ワタシと運命
我慢が効きません。
シレイに会いたいです、とても。
父様と母様の娘として着実に成長しているワタシは、既に部下を3桁程の規模で動かす事が可能となっています。
その部下達を動員しワタシが失った記憶の手掛かりになるという名目(実際に嘘ではありません、シレイに会いたいという欲の方が強いですが)でシレイを探させていますが、未だ消息を掴めていません。
ワタシのフラストレーションは溜まる一方であり、かなり限界に近づいています。
部下達の情報収集能力は確かな筈・・・・だと言うのにここまで見つからないという事は、恐らく名前や見た目は変わっているのでしょう。
もしかすると{屍霊術師}である事も隠している可能性があります。
そうなるとワタシ由来の手掛かりはほぼ使い物になりません、捜索は大分厳しいです。
そういえば部下の一人が、既にシレイが死んでいる可能性も視野に入れるべきではないかという妄言を吐いていましたが・・・・シレイは《《絶対に生きているし、確実にこの国にいます》》、それだけは間違いないのです。
ですがこのままでは見つかりそうに無いのも事実。
なので手法を変える事にしました。
シレイを探すのでなく、シレイにこちらに向かって来て貰うのです。
必要なのはワタシが使役する精霊の力、ほんの少しを後押しする運命力、そして『試練』。
『試練』・・・・それはこの家の伝統であり、真の意味でこの家の者である事を認められる為の通過儀礼。
義娘であるワタシもこの慣習に添い、全部で七種ある『試練』を達成しなければなりません。
近々控えているのは『第一の試練』、内容は『【花吹雪の大森林】の奥にある石碑へ辿り着け』というものです。
単純なようですが、『試練』には七種共通の禁止事項があります。
それは『家の支援は必要最低限でなくてはならない』というルール。
同行者は家と関係のない他人が好ましく、装備や道具も家が用意した物は極力使わない方が良いというものです。
一応ルールを破っても即失敗扱いにはなりません
代わりに『試練』の道程が厳しくなるというペナルティがあるので、基本的には守った方がいいです。
ただ、このルールを知ってこそいるものの過保護な母様は選抜した冒険者を護衛につかせようとしました。
一応『試練』の事情を知らない冒険者を採用するだけならば『家の支援は必要最低限でなくてはならない』のルールにギリギリ抵触しないかもしれませんが、その判断が少し危ういのは否めません。
なのでワタシは母様を説得して、やり方を変えさせて頂きました。
ワタシ自身が部下に命令し、護衛を集めさせるという形です。
これでもまだルール違反か否か怪しいラインですが、この方法なら両親を介在させていない分リスクは少し下がるでしょう。
・・・・それに今回は、両親の介入の余地は少ない方が好ましい。
適当な部下に冒険者を護衛として募集する事を任せたワタシは、準備を進める為にテキトーな紙に文字を綴ります。
書いたのは[城下街にてとある御方の護衛 成功報酬80万エヌ 選抜あり 失敗した場合、責任をとっていただきますので自身の能力に自信がある方のみ応募してください 日時は8月30日の18時まで エリアDにある喫茶店アッセンブルの前で現地集合]という文章。
後はこの文に少しばかり精霊の力を借りた細工をして、どこでもいいので少し遠めの街へと流せば完了です。
ギルドを通してではない上に見る人が見れば[依頼書]としても紙が上質ではない事に気付き内容が嘘くさいと分かってしまうこの紙は、たらい回しにされて様々な場所を転々と移動するでしょう。
ですが最終的には、きっと運命へと辿り着きます。
その為の布石は、撒いておきましたから。
・・・・・あ、そうだ。
当日は髪色とか顔とか、精霊の力を借りて変えときましょう。
最初は馬車のキャビンに居るとはいえ、しばらくすれば顔を合わせる機会があるかもしれません。
その際にいきなりワタシだという事に気づかれては風情がありません。
むしろ初めに会った時は気づかなかったが、ふとした仕草や何気ない会話から向こうが気づいてくれる・・・・そういう形の方が運命的ですしね。
そうと決まれば変身する姿の候補も考えなければいけませんね。
髪色は当然丸っきり変えるとして・・・・薄くなったとはいえ残ってはいる火傷跡も勿論隠して・・・・そうですね、全体的にはテンプレなお嬢様でいきましょうか。
