表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
息子たちの船出  作者: やす。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/5

第一章 息子たちの波

迷い子たちから、息子たちへ…桟を通して始まる、船出の物語。


第一節 息子たちの始まり


 亮太の起こした、あの 小さな「事件(笑)」から、おおよそ一年の月日が流れようとしていた頃、木星太陽化計画も実行の第一段階に入りつつある様で、それに関わる若者達にも、それぞれの転機が訪れようとしていた。

 窓の外には、青い地球が浮かんで見える。巨大な曲面ガラス越しに、雲の帯がゆっくりと流れている。

 二基のスペースコロニーは、物理的にリンクしながら自転していた。直径6km、全長は35kmにも及ぶ、完成したばかりのオニール・シリンダー。人工の大地として使われるその内壁には、まだ灯りの少ない都市区画に、整備中の農業ブロックと、骨組みの見える居住棟。

 宇宙港のある無重力区画では、輸送船から運び出された資材コンテナが、ゆっくり漂い、磁気タグを追う作業員がそれを回収していく。

 遠くには浮きドック。骨格むき出しの軌道係留型宇宙船が、巨大クレーンに吊られ、静かに回転している。これまで主流だった、大気圏再突入を前提として設計されていた、地球往還型の宇宙船に代わり、再突入機構を切り捨てる事で、還る事と引き換えに、より遠くへと羽ばたく力を得た、どこか潔い印象を見る者に与える「還らない船」。

 その光景を、タブレット片手に見上げている青年がいた。彼の名は榊亮太。目が、きらきらしている。

 タブレットには速報記事。《木星太陽化計画・第一段階承認》亮太は、にやけ顔のまま声を上げた。

「乗るしか無い!このビッグウェーブに!!」

叫びつつ振り向く。その視線の先に見えるのは、その様子に呆れつつ少し離れて立つ海野太地。

 腕を組み、静かにため息をついている。

「……波は、まだ来てない。承認段階だ。」

 と、冷静にツッコミを入れてはみるものの、亮太は完全に、聞く耳を持っていない。

「来るよ。絶対来る。だって中島教官と八木教官が、命懸けで持ち帰ったデータだぞ? 外れるわけないだろ!」

 亮太の瞳は、純粋だ。英雄を信じている目。太地はその横顔を見て、なぜか胸が少しだけ痛む。

…お前は、いつもそうやって前だけ見る。

「亮太」

声をかけようとして、止まる。代わりに、背後から低く落ち着いた声。

「波に乗るなら、溺れない準備も必要だ」

 振り向くと、南雲大助が立っていた。無重力区画から移動してきたのか、制服の袖に整備用の磁性粉が付いている。

亮太は笑う。

「大助は慎重すぎるんだよ!」

大助は軽く肩をすくめる。

 その視線が、ほんの一瞬だけ太地に向く。何かを確かめるような、妙な静けさ。

 太地もまた、理由の分からない既視感に戸惑う。初対面のはずなのに。なぜか、昔から知っているような感覚。

 コロニーは回り続ける。地球は青く輝き。クレーンに吊られた軌道船が、ゆっくりと太陽光を反射する。

 その光の中で、三人の距離はまだ一定だ。だが、波は確実に近づいている。木星から持ち帰られた未来。英雄の次の物語、そして――選び直される縁。

 ビッグウェーブは、まだ誰のものでもない。


第二節 息子たちの季節


 軌道開拓士養成学院。通常、アカデミーと呼ばれるその学校は、この時期その主な機能を、コロニーの中へと移しつつあった。この事により、ここで学ぶ学生たちは、より実践的な教育を受け、宇宙へと羽ばたく術を身につけていく事になるが、勿論その学園生活には、容赦がない。

