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GRACE without GRACE  作者: 浅瀬川 善五
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救済と憎しみと

まただ。またもやの事態なのである。私がコートのコックピットを開くのは。――形づくられ完成しようとしていた世界にヒビをいれるのは。しかしそれは、なんらおかしいことでは無いはずであるべきだ。それらは私が組織に帰属する一人の人間として決定されるために必要な手順であるのだから。

私はこのシーア(C.E.A.A. ――Command for Ethical Action Administration(行動倫理制御機関)の略)という生命を正常に作動させるための1つの細胞として活動し、私の存在意義が脅かされることから逃れようとしている。そしてこの逃亡は、人間が持つ一定の倫理観などという極めて脆弱なものによって否定されるものでは無く、細胞のはたらきとして、生命活動の一部として当然堂々と行われるべきなのだ。しかし私を虚無であることから救うはずのその活動は、それ自体を以て私を否定しようとしているではないか。

――私が起こす動作の波が、自分の行動に疑問を持ち始めている切れかけの感情の糸に伝わらないように、私が持ちうる全てを尽くして思考することを抑制させる。

重厚な金属装甲が纏った数々の戦闘の記録を、視覚以外の情報として周囲に嫌味たらしく伝えるかのようなコンコンという軽く、そして弾痕が生むムラのある音を自らの歩行によって鳴らし、肝心の音の主はそれらのありふれた戦闘記録から意識を背けるのである。なんとも滑稽な話である。

――私がこうなってしまったのは何故であろうか。私も元は自分の役割に真の確かな必要性を感じていたはずだ。決して自分が持つ塵にも等しい尊厳の保身のためなどではなく、社会秩序の完成に貢献しようといった類の必要性をだ。いつから、なんのために、なんの必要があってこの考えへの適応を強制されたのだろうか。

コックピットハッチの前で足を止め、既に動くことを停止したコートのハッチ脇にあるレバーを掴む。動かないハッチが不機嫌な唸り声を上げながらゆっくりと動き出し、中に閉じ込めていたパイロットの姿を吐き出す。

そして一連の動作を終えてため息をついた私の隙を突いて、再びあの疑問たちが押し寄せてくるのである。

――なぜ私は、操り人形の類のように矯正された動作をすることに疑問を抱いているのか。高尚な使命を全うすることが、まるで視界の濁った世界で誰かに悪人だと言われる人々を裁くような不鮮明な事象に感じられてしまうのはなぜなのだろうか。

刹那、私が今見下ろしているパイロットのせいなのだろうという考えが脳内を揺らす。そうあって然るべきだと、私の視覚に写り込む現実ならざる何者かが私に語りかける。きっと私の目は、眼前にいる者達に立場と役割という強固な礎を崩された恨みと、崩した張本人だけが私の存在意義が揺らぐ原因を私自身から追い出しうる存在であるという救済を求める眼差しを向けているに違いない。しかし周りの環境が与える情報の多さがそれらを屈折させて、パイロットには私の諸々の感情を乗せた視線は届いていないのだろう。

実につまらない男である。軍隊の中ではけっして珍しくないような――戦争の中で、自らの意志の脆さを自らの行いの中で知ってしまったような目をしている。その手は活動することだけでなく体の一部であることすらも諦めたように、膝の上で草臥(くたび)れている。

戦争行為が持つ、人を壊す力については私自身も重々に理解しているつもりだ。世界の平和と秩序の完成を願って自らの心身を勇猛果敢に捧げ、戦争の中で潔く散ってみせようと声高くする者達を幾度となく見てきた。そして、私もそんな彼らの力になりたいと願った。共に社会秩序形成のために奮起しようと志した。

――しかし、それだけではなかった。彼らの“武器”を万全の状態に仕上げ、彼らが戦果を挙げた時、私の存在が確かに必要であると証明したかった。いつ不要とされるか分からない不安定な自身の立場を、彼らに依存することで確固たるものに変えたかったのだ。だから私は人一倍全力で整備した。彼らが戦えるように。彼らが戻ってきた時、私のおかげだと言ってくれるように。

―――彼らが帰ってくるのが嬉しかった。たとえ表立って私が活躍することがなくても彼らが帰ってくれば、私の立場は確かに守られる。しかし、帰ってこなければどうだっただろうか。私の拠り所だった彼らが、彼ら自身だった身体さえ伴わない単なる戦死者名簿の羅列として私の視界に現れる時、私は自分の存在へ疑いを向けるのが怖かった。

そこからおかしかったのかもしれない。私は仲間が戦死した時でさえ、戦友の死を嘆き悲しむのではなく、自分の社会的立場が揺らぎ始めることに恐怖したのだ。そして一方ではその私の思考を、私の倫理が人間であることを保つために否定する。それはいけないことだ――1つの社会的共同体を形成する存在として持つべきではない反応だ。と私の恐怖反応を覆い隠そうとするのだ。

いつの間にか、そのような考えを巡らせながら兵士たちのコートを整備するのが億劫になっていた。もし私が彼らを戦場に送り出した後、戻ってこなかったら――私は再びあの恐怖と抑圧を味わうことになるのだろう。しかし私が自身の職務を全うしている限り、これらの邪悪とも言える感情は私以外の要因がもたらす結果ゆえであるはずだ。だから私は同胞であるはずの兵士を恨み責任を追及する。戦死した同胞をなぜ帰ってこれないのかと恨み、帰還した同胞にさえも喜びの感情を湧き上がらせることができなかった。ただ私は、帰還したパイロットたちに対して救済を求めたのだ。次も帰ってきてくれ。私の仕事は間違っていないと証明してくれ。私は言葉を介さない静かな願いをただひたすら投擲するのみである。

しかし、これらの欲望がパイロットたちに届いたとき私は本当に救われるのだろうか。否、もう遅すぎるのだ。私が恐怖と抑圧から救われた時、戦争だけでなく私の葛藤への犠牲となった多くの戦友たちに私はどうして向き合うことができようか。この矮小な“私”という存在には大きすぎる責任と贖罪を背負わなければいけない日がくるのかもしれない。ならばせめて今だけは、恐怖と抑圧からの救済を求めている今だけは、私は私自身を歴史の被害者として生かしておきたいのだ。

そしてこの(よこしま)な考えを決して他人に悟られないよう息を整え、一整備兵の肩書きの面を被り、目の前のパイロットに言うのである。

―――「起動していないコックピットの中に籠るなって何回言ったら分かるんだ。」

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