第六話 最後の夜
向こうに着いたとき、
私はすぐに分かった。
今日は、
長くいられない。
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空の色が、
一定しない。
光が、
落ち着かない。
世界が、
呼吸を忘れている。
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彼女は、
いつもと同じように
そこにいた。
同じ場所。
同じ距離。
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「来てくれて、ありがとう」
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その言葉が、
妙に重く響いた。
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私たちは、
いつも通りに過ごした。
話をして、
並んで座って、
沈黙を共有する。
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でも、
どこかが違う。
時間が、
薄い。
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私は、
彼女の顔を
よく見た。
忘れないために
ではない。
忘れられないと
知っていたからだ。
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「最近、
ちゃんと眠れてる?」
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彼女は、
こちらの世界を
知らない。
それでも、
分かっている。
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私は、
少しだけ
正直になった。
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「向こうが、
落ち着いてきてる」
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彼女は、
何も言わなかった。
ただ、
小さく頷いた。
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その仕草が、
はっきりと
答えだった。
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しばらくして、
彼女が言った。
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「ここ、
前より静かだよね」
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私は、
否定しなかった。
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否定できなかった。
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彼女は、
私の手を取った。
感触が、
以前より
弱い。
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「ね」
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彼女は、
いつもの声で
続けた。
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「もし、
来られなくなっても」
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私は、
首を振った。
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「言わなくていい」
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それは、
彼女のためではない。
私自身のためだった。
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別れを
言葉にした瞬間、
それが
現実になる気がした。
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彼女は、
少しだけ
笑った。
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「そうだね」
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その笑顔が、
急に
遠ざかった。
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輪郭が、
揺れる。
背景が、
欠ける。
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私は、
彼女の名前を
呼ぼうとした。
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でも、
声が出なかった。
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音が、
届かない。
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世界が、
ほどけていく。
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最後に、
彼女が
口を動かした。
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言葉は、
聞こえなかった。
でも、
意味は分かった。
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大丈夫。
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そう言われた
気がした。
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目を覚ますと、
部屋は
暗かった。
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胸の奥に、
静かな痛みが
残っている。
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時計を見る。
まだ、
夜だった。
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私は、
もう一度
目を閉じた。
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でも、
向こうへは
行けなかった。
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何も、
映らない。
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それでも、
不思議と
絶望はなかった。
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ただ、
一つだけ
分かっている。
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私は、
確かに
誰かを
愛していた。
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それが
どちらの世界だったかは、
もう
重要じゃない。
最終話:白夜のあと




