白刃の槍
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ぬぬぬ……体重3キロ増……。
ちくせう、たかがホールケーキひとつをこうもダイレクトに反映するわが身が恨めしい……こうもお菓子を仇のように見なくちゃいかん日が来ようとは。
ま、わたしゃ代謝もイイ女。きっちり数日我慢すれば、みるみる落ちていくのだ~。
一日の借りを、一日で返そうとするから無理が出る。人間、増やせるカロリーはほぼ無限大でも、減らせるカロリーは一日あたりで決まっているものだからねえ。
恥じらうことなく、二日三日、ときには四日や五日がかりでもって帳尻合わせていく。
これよこれ。きつめの縛りなんかしても辛いだけだも~ん。緩く楽しまなくちゃね!
で、つぶつぶはどうなのよ? あんた、ここに来てまた痩せてきたんじゃない?
どうせ「ふお~! ネタ! ネタはねえが~!」とか、鼻息荒くしながら目を血走らせてんでしょ。ここんとこ、あまり時間が取れていないみたいだし。
ネタもいいけど、メシ食いなさいメシ。あたしのように甘いものばかりじゃなくて、ちゃんと栄養あるものよ。
気力があっても、身体がなけりゃやりたいこともできないわよ。そのうち風邪でもこじらせて、ぽっくりいってもつまんないでしょ?
まあ、私の作るメシくらいなら、少しは食べさせてやんなくもないわよ? もう砂糖や脂でぎっとぎとなやーつ。ぽんぽこ、ころりんなつぶつぶも見てみたい気もすんのよね。
私? 自分が太るのはやーだけど、太った他人はそんなに嫌いじゃないわよ。
太るとはいわば、肉の布団、覆い、隠しどころ! な~にが眠っているか、わくわくしてこない? 自分が太ったってネタが割れてるからつまんないのよね。
――なによ、その変なもの見る目は。つぶつぶにだけはそんな目で見て欲しくないわねえ。変人はお互い様でしょうが。
ふふん、いいのかな~、そんな態度で。こうしてあんたの前で、無関係な話を持ってくるほど、無粋じゃないわよ、私は。
ネタよ、ネ・タ。あんたが欲しくって仕方ないもの。
ほ~れ、欲しいなら「ごめんなさ~い」と……て、早! 展開、早! 電池入れたての機械でもそんな早く動かないでしょ、普通!
う~ん、そのなりふり構わないエネルギーに敬意を払って、もったいぶらずに話しますか~。
日本では一時期、太っている人がモテる傾向があったのは、つぶつぶも知ってるわよね。
ふくよかといえば豊かさの証。豊かさといえば甲斐性の証。甲斐性といえば漢の証。
それを維持できることこそ、高貴な人間たるもののあり方とされ、心を惹きつけていったみたいだけど、私の地元だとそのふくよかさに関する、奇妙な事件が伝わっているのよね。
それは、夏にしては季節外れの涼しい一日が過ぎた後だったわ。
早朝、一日の始まりを告げる太鼓がなる。
一度目は日の出前。二度目はそれから約45分ののちで、貴族たちに出仕を伝えるもの。
この二度目の時点で、すでに各々の勤め先についていることがほとんどだったというけれど、その日はいつも一番に来ているある貴族の姿がない。
多少、遅れていた面々も出そろい、欠席はかの者のみと分かったところ、彼の屋敷より来たという使いからの報が届いた。
主がつい先ほど、息を引き取ったのだと。
彼は共に務める貴族たちの中で、一番の肥えた身体を持つ巨漢だった。
歩くたびに、身に着ける束帯の下の肉まで、一緒に揺れるかと思うほど、その所作は圧巻の一言だったみたい。
それが亡くなった。昨晩の宴会では元気な姿を見せていたというのに。
卒中ではないか、と話す者もいた。
卒然すなわち突然に、邪気に中る症状。ゆえに卒中。
特に身体を動かそうとしない者に、忍び寄る病であると貴族たちの間では知られていたみたい。
亡くなった彼は、蹴ろうとする鞠に身体がついていかないと、蹴鞠に久しく参加していなかったし、それではないかとね。
生前の彼と懇意にしていた一部の貴族は、各々の手のものを使って、かの様子を探らせる。
邪気が彼を死へ追いやったという考えがまかり通る中、自ら赴こうとするのはとても勇気のいることだった。へたなことをして、自身まで邪なる気にあてられても困る。
お悔みの意を伝えながらも、探ってもらった者の話で共通していたのは、亡くなった彼の身体にはやや奇妙な点があったとのことだったわ。
まず遺体の頭部、つむじから両耳に至るまで真一文字の切れ目のようなものが入っていたこと。
傷口は閉じていたけれど、死後もなお赤々と浮かび上がっているそれは、いかにも真新しいもの。
