第二章 息子たちの旅立ち
大助と太地が、眠りの中で垣間見た記憶の断片。それは小さな揺らぎから、三人の関係を揺るがす大きな波へと変わって行く。
第一節 息子たちの夜
医療区画は、コロニーの外壁寄りにある。大きな窓の向こうには、ゆっくりと回転する星々。遠くに、青い地球。
太地と大助は、同じ病室に収容された。幸い、事故は大事には至らなかった。二人の怪我も軽度の打撲と、宇宙服内での急激なG変動による生体チェック。それでも一泊二日の検査入院。
静かな病室にはベッドが二つ。カーテンは開いたまま。
「……悪くなかったな。」
大助が言う。
「何が?」
「連携。」
太地は少し黙る。確かにあの瞬間、考えるより先に身体が動いた。大助の声が、自然に理解できた。
「偶然だ。」
そう答えたが、自分でも嘘だと分かっている。そのとき、ドアにノックの音がする。勢いよく扉が開く。
「お前ら無事か!?」
そこに姿を見せたのは、榊亮太。息を切らし、手にはコンビニパックの栄養ゼリー。
「見舞いだ。宇宙病院の飯、絶対まずいだろ?」
いつもの明るさ。けれど…。
亮太は、ふと立ち止まる。並ぶ二つのベッド。穏やかな空気。
言葉にしなくても分かる距離の近さ。自分が入る余白が、わずかしかない。
胸の奥に、初めての感覚が生まれる。ざらつく。熱い。落ち着かない。…なんだ、これ。
それでもやはり、彼は笑顔を作る。
「二人とも、ヒーローじゃん!」
大助が微笑む。太地は視線を逸らす。亮太はしばらく居座ったが、妙に息苦しくなり、早めに切り上げた。
廊下に出た瞬間。胸が、ぎゅっと痛む。嫉妬。その言葉の実感を、彼は初めて、自分の心の中に知る。
その夜。病室は暗い。照明は、人工夜間モードに切り替えられていて、患者の安静を促している。太地はベッドに横たわり、目を閉じる。そして…
夢を見る。畳の匂い。障子越しの光に照らされる、少年の自分。向かいにいるのは、もうひとりの少年。同じ年頃の落ち着いた印象の目。
「大助。」
夢の中で、その名を呼んでいる。庭では、二人の大人が並んでいる。穏やかな背中。幸せそうな横顔。
だが、胸の奥に不安。…このまま、同じ道を歩くのか?
そこで目が覚める。検査の為、下着無しで身に着けていた病衣が、汗ばんでいるのを感じる。息が荒い。
隣のベッドを見ると、静かな寝息をたて、眠っている大助。その横顔に、言いようのない懐かしさと、失う事の怖さ。そして、引力。
二人は、翌朝無事に退院。そしてそのまま、アカデミーへ呼び出される。面談室へと招き入れられる大助と太地。
八木太一と中島退助が、向かい合って座っている。空気は静かだ。
「今回の試験。」
退助が切り出す。
「想定外の事態だった。だが…。」
太一が続ける。
「アカデミーの判断は、合格点だ。」
一瞬訪れる沈黙。
「卒業を認める。」
短い言葉、だが重い。
太地の喉がわずかに動く。大助は、ゆっくりと息を吐く。太一は、二人を見つめる。並ぶ姿。
無意識の距離。退助も同じものを感じている。言葉にはしない。
だが確信している。これは、ただの相性ではない。
…巡っている。
「お前たちは、お前たちの道を行け。」
退助の声は、静かで強い。
それは祝福であり、警告でもあった。
第二節 息子たちの衝突
アカデミーの校舎を辞した後、寄宿舎への帰り道での事だった。そこは、コロニーの人工河川沿い。透明な天井越しに星が見える。
大助が、立ち止まる。
「海野。」
太地も足を止める。
「俺、夢を見た。」
ゆっくりと語る。古い民家の縁側に佇む、二人の男。手を繋いだ少年の日。
太地の鼓動が速くなる。
「……俺も見た。」
二人を包む沈黙。見上げると、コロニーの窓の向こうに星が流れる。
「俺たち、前にも会ってる気がする。」
大助の声は震えていない。太地は目を閉じる。
「それが何だ?」
「分からない。でも!」
大助は一歩、太地に近づく。
「お前の隣にいるのが、自然なんだ!」
その瞬間。少し離れた植栽ブロックの影。亮太が立っている。聞こえてしまった言葉。見えてしまった距離。
