98:ギャルを一人にしなかった
みんなが食べ終わると、本当の本当にタイムリミット。予定の二時間を消化し終えた。
女の子全員で掃除をして、僕は机と椅子の片づけ。
ヒグラシの鳴き声に送られるように、三々五々、帰っていく生徒さんたちの後ろ姿に、そこはかとない寂寥感を覚える。
お祭りの後は、どうしても感傷的になってしまうね。
講師三人も同じ気持ちなのか、ゆるく笑いながら、子供たちを見送っている。
「さ。帰ろうぜ、ウチらも」
洞口さんが、平坦な声音で僕らを促す。
頷いて、空になったクーラーボックスを自転車のカゴに積み込んでいく。スターブリッジ号には女子二人のカバンや化粧ポーチなんかが入ってるので、僕のカゴに少し無理くり乗っけた。
「じゃあ、私はお母さんが迎えに来てくれてるから~。沓澤クン、マドレーヌごちそうさま~。星架、千佳、またね~」
重井さんもお迎えの車で帰って行った。ちなみに、チラっと見えた運転席のお母さんは普通の体型だった。
僕たちは自転車で駅へ。今日は夕陽が赤々と、力強く照っている。西へ向かうもんだから、眩しくて仕方ない。細めた目で事故らないように慎重に運転するせいで、自然と口数は少ない道中だった。
やがて駅に着くと、洞口さんが後部座席から降りる。自転車が軽くなった。
「今日、なんだかんだ楽しかったぜ。マドレーヌも美味かった」
「ありがとうございます」
「んじゃな。また今度遊ぼうぜ。星架もな」
「うん。今日はありがと」
「はい、また」
そうして洞口さんも帰って行った。
僕と星架さんはゆっくりと自転車を漕ぎながら、東側へ戻る。行きとは逆で長い影を追いかけるように走った。住宅街を走ってる間、豆腐売りのラッパがどこかから聞こえてきて、なんだかノスタルジックな気持ちにさせられた。まだああいう仕事も残ってくれてるんだなって。
僕の家に着いた。自転車を降りて、荷物類を両肩に担いで……
カクンと後ろから引っ張られた。振り返ると星架さんが僕のシャツの裾を無言でつまんでいた。
「大丈夫です。荷物置いてくるだけですから」
「……うん」
また、あの公園に来た。
今度は星架さんの方が先に自販機へ行き、僕の分の飲み物も買ってくれる。お礼を言って受け取ると、ふと彼女が自分の手元のペットボトルを振ってるのが見えた。
「お」
彼女の好きなライチジュースだ。こないだ来た時は無かったハズ。商品の入れ替えか。
「良かったですね」
「まあ常連だかんな。空気読んでくれたんじゃね」
二人で笑い合う。やっと少し調子が戻ってきた感じ。
「はあ~、終わったね」
「終わりましたね。大成功でしたね」
「うん、大成功!」
その言葉に僕は凄くホッとしていた。言い出しっぺとしては、不安はどうしてもずっとあったから。でも余計なお世話、ではなかったみたいだと知れて、ホッと息を吐けた。
「……良かったです」
「……」
「……」
「……なんかさ、あんなに居たのに二人になっちゃったよね」
ベンチの背もたれに体を預けながら、星架さんが言う。僕も並んで座った。
「そう……ですね」
みんな自分の生活があり、帰る場所がある。もしかしたら、もう二度と会わない子も居るかも知れない。一期一会。素敵な言葉ではあるけど、ちょっと寂しさも感じてしまうのは、僕がまだまだ子供だからかな。
「でも……ついセンチになっちゃいますけど、僕らは、すぐまた一緒に遊びますよ?」
僕と星架さんは「またね」が社交辞令じゃないから。
「はは。間違いない……でもそんだけ、名残惜しくなるくらい、楽しかったんだろうな」
「……」
「楽しかった、うん。充実感っていうのかな、凄かった。人が成長する姿を見るのって……胸が空くようなって言うか。グジグジ溜まってたモンがデトックスされたような」
「はい」
「……みんな、純粋にキレイになりたい、可愛くなりたいって感じでさ。そうだよな……アタシだって最初はそれだけだったもんな、って」
「原点」
「そう、なるのかな」
一度、ジュースで口を潤して、
「あそこに居た子たちは、アタシの父親なんか知らないし、どうやって席を勝ち取ってるかなんて興味もない」
首を斜め上に、空を見ながら星架さんは言った。
僕はそっと彼女の手に自分のそれを重ねる。すぐにクルッと掌が引っくり返り、指同士が絡み合った。