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第5話 夜の見張り

 その夜、丘は風が強かった。

 草の葉が擦れ合う音が、どこか遠くのざわめきみたいに聞こえた。


 「ほんとにやるのかよ、ユウ」

 カズが懐中電灯を手に、息を潜めていた。

 「やる。誰もいない時間に、あそこを見張るだけだ」

 「見張って、どうすんだ」

 「……守る」


 言ってから、自分でも子どもじみてると思った。

 けれど、言葉はもう止まらなかった。


 カズはため息をついて、それでも懐中電灯を消した。


 「バカだな。……でも、俺も行く」


 俺たちは暗闇の中、鉄塔の下の秘密基地へ向かった。


 空気は湿っていて、地面が少しぬかるんでいた。

 月が雲に隠れて、辺りはぼんやりとした影だけになっていた。


 丘の上にたどり着くと、鉄塔の足元に工事用の柵が立っていた。

 フェンスの向こうには、黄色い立入禁止の札。

 昼間よりもずっと近くまで工事の影が迫っている。


 「……もうすぐ壊されるんだな」


 カズの声は低かった。


 俺は、フェンス越しに鉄塔を見上げた。

 真っ黒な夜空の中で、赤い航空灯だけが点滅している。

 まるで心臓の鼓動みたいに、一定の間隔で光っては消えた。


 「なあ、ユウ。俺ら、何してんだろな」


 「わかんねぇ。でも、見てたいんだ。最後くらいは」


 風が強く吹いた。

 フェンスが軋み、どこかで鉄の音が鳴った。


 その瞬間――、

 丘の下のほうでエンジンの音が聞こえた。


 「やば……誰か来る!」


 カズが小声で叫んだ。


 俺たちは咄嗟に木の陰に隠れた。

 ライトの光が丘を這うように上ってくる。

 白い作業車がゆっくりと止まった。


 降りてきたのは、ヘルメットをかぶった男たちだった。

 村上主任の姿もあった。


 「夜間点検か……」


 カズが呟いた。


 村上さんたちは、鉄塔の根元に近づき、懐中電灯を照らしながら何かを話していた。

 風の音で言葉は聞こえなかったけれど、表情は真剣だった。


 その時、カズが動いた。


 「おい、なにしてんだ」


 「写真撮っとく。証拠だよ」


 「バカ、やめろって!」


 止める間もなく、カズはスマホを構えた。

 そのライトが、一瞬だけ光った。


 男たちが同時に振り向いた。

 ライトの光が、こちらを照らした。


 「誰だ!」


 次の瞬間、俺たちは走っていた。

 草むらを蹴って、丘の斜面を駆け下りる。

 背中で誰かの声が響く。


 「待て!」


 足がもつれ、転がるように倒れた。

 泥の匂いが鼻を突いた。


 「ユウ、立て!」


 カズが手を伸ばした。

 息が苦しい。胸が焼けるようだった。


 何とか立ち上がり、ふたりで町のほうへ走り抜けた。

 後ろでライトがまだ揺れている。




 町の外れまで戻ったとき、ようやく追われていないことに気づいた。

 カズは膝に手をついて、荒い息を吐いた。


 「やっべ……死ぬかと思った」


 「バカ……だから言ったのに」


 「だって、もう何もできねぇじゃんか!」


 その叫びが夜空に響いた。

 俺も何も言い返せなかった。


 しばらくして、風が吹いた。

 鉄塔の灯りが遠くでまた、ぽつりと光った。


 「なあユウ」


 「……なに」


 「俺たち、どうすりゃいいんだろな」


 「わかんねぇよ」


 俺はそう言って、夜空を見上げた。

 赤い点滅が、まるで泣いているみたいに揺れていた。




 その翌日。

 学校では何もなかったように、静かに時間が流れていた。

 でも、俺とカズの胸の中では、夜の鉄塔の光がまだ消えていなかった。

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