最終話 白夜のあと
目を閉じても、
向こうへは行けなくなった。
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眠りは、
ただの眠りになった。
夢は、
断片的で、
意味を持たない。
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最初の夜は、
何度も目が覚めた。
確かめるように、
意識を沈める。
でも、
世界は切り替わらない。
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ここだけだ。
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朝が来る。
光が、
ちゃんと
カーテンを越えてくる。
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こちらの生活は、
安定していた。
遅刻はしない。
忘れ物もしない。
心配の声も、
もう聞こえない。
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「落ち着いたね」
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そう言われて、
私は
頷いた。
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嘘ではない。
でも、
全部でもない。
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夜になると、
ふと、
あちらの時間を
思い出す。
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あの部屋の静けさ。
沈黙の温度。
並んで歩いた距離。
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思い出は、
薄れていない。
輪郭も、
失われていない。
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ただ、
触れられない。
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それだけだ。
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ある日、
店で
服を見ていて、
足が止まった。
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柔らかい色。
あの世界で、
彼女が
好きだった色。
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私は、
少し考えてから、
それを手に取った。
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今回は、
戻さなかった。
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着るためではない。
誰かになるためでもない。
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ただ、
好きだと思った。
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それで、
十分だった。
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夜、
眠る。
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夢は、
もう
続かない。
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それでも、
私は
眠ることを
怖がらなかった。
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白夜は、
終わった。
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夜と昼の境目は、
また
戻ってきた。
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それでも、
あの明るさが
嘘だったとは
思えない。
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眠っている間も、
私は
確かに
生きていた。
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愛していた。
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その事実だけが、
静かに
ここに残っている。
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だから、
今日も
私は
目を覚ます。
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朝の光の中で。
夜を
忘れないまま。
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白夜のあとで。
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございます。
この物語は、
夢と現実という二つの世界を
行き来する話として書き始めましたが、
描きたかったのは
そのどちらが本物か、という問いではありません。
人は、
生きていく中で
複数の「自分」を持つことがあります。
立場や役割、
他人から見える姿と、
誰にも見せない内側。
それらは時に、
同時に存在できないほど
矛盾することもあります。
それでも、
どれも嘘ではなく、
どれも確かに
自分自身だったはずです。
『白夜』の主人公が
夢の世界で過ごした時間も、
そこで抱いた感情も、
現実から逃げた結果ではなく、
確かに生きていた証でした。
最後に夢へ行けなくなったからといって、
それが否定されたわけではありません。
ただ、
境界が元に戻っただけです。
夜と昼が分かれるように。
眠りと目覚めが区別されるように。
それでも、
白夜の明るさを知ってしまった人は、
完全に元には戻れないのだと思います。
少しだけ、
世界の見え方が変わる。
それでいい。
もしこの物語を読み終えたあと、
自分の中にある
言葉にできなかった時間や感情を
ほんの少し思い出したなら。
あるいは、
忘れていた「別の自分」を
否定せずにいられたなら。
この物語は、
その時点で役目を果たしたのだと思います。
静かな時間を、
ここまで共有してくださり、
本当にありがとうございました。




