第五話 整えるということ
話は、
思っていたより
あっさり始まった。
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「最近、
生活のリズムが
崩れているみたいだから」
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責められているわけではない。
心配されている。
それは、
分かっている。
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「一度、
専門の人に
話を聞いてもらうのも
悪くないと思う」
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整える、
という言葉が
何度も使われた。
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睡眠。
生活。
考え方。
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どれも、
正しい。
否定する理由は
ない。
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それでも、
胸の奥で
小さな抵抗が
続いていた。
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私は、
壊れていない。
ただ、
二つの場所に
居場所があるだけだ。
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そう言いかけて、
やめた。
説明できる
言葉が
見つからなかった。
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その日から、
少しずつ
変化が始まった。
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眠る時間が
決められる。
光を落とす時間が
決められる。
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目を閉じると、
向こうに行けるまで
少し時間が
かかるようになった。
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やっと辿り着いても、
景色が
以前ほど
鮮明ではない。
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彼女の顔が、
ぼやける。
声が、
途中で途切れる。
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「最近、
ここ、
静かだね」
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彼女は、
そう言って
笑った。
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私は、
うまく笑えなかった。
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理由を、
知っていたから。
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こちらの生活を
守るということは、
向こうを
削るということだ。
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それでも、
現実では
少しずつ
調子が戻っていった。
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遅刻は減り、
忘れ物も減る。
心配の視線も
少なくなった。
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「よかったね」
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そう言われて、
私は
頷いた。
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正しい方向に
進んでいる。
誰もが
そう思っている。
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夜、
眠る。
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向こうは、
さらに薄かった。
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部屋の輪郭が
途切れ途切れになる。
時間が、
飛ぶ。
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会話の途中で、
場面が切り替わる。
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彼女が、
私の手を
強く握った。
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「ねえ」
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その声が、
遠い。
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「もし、
来られなくなっても」
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その先が、
聞こえなかった。
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私は、
首を振った。
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聞きたくなかった。
考えたくなかった。
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目を覚ますと、
胸の奥が
空洞になっていた。
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整っていく
こちらの生活。
薄れていく
向こうの世界。
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私は、
初めて思った。
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元に戻ることが、
必ずしも
救いではない。
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それでも、
私は
立ち止まれなかった。
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整える流れは、
もう
始まってしまっていた。
第六話:最後の夜