胸の奥で、何かがはっきり形になる。これは…奪われる、かもしれないという恐怖。初めての、本気の感情。波は、完全に形を持った。そして今。
三人の関係は、もう友情だけでは戻れない。
第三節 息子たちの選択
人工河川のほとり。星明かりが透明天井に滲んでいる。
「お前の隣にいるのが、自然なんだ!」
その言葉が落ちた瞬間。
「——自然って何だよ!」
亮太が飛び出した。二人の間に割って入る。その息は荒く、瞳が揺れている。
「何だよそれ!いつの間にそんな話になってんだよ!!」
太地が目を見開く。
「亮太、違う。これは——」
「何が違うんだよ!」
声が震える。初めての、取り繕わない声。
「俺、太地とずっと一緒にやってきただろ。移転作業も、訓練も。お前らが受かるって信じてた。なのにさ…。」
拳が、ぎゅっと握られる。
「俺、知らないところで、置いてかれてる気がする。」
三人に落ちる、重い沈黙。太地の胸が痛む。亮太を傷つけたいわけじゃない。
だからこそ、口を開く。
「大助の話は……夢の話だ。昔の記憶の断片みたいな。偶然だ。」
誠実に説明しようとする。
隠さない。ごまかさない。だがその言葉は…大助の胸を、静かに抉る。偶然で断片。
まるで意味のないもののように扱われる「縁」。自分が感じた確かさを、否定されたように思えた。
大助は一歩、前に出る。
「偶然じゃない!」
二人が見る。静かな目。だが、揺れている。
「俺は、お前を選びたいと思った。」
はっきりと、自覚的に。
「夢がきっかけかもしれない。でも今は違う。俺は今のお前を見てる。」
太地の呼吸が止まる。亮太の胸が軋む。
「……何だよそれ。」
亮太は笑おうとするが、失敗する。
「選ぶって、なんだよ?」
三人の距離が、初めて明確に割れた。それから、ぎくしゃくした日々が続く。
大助と太地の訓練期間は終わり、卒業準備に入る。
寄宿舎を引き払う為の、荷物の整理を行う傍ら、配属先の仮通知が届けられる。
表面上はいつも通り。だが視線が合わない。亮太は二人と、距離を取るようになった。
太地は言葉を探している。大助は静かに、太地を見ている。逃がさない、というように。
その空気を、太一と退助は感じ取っていた。アカデミーの指導室で、その日の勤務を、終えた夜。
「似ているな。」
翌日の授業の下調べをしながら、太一が呟く。退助は目を伏せる。
「……ああ。」
若い頃の自分たち。言葉にできなかった時間。すれ違いと、選択。
「話すか。」
太一が言う。
「全部を?」
退助の問と、少しの沈黙。
「隠す理由は、もうない。」
卒業式前日に、三人は面談室によびだされる。太一と退助が向かいに座っている。いつもより、少し柔らかい空気。
「今日は、教官としてじゃない。」
太一が言う。
「先に生きた者として、話す。」
退助が続ける。
「俺たちは、前の時代から来ている。」
三人が息を呑む。
人類が、宇宙へと翔び立つ術を、まだ持ち得なかった、昭和と呼ばれた頃。
男同士で生きることが許されなかった時代。お互いへの気持ちを胸に閉じ込めたまま、「正しい男」として、人生を全うした前世。そして側に居て、二人の心の支えになった家族たち。
「記憶は断片的だ。でも、確かにあった。」
太一の視線が、大助へ向く。退助の視線が、太地へ。
「お前たちの中にも、その断片があるのだろう?」
そして訪れる沈黙。重いが、静かな時間。
「だがな。」
退助の声が強くなる。
「縁は理由にならない。」
太一が微笑む。
「選ぶのは、今のお前たちだ。」
亮太を見る。
「そして、縁がなくても、人は並べる。」
部屋の空気が変わる、確かに過去はある。でも、決定ではない。未来は、今ここにある。三人の鼓動が、それぞれ違う速さで打っている。
卒業まで、あと一日。波は、もう目の前。選ぶのは…。誰かに決められた隣か。自分で掴む隣か。
第四節 息子たちの卒業
卒業式前夜、太一と退助から、自分たちの真実を告げられた後、大助と太地は、コロニー外壁展望デッキ。卒業試験前に語り合った橋に、再び訪れていた。透明で巨大な、河の様に見える窓の向こう、地球がゆっくりと回っている。