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【試練当日】
ついに『試練』が始まる日となりました。
ワタシは部下の[ベゴニア]と共に馬車へと乗り込み、護衛として雇われた冒険者達の居る集合地点へと向かっております。
このワタシが乗っている馬車は家の物ですが、移動手段として必要なのでルールの判定には恐らく引っかかりません。
ただ護衛用にも四台用意しているので、明らかに必要最低限をオーバーしています・・・・まぁ多少道中が厳しくなっても護衛は有能な者を集めているらしいので問題ないでしょう。
「ベゴニア、分かってはいると思いますが護衛の前でいつもの呼び方をしてはいけませんよ。 しっかりとお嬢様を呼ぶように」
「勿論でございます」
ベゴニア・・・・今回の護衛選抜を任せた部下です。
真面目ですが色々と抜けているところがあります。
馬車を引いているオビディエンスホースの調教を行なったのもカレですね。
剣技は平均、魔法はやや得意。
仕事ぶりはわりかし優秀なのですが、欠点として好みが派手過ぎるところが挙げられます。
ワタシにお守りとして渡したペンダントも金色ですし、馬車に飾られている宝石も手配したカレの趣味が混ざっている気がします。
「む、到着したようですね。 では護衛の確認等をして参ります。 少しばかりお待ちください」
集合地点に止まったらしく、ベゴニアが一人で外へと出て行きました。
この馬車は高性能なカメラの魔機械が搭載されており、外の様子をキャビン内から確認出来ます。
カメラが現在進行形で映す外の映像を内部のディスプレイで覗けば、ベゴニアが用意した20名の護衛の姿が。
そして、もう一人。
ワタシの用意した紙が引き寄せた、カレの姿。
成長して雰囲気が変わっていますし、何より今のワタシにとっては記録越しでしか知らない初対面。
それでも間違えようはありません。
「あはっ」
やっと、会えた。
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沢山の事がありました。
反対するベゴニアをそれらしい理論で押し切りシレイを私情10割で護衛に採用。
ワタシが別で用意した粗だらけの〔契約書〕を不審に思っている姿を鑑賞。
シレイの好きな色の中に、ワタシの本来の髪色である金色が含まれている事に喜び少し呆けてしまったり。
馬車が進んでいる暇な間に他愛のないお喋りをしたりしました。
少し驚いたのは、寝て起きたらシレイに抱えられていた事でしょうか。
驚きを誤魔化したい余り、自らが透明化している事実を理由として『ここを天国と勘違いする』という臭い演技をしてしまいました。
多分シレイはワタシの事をおめでたい頭をした奴だと思う事でしょう・・・・少し恥ずかしいですね。
寝起きのワタシに説明してくれたシレイ曰く、誘拐されたワタシがシレイに救われたとの事。
ワタシはシレイの事を信頼しているので納得出来ますが、何も知らないシレイ側からしたらこの状況大分危険な状態じゃないですか?
だって実際に救出した証拠とかシレイ持ってなさそうですし・・・・ワタシが信用した様子を見て露骨に安心してますし。
多分心の中で(ちょろ)とか思ってるでしょうね。
もしワタシが『そんなの信用できません、アナタがワタシを誘拐しているのでしょう!誤魔化されませんよ!』とか言ったらどうするつもりだったのでしょう・・・・まぁ、絶対言いませんが。
しかし誘拐ですか。
布石を撒いた時点で何か番狂せが起きる事は理解していましたが・・・・ 成程、この様な形で運命は収束して行くのですね。
犯人はカレ、ベゴニアでしょうね。
金のペンダントとか露骨に発信機ですし、用意した本人なら馬車への細工もし放題でしょう。
それに常日頃からもワタシに不埒な視線を向けてましたし・・・・カレ、抜けてるので全部丸わかりだったんですよね。
いやはや、普段真面目だからこそ裏返った時が大変ってやつですか。
『試練』に乗じて主人を攫おうとするなどと、なんと酷い不届きものでしょう。
まぁ、そのようなあからさまに怪しいカレに一切合切を任せたのは他でもないワタシですが。
ワタシへの隠しきれない程の欲望を隠し持っているカレは、今回の目的に相応しい適当な人選でした。
