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 朝起きて、窓から雨音が聞こえることに気づいた。きょう、朋ちゃんは来るだろうか、とオレは心配になる。電話を入れようと思ったが、電話を入れて、予定がおじゃんになったらいやだなあというずるい考えが頭をもたげた。ちょっとだけ自分を優先してしまった。けれども恥じてはいない。

 着替え、ワークマンで買ったレインコートを着ていくか迷い、着ていくことにする。雨は本降りになりそうだった。うちにはテレビがない。さっそくスマホにティーバーのアプリを入れ、天気予報を見た。雨は確かにこれから強くなるそうだ。レインをしっかり着込み、傘を持つ。それから外に出た。ここで朋ちゃんに会えればよかったのだが、彼女は先週、どこかに越してしまったのだ。

 工場地帯の裏手にあるカエデ並木をオレは歩く。葉が夏に向けてこんもりと茂っていて、冬になるとこの道のカエデは紅葉する。オレはこのカエデ並木を考え事をしながら歩くのが好きだ。とりとめのないことを考えながら、オレはこの道をただ歩いたり走ったりした。本当に取り留めのないことばかりだった。記憶の断片にも残らないような、ふっと湧き上がる衝動的な妄想に近かった。けどそうしたことを考えながら道を行くのは、なかなか楽しく。あの頃は遠くに行ったこともなかったけど、それなりに充実していたように思う。

 シュレッダー工場の裏手を過ぎるとき、季節に似合わない冷たい風がピュンと吹き始めた。傘が飛びそうになり、柄の部分が曲がった。柄を抑えて、持ちこたえると、すーと数秒間、かるい雨が降ったのち、つづけて雷がなった。この頃、雷の音を聞いて魂消たことが一度ある。YouTubeに雨の街という雨の降る街だけを収めた保存フォルダを作っておいたのだが、その中に一軒家が雷雨の中にたたずむだけの三時間動画が一本あった。それをヘッドフォンをはめて聴きながら寝ていたのだ。いつの間にか寝落ちして、一時間ごろして気づくと、体が幽体離脱していた。それからが大変だった。沖縄でいうところの(マブイ)込めというやつを、オレはセルフで行ったのだ。こういうことはよくある。ユタに転職できるかもしれない。

 ……などというとりとめのないことを考えながら、オレはカエデの立ち並ぶ道を行った。層雲が空にはかるく広がり、あと一発振ったら雨は収まりそうだった。軽い雨なら浴びてゆくのもいい。オレはビニール側の合間から、灰色の空を見あげた。雲間から、鈍色の光が差していた。野球場のある公園までくると、時間があったので、オレはそこでアイスを買い、ベンチに座って食べた。グラウンドでは少年たちがサッカーをしていた。野球場では野球を。子供たちの野球を観戦し、両チームが結果を出したのを確認して、その場を離れた。


     ―――――


 勢いで言ってしまって、すぐさま後悔のようなもの――あ、しまったというようなものが頭にもたげてきたが、以外にも答えはイエスだった。朋ちゃんはその日食事に行ってくれるという。用意をして。オレは喜ぶべきだろう。喜ぶべきだろう。心のどこかではそれまでの間に、また下らないことを考えてしまいそうで怖かった。ホントにそればかりが怖かった。クソくだらないことを考えたり言ったり態度に出したりして、自分にとって重要な人に呆れられることにかけてはオレは名人級だからだ。


    ―――――


 公園で六時半まで粘り、北久里浜の佐原にあるロイヤルホスト。そこに入った。ばかばかしいことにオレはすっかり濡れていた。雨宿りすればよかったと今では思う。ただ雨に打たれるのが何となく気持ちよかったのとレインコートの性能を試しても対衝動にかられたのだ。中に入ると、朋ちゃんがいて、すでに神妙な顔で着席していた。「濡れてるよ?」と、彼女が言う。

 「うん」

 「あのね」

 「それよりさ、何か頼まない?」

 「あのね」

 「ステーキは?」

 きっとまずい答えがくると分かっているから、押し切る気でいた。

 「疲れたよ」

 「へ?」

 「こうやって……こんな風にしてることがさ」

 「でもさ」

 「待った。続きはいわないで。……」

 「とりあえず食べよ……」

 メニュー表を見た。牛のスペアリブがうまそうだなとオレは思った。

 「ハッキリ言うね。庄くんて、お金に汚いでしょ? それに、努力するのも嫌い」

 「そんなこと」

 「あるよ」

 「でもチャンスはあるよ……私の、帝王戴拳(カイザー・ナックル)を受けれたら……その時は考えるよ」

 「よし……カイザー・ナックルでも昇竜拳でも……来ていいよ。きっと受け止めるから」

 「わかった……」

 朋ちゃんが席を立ったのを見て、オレも立ち上がった。周囲の客がフィークとナイフの動きを止め、こちらを注視した。瞬間、朋ちゃんの動きがスローになったかと思うと、そのゆったりとした動きは――否、それはオレが残像を見ているだけで、本当のカイザー・ナックルはオレがそれをそれと認識していた時にはオレの腹にめり込んでいた。

 BAKOOOOON!

 店内のガラスが割れ、皿が揺れた。数分後、朋ちゃんは涙を流しながら、オレを一人残して会計の席に着いていた。駄目だったみたいだ……。かくして、クソ男が一人死んだ! この世からまたも抹消された彼は、愛に敗れたロイヤルホストの床で腹部から大量の血を流しながら、ただ一人、死んでいくのだった!






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