太地と大助は並んで立っていた。しばらくは、お互いに無言の時間が続く。最初に沈黙を破ったのは、大助のつぶやく様な声だった。
「……俺たちの“縁”って、何なんだろうな?」
太地は視線を落とす。
「前世で親だった二人が、今世では寄り添って、添い遂げる道を選んだんだ。」
静かな事実。
「でも、それをなぞるみたいに俺たちが並ぶのは…。」
「楽かもしれない。」
大助が言う。
「理由があるからな。“運命だった”って言える」
再び、夜風のような沈黙が、二人を包む。
今度は太地が、はっきりとした口調で首を振りながら言う。
「俺は、理由で隣に立ちたくない。」
大助を見るのは、何かを振り切る事が出来たかの様な、真っ直ぐな瞳。
「選びたい。今の自分で。」
その言葉は、震えていない。大助は少し笑う。どこか、ほっとしたように。
「……そうか。」
長い息を吐く。
「じゃあ俺も、今の俺で選ぶ。」
二人は並んだまま。だがもう、縁に引かれているだけではない。
自分の足で立っている。
そして訪れる、卒業式当日の朝。宇宙開発機構の計らいで、その日の天候は、晴れに設定されていた。場所は慣れ親しんだ学舎、軌道開拓士養成学院の、式典ホール。
白と深紺の礼服に身を包んだ卒業生たち。太一が、名簿順に名前を読み上げる。ステージ上に、整然と登壇していく学生たち。
「海野太地。」
「南雲大助。」
校長から、証書が渡される。
そして、配属先が発表され、場内がざわめく。
「木星太陽化計画・第一推進資源開発部」
同じ部署に、二人の名前が並ぶ。宇宙開発機構の判断理由は簡潔だった。
「その連携は、余人をもって替え難し。」
連携能力、危機対応、判断精度。あの試験での動きが、すべてを物語っていた。
太地は息を吸う。大助は小さく頷く。これは、縁ではない。実力だ。
第五節 息子たちの旅立ち
卒業式から数日後、二人が、短い休暇を過ごした後の、コロニー宇宙港。巨大な軌道係留型輸送船が停泊している。その乗船前の静かな時間。
亮太が先に来ていた。手をポケットに突っ込み、空を見ている。太地と大助が近づく。
少しだけ、ぎこちない空気。だが大助が先に口を開く。
「榊。」
亮太が振り向く。
「俺、退くことにした。」
太地がわずかに驚く。大助は続ける。
「お前の気持ちを、軽く扱ったつもりはない。でも結果的に、そうなった。悪かった。」
真っ直ぐな謝罪。
亮太はしばらく黙っていたが、やがて笑う。
「……ずるいよな、お前。」
少し鼻をすすりながら。
「…かっこよすぎるんだよ。」
大助が苦笑する。太地が一歩、前に出る。
「亮太。」
二人の視線が合う。
「俺は、まだ何も決めてない。」
それは嘘ではない。
「でも、お前と過ごした時間は、俺の選択の一部だ。」
亮太の胸の奥が、少し軽くなる。
「……じゃあさ。」
無理やり明るく言う。
「早く戻ってこいよ。俺、すぐ追いつくから」
太地が笑う、そして大助も頷く。
「待ってる。」
三人の空気が、ほんの少しだけ戻る。完全ではない。でも、壊れてもいない。
やがて船は乗客を迎え入れる状態を整える。ボーディングブリッジが接続され、ハッチが開く。
乗船アナウンスに促され、太地と大助も他の乗客と共に、人の流れに加わる。その流れに紛れる前に、二人が振り返る。亮太が手を上げる。
「行ってこい!」
二人が歩き出す。その背中は、もう学生ではない。
少し離れた場所。八木太一と中島退助が並んでいる。
「うまくいったな。」
太一が小さく呟く。退助が頷く。
「ああ。縁に縛られなかった。」
太一は、少しだけ笑う。
「でも、切れもしなかった。」
船が、静かに港を離れる。
コロニーの光が遠ざかる。木星太陽化計画は、ここから本格始動する。それぞれの未来もまた、動き出す。縁はある。だが、選択がそれを形にする。
太一と退助は並んだまま、遠ざかる船を見送った。彼らはもう、導く側。
そして宇宙は、次の世代を迎え入れる。
春ですねぇ。と、言うわけ(?)で卒業のエピソードです。いやぁ、甘酸っぱいなぁw。