カレとワタシの邂逅は運命的で物語的でなくてはならない。
だからチャンスさえちらつかせれば何かやらかしれくれそうな、トラブルの火付役が必要だったのです。
具体的に何を引き起こすかまでは知り得ませんでしたが・・・・どのような事態に陥ってもシレイならきっと助けてくれたでしょう。
だって、シレイとワタシは運命の赤い糸で繋がっているのですから。
実際にワタシはこうしてシレイに救われました。
今は『試練』を終え、〈帰還〉の魔法で城下街に帰りシレイと別れた直後。
シレイには明日に迎えを出すことを伝えました。
その言葉と感謝を聞くや否や、シレイは急ぐようにワタシの前から姿を消してしまいました・・・・少し寂しいですが、またすぐに会えますし我慢しましょう。
それにしてもシレイは最後までワタシに気付きませんでしたね。
記憶喪失の影響で口調がまるっきり変貌してますし、何よりワタシ自身敢えて姿を変えてるから仕方ない事ですが。
それはそれとして多少は勘づいて欲しかった乙女心・・・・機会はまだあるので後に期待ですね。
・・・・明日に思いを馳せる、その前に。
後始末はしっかりとやっておかなくてはなりませんね。
ワタシはわざとらしく情報をつらつらと語り、その場で待ちます。
カレは間違いなく今この場に向かってきてる筈なので、それまでの時間潰しです。
火災の発生や誘拐したワタシを引き渡す時間を超過してるであろう時点でカレは何か異常が起き、実行犯達が失敗している事に気づくでしょう。
これ程入念に道具を用意してるカレなら誘拐役に渡したタブレット以外にも、自分用も用意するでしょう。
何せこの誘拐は今後あるかどうか分からないワタシへの明確な隙であり好機、コレを逃せば次はありません。
というより、次がどうこう以前にワタシが帰ってきた時点で誘拐の件は父に報告され調査されてしまう時点でカレにとってアウトでしょう。
だからカレはワタシが我が家へと帰還する前に証拠隠滅と本来の目的も兼ねて、発信機を頼りに大急ぎで自らがワタシの元へと向かわなければならないのです。
あ、来ましたね。
最初から答えが分かりきってる推理を区切り、カレの名を口にして呼びかけます。
「ねぇ、ベゴニア」
「・・・・バレてしましましたか」
思ったよりあっさり出てくるのですね。
さて、後始末ついでに少し遊んであげましょう。
今のワタシは機嫌がいいですし、何よりカレは今回のシレイとの出会いを華々しく飾ってくれた丁度いい裏方です。
シレイでない人間がワタシに汚い視線をよこしてきたのは許しませんが、それはそれとして感謝してますので可愛がってあげます。
「さて、弁明を聞きましょうか?」
手始めに軽く圧を放ちます。
「弁明も言い訳もございませんし、逃げも隠れも致しません。 〔契約書〕による契約により詳しくは語れませんが、お嬢様を私の元へと攫い手中に収めようとしたのは全て私の我欲から来る行動です」
ここで開き直りとは、これにはワタシも少し驚きます。
カレは追い詰められた時には激しく動揺し、上手く口を回せなくなるタイプの人間だと思っていたのですが・・・・ワタシの分析が甘かったのでしょうか?
「貴方と出会ったあの日から、私は狂ってしまったのです。 それまでは職務に忠実なただの仕事人だったのに! 賭け事も女遊びも美食も美景も歌姫の歌も何もかも私の心を満たせなかったのに! なのに貴方は本当の意味で私達に目を向けた事はない! 貴方はいつも遠くを見ている、誰かを思っている、恋焦がれている! 私には最初からチャンスなどなかった・・・・そんな事、納得出来ない、出来るはずのない! だから! 私は今まで積み重ねてきた十数年のキャリアを、信頼を、全てをチップにしてこの愚行へと走ったのです!!」
唐突な告白ですね。
成程、一目惚れでしたか。
別にワタシに恋をするのは自由ですが、それに応えるのは無理です。
シレイがいるので。
それに気付くとは、思ってたよりワタシの理解度が高いですね。
「やはり、やはりだ。 ここまでしても貴方は私を見ていない。 私を人生における簡単な通過点の一部としか認識しない。 だから・・・・貴方が私を見てくれるまで、ゆっくりとお話ししましょう」
カレがそう言うと、私達の足元に巨大な魔法陣が出現し。
次元が、“ズレた”。
「これは・・・・〈隔離〉の魔法を核とした、即時の簡易結界ですか」
以前より用意してたのでしょうか?
