初陣
あれから3日、俺は二ノ宮さんと2人で毎日放課後に駅前に来ていた。万丈を見つけるためだ。
だが、まだ万丈の姿は見ていない。
「本当にここに万丈がいるの?」
「七尾さんの情報によれば、万丈はここら辺によく出没するらしいわ。あの人の分析は確かだから信頼できるわよ。」
見かけによらず腕は確かなんだな。
人は見かけによらないってのは本当みたいだ。
そんなことを考えていると、二ノ宮さんがある提案をしてきた。
「私のこと「二ノ宮さん」って毎回呼ぶの長いと思うから、これからはレイでいいわよ。
私も一ノ瀬君のことケイって呼ぶことにするから。」
「いいの?」
「私がいいって言ってるんだからいいに決まってるじゃない。」
「分かった。じゃあ改めてよろしくねにのみ……じゃなかった、レイ。」
「こちらこそ、ケイ。」
二ノ宮さんに名前で呼んでもらえる日が来るなんて……
ニヤつきそうになる表情筋を引き締めようとしていると、レイが声を潜めて話しかけてきた。
「いたわ。あれが万丈よ。」
彼女の視線の先を見ると、大きめの体格に刈り上げた短髪とピアス、服層は上下ジャージでサンダルという、いかにもチンピラ風の男が裏路地に入っていくところだった。
「後をつけるわよ。」
小走りに万丈のもとへ向かう彼女。
見失わないように俺も慌てて裏路地へ向かうと、そこには少し広めの空間が広がっており、その中央で男の集団に囲まれているレイの姿があった。
集団の数はざっと20人ほどだろうか。
「お前らか? ここ数日オレのことを探してたってのは。」
集団から少し離れたところにいる万丈が問いかけてくる。
「こっそりオレに会いたかったようだが残念だったなぁ。ここら辺にはオレの仲間がた~くさんいるからなぁ、変な奴がいたらすぐオレの耳に入ってくんのよ。」
俺たちは待ち伏せされたってことか。
一筋の冷や汗が頬を伝う。
「逃げるなら今のうちだぜ? なんたってオレは最強だからな。お前らボコボコにしちゃうよ?
そこのかわいいお嬢ちゃんなんてどうなっちゃうだろうねぇ?」
グヒヒと万丈とその仲間が下品な笑みを浮かべながら、品定めをするかのような目でレイを見ている。
中にはジロジロと俺を見ているやつまでいる。
「知ってる? 最強って、最も強いって意味なのよ? あなたごときが最強なら、言葉の定義が崩れちゃうじゃない。
もっと考えて発言しないと馬鹿だと思われるわよ? もう手遅れだろうけど。」
その時、完全にアウェーな空気をぶち壊すように、レイが突然痛烈な言葉を放った。
俺を含めた場にいる全員が一瞬面食らったが、すぐに万丈と仲間たちの顔が赤くなった。
どうやら、この煽り文句は単細胞な万丈たちには効果バツグンだったようだ。
「言うじゃねぇかこのアマ! おい、お前らやっちまえ!!」
万丈が驚くほどテンプレートな捨て台詞をはくと、仲間たちが一斉に襲い掛かってくる。
「私は手下たちの相手をするからケイは万丈をお願い。大丈夫、すぐに片づけてそっちに行くわ。」
「了解!」
返事をして、俺は万丈のもとへ走る。
万丈の次元を確認すると10であり、俺と互角だった。
「ん? お前がオレの相手をするのか? お前弱そうだけど死なないよな? 俺はまだ人殺しにはなりたくねぇんだ。」
「まだってことはいつかはなるってことか? ちゃんと考えて発言したんだよな?」
俺は万丈との距離を一気に詰め、そのまま右ストレートを万丈の顔めがけて繰り出す。
が、その拳は万丈のよって止められる。
「惜しかったなぁ、悪くなかったぜ。」
万丈がニヤつきながら俺に言う。
「……それはブラフだ。」
言うと同時に、万丈のがら空きのみぞおちに渾身の左ストレートをお見舞いする。
今度は止められることなく俺の拳は腹にめり込み、万丈は大きくよろめく。
利き手ではないため威力は落ちたが、十分効果はあったようだ。
その隙を見逃さず回し蹴りを食らわせ、万丈を後方へ吹き飛ばす。
(戦えてる……! 三島さんとの特訓の成果が出てる!)
