97:陰キャと打ち上げした
<星架サイド>
ピピピピと電子音が鳴り、アタシたちの意識はその音の源へ向く。脇に座ってずっと優しい微笑みでアタシたちを見守ってくれていた(たまにうつらうつら寝てたけど)会長の手元からだった。1時間40分経ったらしい。
「え~!!」
20人の小さなシンデレラたちが不満の声を上げるけど、規則は規則。
「はいはい! みんな終わりだから! 後はお疲れ様会だよ! さっき退場に処したお兄さんがマドレーヌとジュースを置いて行ってくれてるから!」
千佳がハキハキとよく通る声で、容赦なく閉会を告げる。けど最後におやつがあると聞いて、今度は歓声を上げる生徒たち。ゲンキンだなあ。
「わ~い!」
雛乃、アンタは……いや、まあ、来てくれたんだし、良いんだけどさ。一人で食い過ぎないように見張っとこ。
「あの!」
「ん?」
声に振り返れば、例の孤児院組の子ふたりと、その学校のクラスメイトと思しき子たちが5人くらい居た。
「今日はありがとうございました!」
「あ、ああ、うん。こっちこそ楽しかったよ」
本心だ。
「それで、その……」
ボブカットちゃんが自分の後ろに隠れている一人の女の子を押し出すように、アタシの前に立たせた。あ、この子。アタシが教えるとメチャ緊張するもんだから、千佳に任せておいた子。嫌われてるワケじゃないだろうけど。
「……」
「……」
モジモジと下を向いてしまう。アタシの方から声をかけてあげよう。
「どうした? 何かあるの?」
「あ、あの……私……目指してるんです」
「ん?」
「モデル! セイさんみたいなモデルさんになりたいんです!」
このグループは殆どがアタシへの憧れを口にしてくれてはいたけど、この子はガチのガチでモデルを目指してる……ってことかな。確かに、この20人の中では一番容姿は整っている。あか抜けた雰囲気もあるし、ファッションも少し背伸びした印象を受ける。
アタシは何と答えたものか、少し窮した。甘くない世界だよ、と言ったら夢を壊しちゃうかも。けど本当にこの子のためを思うなら、覚悟はさせた方が良いのか。はたまた、ただ純粋にありがとうと感謝を伝えるべきか。
態度を決め切れないうちに、だけどその女の子は、
「あの! サインください!」
とクタクタの紙を差し出してきた。見れば、それはアタシが載ってる雑誌の切り抜き。ゴスパンクに身を包んだアタシが、クールにキメていた。ああ、うん。こういう場で改めて見ると恥ずかしいな、おい。
「サインは……やってないねぇ」
「そうですか……」
ショボンとするので、ただの署名みたいなモノを書いてあげた。そんな物を大事そうに胸に抱えて、何度もお礼を言ってくれるのは、ただただ面映ゆい。
と、そこでアタシの携帯が震える。康生からのレインだ。
『お疲れ様です。もう入っても大丈夫そうですか?』
いくら時間になったとは言え、女の子の園に無断では入って来ない。春さんに訓練されとんなあ。
『だいじょぶ。待たせてゴメン』
『いえいえ』
その返信が来るのと同じくらいのタイミングで公民館の通用口から、ひょこっと康生が顔を出す。たった二時間足らずなのに、すごく久しぶりに顔を見た気がする。恥ずかしい話だけど、それだけ焦がれてたってことか。人目がなかったら飛びついてるもんな、多分。
康生はアタシにニコリと笑って、軽く目礼した後、クーラーボックスの方へ歩いてく。「重井さん」と書いた紙が貼ってある小さな保冷バッグはそのまま、雛乃に渡していた。
アタシも駆け寄って手伝う。クーラーボックスの中にはマドレーヌの他に死後ティー、オレンジジュースのペットボトルなどが入っていた。それぞれ紙コップに注いで、みんなに配っていく。
飲み物とマドレーヌ、両方とも行き渡ったあたりで、千佳が肘でアタシを小突いた。
「ほら、チビちゃんたちが遠慮して食べれんだろ。乾杯とか、いただきますとか、合図してやれよ」
「ああ、うん」
確かに。主催かつロハの講師を差し置いては食べにくいし飲みにくいか。小学生でも高学年まで来ると、そういう分別もついてくる頃やね。
「ええっと、みんな今日は来てくれてありがとう」
アイドルみてえだな。挨拶しくった。
「お疲れ様。みんな各自……ってもう食ってるー!!」
目に入ったのは両手でマドレーヌを頬張る雛乃。みんなもアタシの視線を追って、食いしん坊先生を見つけて大爆笑。
「そんだけ沢山もらったんだから、ちょっとは余裕を持てよ!」
「もうないよ~、そんなの」
クーラーバッグを引っくり返して見せる親友の姿に、もう一度、館内は大きな笑いに包まれた。
こうして、アタシたちのメイク教室は大成功で終わったのだった。