 自転する円筒の朝は早い。人工重力区画での基礎体力訓練。無重力環境下での姿勢制御。軌道力学のシミュレーション。融合炉理論の座学。緊急減圧時の対応訓練。

 一日が終わる頃には、思考も筋肉も擦り切れている。それでも三人は、自然と一緒にいる時間が増えていった。

 亮太は、大助と太地よりも二期下の入校である。本来なら先輩後輩の距離があるはずなのに、彼はその境界を軽々と越える。

「太地、今日の推進剤制御テストどうだった?」

「平均点は取れる。」

「平均じゃダメなんだよ。ビッグウェーブだぞ?」

 太地は呆れた顔をするが、亮太が隣に座るのを拒まない。その距離は、ほんの数センチ。無重力区画で姿勢制御の訓練をしていた日。亮太の回転制御が乱れた。

 慌てて伸ばした手が、太地の胸元を掴む。二人の身体が、ゆっくりと絡まるように止まる。呼吸が近い。

 人工重力のない空間で、妙に心臓の鼓動だけが重い。

「……離れろ。」

「いや、今離したら回転するって!」

 そのやり取りを、少し離れた位置から見ていた大助は、静かに視線を落とした。ほんのわずかに、指先が握られている。感情は表に出さない。でも、確かに揺れている。

 そこは、アカデミー校内にある指導区画。八木太一は、モニター越しに訓練ログを確認していた。隣には中島退助。

 相変わらず、宇宙開発の最前線での任務を果たしながら、待機期間には、後進の育成にも関わる日々が、最近では二人の日常になりつつある。

「南雲の安定値は群を抜いているな。」

退助が言う。

「海野も悪くない。榊は……。」

「突っ込みすぎだな。」

太一が笑う。だが、その目は優しい。

「若いってのは、推進剤みたいなもんだ。制御を覚えれば飛ぶ。」

退助は静かに頷く。

「制御できなければ、爆ぜる。」

 その言葉の奥には、かつての自分たちの記憶がある。

 季節は巡る。コロニー内部の植栽区画に緑が増え、人工河川が完成し、居住区に生活音が満ち始める。学院も、完全移転を終えた。

 そして告げられる。

「卒業試験の実施日程を通達する。」

対象は――

南雲大助。海野太地。

実地航行試験。

軌道係留型宇宙船での、初の外縁航路模擬任務。選抜は数名。不合格者は再試験。

 だが実質、最初の合格者が“次世代の主力候補”と見なされる。緊張が走る。亮太は二期下。まだ受けられない。それでも彼は言う。

「絶対、二人とも受かるって!」

 その言葉は明るい。けれど太地は、少しだけ目を伏せる。もし片方だけが受かったら?もし大助が選ばれて、自分が落ちたら?もし逆だったら?友情は、均衡の上にある。だが選抜は、均衡を壊す。

 その夜。コロニーの外壁展望区画。大輔と太地は、開放型コロニーの、外壁をつなぐ「橋」の上に並んで、佇んでいた。試験への緊張を紛らわしたかったのだろうか。

 地球が遠く、青く浮かぶ。大助が言う。

「俺は、受かる。」

静かな宣言。太地は横を見る。

「自信か?」

「覚悟だ。」

その言葉の重み。

 そして、大助の視線はまっすぐ太地へ向く。

「お前と同じ船に乗りたい。」

それは競争宣言なのか、それとも…亮太の笑い声が遠くから聞こえる太地の胸が、かすかに軋む。

 友情か。それ以上か。そしてその奥で、言葉にならない“縁”が微かに揺れている。卒業試験まで、あと二週間。

 波は、形を持ち始めていた。


第三節 息子たちの残響


 ある夜、南雲大助は夢を見た。古い家だった。木の縁側。夏の匂い。遠くで風鈴が鳴っている。

 視界は低い。自分は子どもだ。庭先で、二人の男が並んでいる。ひとりは笑っている。もうひとりは、少し照れたように横を向いている。

「彼の隣に立てるだけで、私は十分だった。」

誰の声か分からない。だが胸の奥が、締めつけられる。

 その隣に…もうひとり、少年がいる。黒髪。静かな目。自分は、その少年の手を握っている。温かい。失いたくないと、思っている。

 目が覚めた。人工重力区画の宿舎。コロニー内に有る、自分の部屋の天井。 心臓が、妙に速い。

「……海野。」

無意識に名前が零れていた。その日から、何かが変わる。


 翌日の訓練中、無重力区画での模擬減圧対応。太地が回転姿勢を修正する。その動きを、大助は自然に補完している。言葉を交わさなくても、動きが噛み合う。まるで、ずっと昔から知っている呼吸のように。