確かな手ごたえを感じながら万丈に近づくと、万丈は立ち上がりながら笑っていた。
「ハハハハハ! 中々強いじゃねぇか。しゃあねぇ、使いたくなかったが解放するか。」
万丈の頭上の数字が変化し始める。
(やっぱり能力を使ってくるか。あいつの能力<コンデンサー>は溜めた力を開放することでパワーアップする能力だったよな。
元の次元が俺と同じ5だから、確実に俺より強くなるはず…… 後はその上がり幅が問題だな。)
三島さんたちとの特訓により、俺は1人につき次元を5下げられるようになっている。
つまり、相手を5段階弱めることができる。
もし万丈の次元が15までしか上がらないなら、勝てる確率は十分にある。
(さぁどうだ、どこまで上がる……)
程なくして、万丈の次元の上昇が止まる。
現れた数字は
18
次元を最大限下げたとして、万丈の次元は13である。
つまり、どうあがいても俺よりも強いということだ。
10と13なら戦えないこともないが、楽勝とはいかないだろう。
「ハハハハハ! これだよこれ! この力がみなぎる感覚! じゃあ、いくぜ!!」
ドーパミンが大量放出されているのだろう。
万丈は完全にキマッた顔で叫び、その大きな体に見合わない速度でタックルを仕掛けてくる。
次元の上がり具合に気を取られていた俺は、反応に遅れてしまった。
(ヤバい、今から回避しても間に合わない。とにかく次元を下げないと…… <微分>発動!)
はやる心を落ち着かせ、万丈が俺に衝突する直前に何とか次元を下げ13にすることができた。
だが、相手の方が次元が高いことには変わらない。
タックルをまともに食らってしまった俺は吹き飛び、路地の壁に激突した。
「な~んか変な感じだな、急にパワーが出なくなったような。ま、いっか。これで立場逆転だしな。」
万丈が不思議そうに首をかしげながら近づいてくる。
(まずい、早く体を起こさないと……)
だが、俺の体は言うことを聞いてくれない。
その間にも万丈は近づいてくる。
そして、ついに俺の目の前に来た。
「さっき、いつか人殺しになるのかって言ったよなお前。答えはイエスだ。今からお前をぶっ殺すからな。 あっちも終わったころだろうし、かわいいお嬢ちゃんは俺たちが大切に遊んであげるから安心して死ねるな。」
万丈は趣味の悪い笑顔を浮かべると、右腕を振りかざす。
その時だった
「えぇ、こっちはもう終わったわよ。もちろん私の圧勝でね。」
レイが何事もなかったかのようにこちらに向かってくる。
背後には大勢の男たちが転がっていた。
「え……は?」
愕然とする万丈を無視し、彼女は俺に話しかける。
「ケイ、遅くなってごめんね。あなた一人では少し厳しかったかしら。でも、あなたは一人じゃない、私がいる。私とあなたが組み合わされば”最強”よ。」
「……それってちゃんと定義通りの意味?」
そうだ、俺は一人で戦ってるんじゃなじゃった。どうして忘れていたんだろう。
一人じゃない、そう思うだけで力が湧いてくる。
「今からあなたの次元を私の<積分>で3段階上げて、あいつと同じ13にするわ。後はあなたが頑張ってみて。大丈夫、私もいるし三島さんとの特訓を思い出せばあんなやつワンパンよ。」
そう言って彼女は俺の次元を引き上げる。
俺は立ち上がって万丈と向き合う。
「どうなってるんだよ…… なんで動けるようになってんだ? その女の力か?」
明らかに動揺した様子で万丈が問いかける。
「クソがあああぁぁ!! おれひとりでやってやるよおおぉぉ!!」
叫びながら右腕を振りかざす。
隙だらけの大ぶりな攻撃をかわすと、俺は迫ってくる万丈の顔面に思いっきり拳をたたきつけた。
メキィ
鼻骨の砕ける音とともに万丈は倒れ、そのまま起き上がることはなかった。
「やった……! 倒した……! ありがとう、レイのおかげだよ。」
「あなたの実力よ。いくら私がバフをかけても、元が弱かったら勝てないわ。」
微笑む彼女に笑い返すと、俺は初勝利の喜びをこれでもかと嚙み締めた。
「あ、でもやっぱり私のおかげな気がしてきた。ケイ、帰りに何かおごりなさい。」
意地悪な笑みを浮かべるレイ。
「……せっかくいい気分だったのに。」
口ではそう言ったものの、悪い気はしない。
頭上には五月晴れの青空が広がっていた。