面に切り替わる。
木星磁気圏全域――観測史上最大規模の磁気嵐。
放射線量急上昇。電磁パルス波動、断続的発生。
問題は、木星低軌道上に敷設途中の、ヘリウム3採取プラント。まだ、完全な遮蔽構造を持たない。
このままでは、全壊する可能性がある。またそれは、単なる施設ではない。「木星太陽化計画」初期段階の要であり、その進捗には宇宙開発機構の威信が懸かっている、まさに人類の次世代エネルギー基盤。
送られてくるデータに指揮室がざわめく。主任がうめく様な口調で呟く。
「…無人制御で耐えられる保証はない。」
管制室を包む、重い沈黙。それを打ち破るかの様に、大助が一歩前に出る。
「有人で補助シールド展開。やらせてください。」
太地が息を呑む。
「大助!」
主任が睨む。
「分かっているのか? 予測不能だぞ。」
「分かってます。」
声は震えていない、だが、太地には分かる。それは覚悟の震えだ。
太地が一歩出る。
「自分も行きます!」
大助が振り向く。
「お前は残れ。位相計算が必要だ」
「だから行く。現場で見る。」
二人の間に、火花のような沈黙。
主任が低く言う。
「良かろう、お前たちに託す。」
決断が下り、二人は作業艇に乗り込む。周囲には志願したとは言え、まだ新人である彼らに、この困難な作業を任せる事に対し不安視する声も出たが、最終的には主任の権限で、この判断が押し通される事になった。
実はこの裏側には、主任の或る思惑が潜んでいた事が、後に明らかになるのだが…。
今はまだ、それに気が付く者は居なかった。
作業艇で出航した、大助と太地は、磁気嵐の只中に居る。スクリーンに映し出される視界はノイズだらけで、粒子嵐が機体を叩き、シールド指数が不安定に跳ねる。
太地が叫ぶ。
「磁場位相、3.2度ずらす!」
大助。
「遅い!」
機体が煽られる。プラント外壁に微細損傷。太地の脳裏に、論文の一節が浮かぶ。
“磁場は、粒子を拒絶するのではなく、流れを変える”
太一の言葉が脳裏に浮かぶ。大助の手は迷わない、理論値限界。さらにその外。
「耐えろ……!」
プラント補助シールド展開、そこへ嵐が直撃する。
光の奔流が押し寄せ、まるで永遠のような数秒が過ぎる。
やがて…指数が、下降に転じる。嵐のピークは過ぎ、通信が戻り管制室からの声が入る。
「お疲れさん、何とか持ちこたえた。」
プラントは健在、二人は帰還する。だが、格納庫でヘルメットを外した大助は、壁に手をついた。興奮が過ぎた後に、初めて震えが来る。
「……怖かった」
それは、弱さではない。人間だという証。太地は黙って隣に立つ。
「でも行った。」
大助は笑う。
「お前がいたからな。」
二人は、ようやく“現場の人間”になった。
第五節 息子たちの飛翔
一方地球圏では、低軌道模擬環境下での、アカデミー実地訓練が行われていた。作業艇のドッキング演習中に、小さな判断ミスが起こる。
推進タイミングが0.3秒遅れ。訓練用モジュール同士が接触する。船体に衝撃が走る。
鳴り響くアラーム。動力制御が乱れ、一瞬の混乱が起こり搭乗員は負傷する。幸い、致命傷ではない。だが。
担架で運ばれる同期。そのヘルメットのバイザー越しに見える、蒼白な顔。
神尾の手が、止まる。呼吸が浅い。
「……本物だったら。」
その先を言わない。亮太も分かっている。宇宙はシミュレーターと違う。
その夜、寄宿舎の屋上デッキに並んで佇む、亮太と陣。陣が重い口を開く。
「俺、初めて思った。死ぬかもしれないって。」
声がかすれる。亮太も同じ恐怖を抱えている。だが、ここで二人同時に崩れるわけにはいかない。
「…当たり前だろ。」
静かに言う。
「怖くないやつなんて、信用できねぇ。」
陣が顔を上げる。
「怖いから、確認する。怖いから、慎重になる。」
亮太は続ける。
「怖いまま、やる。それがプロだろ!」
二人をしばらくの間、沈黙が包む。だがそれは、沈み込む感情が底を打ち、浮かび上がる為の予兆。
陣が小さく笑う。
「……お前、たまに正論だな。」
「たまにって何だ。」
軽口は戻るが。もちろん恐怖は消えない。だが、共有された。
その瞬間、二人は本当の意味で“ペア”になった
木星圏では、無事に帰還した大助と太地に、主任が声を掛ける。
「よくやった。だが慢心するな。」
地球圏では教官が言う。
「事故は記録だ。次に活かせ」
太地と大助。亮太と陣。
それぞれが、初めて“命の重み”を知る。
なんかシリアスになりましたね。そろそろお色気も書きたいなぁ。




