第7話 撤去の日
朝から、空が白く霞んでいた。
遠くで工事車両の音がして、地面が小さく震えていた。
学校を休んで、俺は丘へ向かった。
途中でカズが合流した。
何も言わなかったけど、同じことを考えていたんだと思う。
道端のススキが、風に押されてざわめいている。
夏の終わりの匂いがした。
丘に着くと、もう工事が始まっていた。
フェンスの中で、男たちがヘルメットをかぶって立っている。
鉄塔の根元には、クレーンが伸び、ワイヤーが吊られていた。
村上主任――サナの父が、その中にいた。
作業指示を出す声は淡々としていて、何かを押し殺すようだった。
俺とカズは少し離れた場所から見ていた。
何もできなかった。ただ、見ているしかなかった。
「……ほんとに、終わるんだな」
カズの声がかすれた。
「……ああ」
俺の口から出た声も、風に消えていった。
クレーンが動いた。
鉄塔の上部が、ゆっくりと傾き始める。
軋む鉄の音が丘に響いた。
まるで、空が崩れていくみたいだった。
“灯”と書いた板が、振動で落ち、地面に転がった。
泥にまみれたその文字が、泣いているように見えた。
気づけば、手が勝手に動いていた。
フェンスを越えようと足をかけた瞬間、カズが腕を掴んだ。
「ユウ! やめろ!」
「でも――!」
「もう、いいだろ!」
カズの声が震えていた。
俺はその手を見て、ようやく力を抜いた。
丘の上で、鉄塔が倒れた。
轟音が響き、空気が震えた。
金属の破片が光を反射して、空へ舞い上がった。
俺の中の何かも、一緒に崩れていった。
気づくと、サナがいた。
フェンスの外、少し離れた場所で立っていた。
涙の跡が頬に光っていたけれど、顔はまっすぐ前を向いていた。
風が吹いて、サナの髪が舞った。
その中で、彼女は小さく呟いた。
「ありがとう、ユウ」
何に対しての言葉なのか、最初はわからなかった。
でも、胸の奥にあった重いものが少しだけ軽くなった。
工事が終わるころには、空はすっかり青くなっていた。
鉄塔の跡地には、何も残っていなかった。
ただ、草の匂いと、土の温もりだけが残っていた。
カズがポケットから何かを取り出した。
小さな木の破片だった。
基地の壁の一部。
そこに、かすかに文字が残っていた。
“ここが世界の真ん中”
俺は思わず笑った。
そして、泣いた。
風が吹いた。
空の高いところで、鳥の群れが一斉に飛び立った。
あの鉄塔の上から見ていた景色が、今でも目に浮かぶ。
もう二度と戻らないけれど、確かにここにあった。