半径4m程の円で外と内を区切る結界が起動し、ワタシとカレは閉じ込められました。
「えぇそうです。 〈隔離〉の効果が乗っている〈結界〉の魔法は空間を断絶します。 もう貴方は逃げられませ「えい」ん・・・・?」
ワタシは軽い掛け声と共に精霊の力を行使します。
そうすれば呆気なく結界は解け、崩れ落ちました。
「は?」
カレはひたすら唖然としています。
いかにもな“とっておき”だったので、それが無為にされて相当ショックを受けた様子。
「ほらほら、ワタシはいつでも逃げれてしましますよ? まだ何かないのですか? それとも、ここで情けなく惨めに終わるのですか?」
このまま終わらせてもつまらないので煽りを入れておきます。
「だ、黙れっ! 何故結界がっ!? あ、クソっ、あぁっ!!」
先程までの強者っぽさは何処へやら。
いかにもな“とっておき”の〈結界〉を失ったカレは酷い狼狽をし、達者な語彙も喪失してしまっています。
『追い詰められた時には激しく動揺し、上手く口を回せなくなるタイプの人間』・・・・やはりワタシの性格分析は合っていましたね。
先刻の余裕は逆転の一手があった故に完全に追い詰められていなかっただけでしたね。
しかし、まさか誘拐が失敗した後自分が出張る状況も想定して保険も用意していたとは・・・・思ってたより不安症でしたね、カレ。
「ならば! 〈気絶弾〉で!」
カレは急ぐように魔法陣を構築し、ワタシの頭目掛けて〈気絶弾〉の魔法を放とうとします。
確か殺傷力が少ない代わりに、命中相手を気絶させる事に特化させた電属性の弾を飛ばす魔法でしたか。
今までの丁寧さをかなぐり捨てての直情的な実力行使、意地汚いですね。
カレが準備した仕込みも在庫切れのようですし、ここで終わりとしましょう。
思ってたよりは面白かったですよ。
ワタシに向けて突き出されたカレの掌の上の魔法陣から一筋の〈気絶弾〉が発射され、直撃する。
バチッ!
「な、んで・・・・?」
他でもない、カレ自身に。
他でもない己の魔法をくらったカレは、その場で倒れ伏しました。
カレは心底理解できていない顔で、余力を振り絞るようにワタシを見上げています。
「アナタはもう終わりです。 ですので、冥土の土産にワタシの秘密を教えてあげましょう」
ワタシはシレイのように、別に言わなくともいい情報をカレに話します。
「まずこれは常識ですが・・・・属性、方向、規模、効果、その他全て。 そういった魔法を構成する要素は全て魔法文字の配列によって決まります。 その配列が円環の形を成しているのをワタシ達は魔法陣と呼ぶのです。 ただし凡その人は魔法陣という一単位で魔法を覚える為、実際に一つ一つ魔法文字を意識している人は少ないです。 それこそ、1からオリジナルである独自魔法を組み立てる人ではない限り魔法文字単体の意味合いを気にする事はないでしょう」
不要な説明を意気揚々と語るワタシ。
シレイの癖でもあるこの行動を、記録の中の過去のワタシはを直した方がいい悪癖としていましたが・・・・実際にやってみれば、これはとても楽しいものです。
「ワタシは精霊術師。 使役するフェアリーは[文字の精霊]。 誰かが思いを込め、形を成した文字であるのならば、それは全てワタシの支配下です。 要するに、魔法文字もワタシが認識した時点で他人のだろうが関係なしに自由に弄れるのです」
だって、もう手遅れになった人に何故こうなったのかを懇切丁寧に教えれば。
「〈結界〉は魔法文字を乱雑に組み替えて意味を崩し、魔法としての体をなさなくなった結果霧散しました。 〈気絶弾〉は魔法の発射方向を表す部分のみ逆の意味に変えさせて頂きました」
改めて、もうどうにもならないと理解して絶望が深まり。
「ふふっ。 出来るのは文字の組み替えや反転にとどまりませんよ? 配列や意味合いだけでなく、文字という形そのものにも干渉が出来ます。 字の色をいじくる、形をぐちゃぐちゃにして解読不能へと変える、字を重ねて意味を誤認させる・・・・他にも、文字に関わることならばかなりの事柄が可能です」
とっっっってもいい表情になりますから♡
「・・・・おや、気力はもう限界のご様子。 では最後にお別れをしましょう。 アナタのこれまでに深い感謝を。 そしてさようなら」
意識を手放し、完全に気絶したカレの最後の光景は多分。
ワタシの屈託のない晴々とした笑みだったでしょう。
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「父様、只今帰りました」
「はい、『第一の試練』は突破しました」
「えぇ、えぇ、勿論です。 なにせワタシは・・・・」
「代々伝わる聖剣からの試練を全て達成できていない、正式でない仮の立場とは言え」
「アナタの・・・・王の娘、ですからね」
「あ、実はお願い事がありまして・・・・『試練』の為に、個人的に雇いたい方がいて・・・・」