 亮太は、それを見ていた。胸の奥に、ざらりとした違和感。

「……最近さ、二人、息合いすぎじゃない?」

冗談のように言う、その言葉に、太地は眉を寄せる。

「偶然だ。」

 大助は、否定しない。その沈黙が、余計に距離を作る。亮太は笑う。

笑うしかない。

「まあ、卒業試験ペアだしな!」

 だがその声は、ほんの少しだけ軽すぎた。


第四節 息子たちの確信


 いよいよ、卒業試験当日となる。実技試験の内容は、軌道係留型宇宙船「カグツチ」模擬任務。目的は、外縁補給航路の試験運航。この頃、主流になり始めた船は、大気圏再突入機構を持たない。完全空間生活型である。

 ブリーフィングを済ませた後、カグツチはコロニーの宇宙港を離脱。青い地球が遠ざかる。

 宇宙港の管制室には、試験官を務める太一と退助の姿。モニター越しに二人を見守る。

「安定してるな。」

退助が言う。太一は腕を組む。

「南雲は冷静だ、海野も判断が速い。」

順調だった。

 だが…木星太陽化計画関連の資材輸送レーンに、未登録デブリの流入が確認され、想定外の軌道変化が起こる。

 けたたましく鳴り響く警告音と共に、船体に衝撃が走り、外部センサーの一部が損傷し、姿勢制御が崩れる。

「姿勢制御系にラグ!」

太地が叫ぶ。

 大助は即座に補助推進を展開。だがメイン推進の一基が反応しない。

通信が乱れる。管制室が騒然とする。退助が即座に指示を出す。

「自動制御を切れ、手動に移行。」

 だがその船内で、大助は静かだった。

「海野、左舷補助スラスターを0.7秒パルスで刻め。」

「了解。」

言葉が短く、迷いがない。太地の操作と大助の計算が噛み合う事で、崩れかけた姿勢がわずかに戻り、接触寸前でデブリを回避する。

 残る問題は、船体の損傷箇所。

「外部アームが使えない。」

「手動で出来る。」

「俺が行く。」

同時に言う。

 一瞬、視線が交差する。夢の断片が、大助の脳裏をよぎる。…手を離すな。

「一緒に行く。」

太地が言う。その声は静かだが、強い。二人は共に船外へ。

 無音の宇宙空間は只々暗く、触れる者の全てをを奪い取ってしまうかの様な無慈悲な深淵を、その若い瞳に覗かせている。大助と太地は、その深淵のプレッシャーを全身に受け止めながらも無事に、損傷パネルを固定する事に成功する。

 連携は完璧だった。まるで長年の相棒のように。危機は、収束した。救助艇が到着し、太一と退助が直接、カグツチへと乗り込み、ハッチが開く。船内に入った瞬間、二人の視線が、自然と大助と太地へ向く。

 並んで立つ姿は、息が揃っている。どこか懐かしい空気。太一の胸が、かすかに揺れる。退助が小さく息を呑む。言葉にはしない。だが分かる。

 これは…「縁」だ。それも、ただの今世のものではない。亮太は、救助艇の後方区画からその様子を見ていた。

 三人の視線が、ほんの一瞬交わる。自分の入り込めない何か。距離。

波は来ている。

 だがその流れは、亮太の思っていた方向とは、少し違っていた。


ご無沙汰してます。新たに始まりましたのは、息子たちのお話です。お付き合いくださる方…いらっしゃいましたら、どうぞ宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