有給を取ったところで別に仕事の量は減らない
有給なんてない
暫くうなだれていた吸血鬼はおもむろに幽鬼のごとく立ち上がり、脳内で言い訳を箇条書きに整列させた。劣勢だが勝機はある。
「私が通っているのは何れもアンデッドの魔物しか出てこない高難易度ダンジョンです。並の人間なら入るだけで死ぬこともあるし、並の吸血鬼ならうっかり野生に帰ってしまうこともあるリスキーな場所。理性と戦闘力と魔物エキスへの造詣が高いレベルでまとまっている私はこの業務に適任と言えます」
「それで?」
この吸血鬼が強くて優秀なのは浅田も知っている。だが代替できる人材がいないということもない。
「…私がいなくなれば原料である魔物の骨髄や血液は一部、というか結構な量を下請けに受注することになるのでは?そうなれば鮮度も質も落ちるでしょう。アンデッド系の魔物は養殖もできないはずです」
「urgeは貴方レベルの吸血鬼を他に100名ほど抱えています」
「で、でも人手は足りていないはずです」
「新卒が何人か独り立ちしました。1人くらい休んでもいけるそうです」
「…私はリストラされるんですか?」
「一カ月休むだけって言ってるでしょ!!」
黒沢の目は又も光を失っている。ショックは重いようで口をパクパクさせて次なる言い訳を探しているが、やはり浅田との初対面の時のような頭のキレがない。この鬼もちゃんと疲れているのだ。
「今からあなたは長期休暇に入ります。会社支給の武器、防具、スマホ、ラップトップを出してください」
「趣味で魔物を狩るので武器と防具は持っていたいです」
「駄目です」
「海外の取引先からの電話は…」
「同じプロジェクトに参加している社員が取ります」
「オーマイガー…」
吸血鬼が神を口にしてどうする。それはそれとして浅田はこれからする提案のために密かに心の準備をする。
「あなたのお家のデスクトップからでも仕事をしているのはわかります。オフラインで会議の資料を作っているのも知っています。人事部には何もかも筒抜けです。ですから………………」
「?」
「ええとですね」
「なんですか」
浅田はできるだけ冷静を装う。深呼吸。黒沢はその様子を不思議そうに見ている。その赤い目に侵食されるように少し顔が紅潮する。
「あなたはたぶん、ひとりじゃ休めないですよね」
「い、いや、そんなことは」
「私の目を見て言ってください」
「…確かに、少しだけ、たぶん、仕事しちゃう、と思い、ます」
苦しそうに言葉を吐き出す吸血鬼。人間にはその労働への情熱が理解できない。だがそういうところも彼の魅力だと思っている。さて、峠は越えたが難所は続く。
「私の実家は温泉宿をやっています」
「さすがに話が見えません」
「来年度から本社の福利厚生の対象として社員は割引が適応されることになりました。ちょうどあなたが出社できる4月からです」
「?」
「ところが人事部の方は利用されたことがあるのですが、それ以外の営業や開発、戦闘員などの現地に出られることが多い方々の口コミが足りないんです」
「はい」
「これでは本社からの利用者は増えにくいと考えます。そこで…」
「そこで?」
「貴方が一ヶ月泊まってレポートを書いていただけませんか?」
一息に言い終えた瞬間、目の前の吸血鬼が一瞬尻尾を振る子犬に見えた。社会の犬だ。
「それは…もしや実質仕事なのでは?」
「違います。でもそうかも知れません」
「休日にも仕事ができるんですね!?」
「私がさせません。でもレポートは許します」
「パンフレットも作ります!ウェブサイトも作ります!料理人としても腕を振るえます!」
「振るわないでください」
「魔物が出たら倒せます!」
「自分を売り込まないでください」
「そんなに言うなら家の宿に永久就職させますよ」というセリフが勢いで出かけたが流石に飲み込んだ。
この世界には亜人がありふれていますがだいたい吸血鬼です