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第4話 サナの父親

 翌朝、サナの家の前を通ると、軽トラックが停まっていた。

 後ろの荷台には、ヘルメットと書類の束。

 家の玄関には、スーツ姿の男が立っていた。

 それがサナの父――村上主任だった。


 背が高く、無口で、いつも淡々としている人だった。

 けれど、その目の奥には何か固いものがあった。


 俺は思わず立ち止まった。

 村上さんがこちらに気づき、軽く会釈した。


 「……黒瀬くん、だね」


 「はい」


 「この前は、丘のほうで見かけたよ」


 穏やかな声だったけど、どこかに“釘を刺す”ような響きがあった。


 「君たちが作った基地、立派だったね」


 「……ありがとうございます」


 「でも、あそこは工事区域に入る。わかってるね?」


 喉が乾いた。

 何も言えずにうなずいた。

 村上さんは少しだけ目を細めて、


 「サナには、あまり関わらせないようにしてくれ」


 そう言って、静かに家の中に入っていった。




 その日の放課後、サナは学校を休んでいた。

 授業が終わっても、どこか落ち着かなかった。


 「なあ、ユウ。サナ、なんかあったのか?」


 カズが言った。


 「知らねぇ。……でも、多分、親父さんのことだ」


 俺たちは丘に行った。

 工事のフェンスが伸びていて、基地のすぐそばまで鉄の杭が並んでいた。

 “灯”の文字が、フェンスの影に半分隠れていた。


 「くそ……」


 カズが杭を蹴った。

 金属の音が乾いた風に響く。


 その音が、やけに寂しかった。




 夜になって、家の前でサナが待っていた。

 街灯の光が白く肌を照らしている。


 「ごめん、急に」


 「いいけど……どうした?」


 「お父さんのこと、話しておきたくて」


 サナの声は少し震えていた。


 「お父さん、あの工事、ほんとは反対してたんだ」


 俺は息を呑んだ。


 「最初はね、丘の自然を残す計画を出してた。でも、上から“効率が悪い”って却下されて……。

  それでも何回も意見出したけど、もう誰も聞いてくれなくて」


 サナは拳を握った。

 

 「それで今は、責任者にされちゃったの。反対派が出ないように“地元の顔”を立てるために」


 「……そんなの、おかしいよ」


 「うん。でもお父さん、家では“子どもたちの気持ちもわかる”って言ってた」


 風が吹いて、サナの髪が揺れた。

 その表情が、どこか泣き出しそうだった。


 「ユウ。……お願い。お父さん、悪く思わないで」


 「思ってない」


 「ほんと?」


 「ほんとだよ」


 俺は小さくうなずいた。

 それでも胸の奥では、何かがぐちゃぐちゃに絡まっていた。




 次の日、村上さんが学校に来た。

 町の広報用に、開発説明会の案内を配りに来たらしい。

 教室の外からちらりと覗いたとき、先生たちは皆、笑顔で受け取っていた。


 カズが隣で歯ぎしりした。


 「大人はみんな同じだ」


 「……違う」


 「何が?」


 「サナの親父さんは、ちゃんと考えてる。多分」


 「多分、かよ」


 カズは吐き捨てるように言って、窓の外をにらんだ。


 外では、風に揺れる鉄塔の影が教室の壁を横切っていった。




 その夜。

 俺は思い切って、村上さんのもとを訪ねた。


 玄関先に出てきた村上さんは、作業服のままだった。


 「ユウくんか」


 「話があります」


 俺はまっすぐ言った。


 「鉄塔の下、壊さないでほしいです。あそこは、俺たちの場所なんです」


 村上さんはしばらく黙っていた。

 それから、少しだけ笑った。


 「……言うと思った」


 そして、ゆっくりと口を開いた。



 「ユウくん、君はいい子だ。だけどな、あの丘はもう昔のままではいられないんだ。

  地盤が弱くなってる。鉄塔も老朽化してて、強風で傾きかけてる」


 俺は息を止めた。


 「危険区域に指定されてる。

  あのままにしておくほうが、もっと危ないんだ」


 村上さんの声は穏やかだったが、どこかで自分にも言い聞かせているようだった。


 「守りたい気持ちは、俺も同じだよ。

  けど、守り方を間違えると、誰かが傷つく」


 それだけ言うと、村上さんは玄関の灯を消した。

 残された俺の影が、静かに夜風に揺れた。




 家に帰る途中、鉄塔を見上げた。

 風が強く吹いて、鉄の骨組みが低くうなった。

 その音は、まるで泣いているようだった。


 「守り方を、間違えると……」


 呟いた言葉が、夜の中に溶けていく。


 サナの父は、敵じゃなかった。

 だけど、味方でもなかった。


 俺はただ、風の中に立ち尽くしていた。

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