第6話 サナの涙
次の日の放課後、俺とカズは屋上にいた。
灰色の雲が低く垂れ込めて、空がやけに近く見えた。
「……昨日のこと、誰にも言わねぇよな」
カズがポケットからスマホを出して、画面を見た。
「多分、バレてない。けど……」
「けど?」
「見られてた気がする。主任、たぶん気づいてた」
言葉の重さに、風が止まったような気がした。
その時、屋上の扉が開いた。
サナが立っていた。
白い制服の袖が風に揺れて、髪が頬にかかっていた。
顔は真っ赤で、息が荒い。
「ユウ!」
俺は息を飲んだ。
「……サナ」
「昨日、何したの!?」
言葉が刺さるように響いた。
「お父さんが言ってた。夜に誰かが工事現場に入ったって!
あれ、ユウたちでしょ!?」
屋上の空気が、一瞬で張り詰めた。
「……見張ってただけだ」
「見張る? 何のために?」
「守るためだよ。基地も、鉄塔も」
「そんなの、もう終わったの!」
サナの声が震えた。
「危ないって、お父さんも言ってた! あそこに行くのはダメって、何度も言われたのに!」
「でも……」
言葉が続かなかった。
サナは一歩、近づいた。
「ユウ、あなたまで怪我したら、どうするの」
「俺は……」
「どうして、そんなに意地張るの!?」
目の前で、サナの涙がこぼれた。
「お父さん、昨日帰ってからずっと黙ってた。
“また誰かが来た”って言って、頭抱えてた。
工事が嫌なんじゃない。誰も傷ついてほしくないだけなのに」
サナは泣きながら言葉を続けた。
「ユウ、あの丘が大事なのはわかってる。でもね、壊すことが全部悪いわけじゃない。
お父さん、鉄塔の下の木を全部切らないで残すように設計変えたの。
……それ、ユウたちのためなんだよ」
俺は立ち尽くした。
言葉が、胸の奥でほどけていく。
「お父さん、ちゃんと守ろうとしてる。違う形でも、ちゃんと」
風が吹いて、校舎の影がサナの涙をかすめた。
その瞬間、俺はようやく気づいた。
俺たちは“戦っていた”んじゃない。
ただ、誰かに気づいてほしかっただけなのだ。
沈黙のあと、カズが小さくつぶやいた。
「……悪ぃ」
サナは目を閉じて、首を振った。
「もう行かないで。お願い」
「わかった」
俺は小さくうなずいた。
言葉にするのが怖かったけれど、それしか言えなかった。
サナは泣きながら笑った。
その笑顔が、妙に大人びて見えた。
帰り道、カズとふたりで丘を遠くから眺めた。
鉄塔の下に、工事のライトがぼんやり光っている。
フェンスの向こうに見える影が、ゆっくりと何かを変えていく。
「なあ、ユウ」
「ん」
「終わったんだな」
「……たぶんな」
しばらく沈黙があって、カズが笑った。
「でも、俺ら、ちゃんと残ったよな。思い出の中に」
俺はうなずいた。
その瞬間、鉄塔の赤い灯が点滅した。
まるで“見てる”みたいに。