しかし、これほど大きなけがをしたならば誰かが気づきそうなものなのに、それがなかったの。
そしてもう一点。亡くなった彼の胴体からは、骨らしきものの手ごたえを感じない部分があったとか。主に背骨まわりがね。
ぶよぶよした肉は、指で押すとずぶずぶと中に落ち込んでしまい、元へ戻らない。
むくみなどとは比べ物にならない深さで、本当にお腹と背中がくっついてしまいそうなめり込み具合とくれば、たいていの人が目を疑うでしょう。あくまで口伝えだけれど。
それを裏付けるように、関係者の希望もあって荼毘に付された彼の遺骨からは、本来見つかるべき骨のあちらこちらが欠けていたのだって。
この奇怪な出来事は、内裏で働く一部の貴族たちの間で強く記憶されることになる。
なぜなら、同じような例で亡くなったものが、立て続けに3名現れたのだから。
いずれも彼に次ぐ、見事なかっぷくの持ち主。しかもうち1名は、他の者と違い蹴鞠においても優秀な成績を見せたから、貴族たちの驚きようはなかったでしょうね。
体を活発に動かしたとて、その奇怪な目に遭う恐れがある。そうなると、襲われた要因は美男の条件たる惠体にあるのではないかと、疑う声が強くなってきたの。
とはいえ、年中行事たる宴をおろそかにすることがあれば、今度は自分たちの立場が悪くなっていく一方。これらに参加しながらも、どうにか食を細くし、身体の肥えに歯止めをかけないといけない。
そう考えた彼らは、自らの威勢を示すためのてんこ盛りの料理に対し、二口、三口ほど箸をつけて、下げさせるような所作を見せるようになったの。
贅を尽くした料理を、食べまくるような卑しき真似をせず、さらりと流してしまうがごときこともいとわない。
幸いにも、これもまたゆとりある高貴な振る舞いと、好意的に受け取られるのがほとんどだったようね。
粗食の多い下々のものから見れば、妬みや憤りもあったでしょう。
けれど、まさかこれが貴族たちの考えた、己の面子と安全を天秤にかけた苦渋の策だったとは、そう見抜けなかったと思うわ。
その彼らの目論見がうまくいったのか。同じような被害に遭う貴族は、以降現れることはなかったらしいの。
しかし時が移り、武士が台頭してくるようになると戦が増え、武器もまた話題にのぼるようになっていく。
名乗りをあげての一騎打ちの場面も多く、注意や心構えが各所に広まっていく中、特に避けるべき手合いについての話があったわ。
「もし白刃の槍持つる者あらば、必ず弓を持ちてうちはらえ。ゆめゆめ、近づこうとしてはならぬ」
白刃はたとえ話じゃない。鋼の気配などみじんも感じさせない、文字通りの真っ白い刃部。
それは陶器か。いや骨なのかと、目にしたものは噂したわ。
当時の主流だった薙刀から外れる槍は、珍しい武器。それもまた目立つための手段にも思えたけれど、その性質もまたこけおどしでは済まない。
その槍、いかなる鎧も突きとおすことはできなかった。たとえ朽ちる寸前の木の板でも、使い手の膂力任せにどうにか砕くのみ。
しかし、肉体に当たればそれらは立ちどころに切り離される。
馬の足も、人の手足に胴体も、首であったとしても。それがまるでわらでできているかのように、ポンポンと切れて飛んだ。
あまりに不器用な者が使えば、相手を切ったはずみに自分の身体の部位さえも、断ち切ってしまったとか。
その気味悪さに、握り続けられた者はおらず人から人へ渡るうち、実物はいずれも失われてしまったとか。
けれど、これをもって相手を討ったものは一様にして語るわ。
「まるで相手に肉が、骨がないかのようだった。本来感ずる手ごたえも、ぬくもりも、ほとばしりもそこにない。手にしたものが淡々と血肉を欲しがり、切り取るのみだ」と。
自ら刃部の手入れもできない。指が落ちかねないから。
ためておいた水につけ、汚れを落とすのがせいぜいだったけれど、泥とかならばあっけなく落ちる。
それが血のりや肉の脂などの場合は、どこまでも頑固にこびりつき、しみこまんとする気配だったとか。
武器本体は失われても、その伝説は残っている。
長く続く武士政権の影で、その武器の切れ味を再現せんとする刀工たちがいたみたい。
そして長い時の末、刀工和泉守兼定によって生まれた傑作の一本が、織田信長の家臣、鬼武蔵の名を持つ森長可の手によって、振るわれる。
かの槍は弱冠17歳の若武者に、実に27の首級をあげさせたわ。その奮戦ぶりに誰かが伝えた、かの白刃の槍の伝説。
それにあやかり、武運長久を願って四文字の漢字が彫られたわ。
「人間無骨」とね。