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96:陰キャが待っててくれる

 <星架サイド>



 始まってみると、いったいアタシは何を緊張してたんだ? ってくらい楽しかった。


 ある程度、全体に指示を出して、煮詰まってる子がいたら、個別で教えてあげる。一度に何人か手が挙がった場合は、千佳や雛乃と手分けして当たる。


「チョンチョンとつけて。あとで伸ばすから。そうそう。みんな上手いね」


 誉めることも忘れずに。

 基礎の下地から既に少し迷ってる姿は初々しくて可愛らしい。アタシもあんな時期あったなあ。


「あの、アタシ、ちょっと顔が青白いタイプで。ピンク試したこともあるんですけど……」


 中学生組は、多少かじったことある子もいて。


「もう少し使ってる物の品質を上げるか、チークで隠しちゃうか、かなあ。チークの話はもう少し待ってね」


「はい!」


 当たり前だけど、一人一人、違う肌をしてて、違う血色で。そして一人一人、目指す理想が違う。


 ある子は、


「明日、気になってる先輩と出掛けるんです」


 誰か特定の人のために、綺麗になりたい。


 またある子は、


「可愛くなって彼氏つくりたいんです!」


 まだ見ぬ恋のために、備えておきたい。


 またまたある子は、


「このイボ、隠したくて」


 自分の容姿に自信をつけるために。


 そして、孤児院の二人は……


「セイさんみたいになりたいです! 自立してて強くてカッコよくて! 男の子に振り回されたりしない! そんな女性に!」


 ゴメン、ゴメン、ゴメン! それだけはアレだわ。買いかぶりもいいとこだわ。現在進行形で振り回されまくりよ。

 自立も……出来てる気がしないから、モヤモヤして康生に気を遣わせたんだしな。


 ま、まあ。いずれにせよ、綺麗になりたい理由は各々あれど、共通しているのは、熱。それに触れるアタシまで、胸の内にバルーンのように充実感が膨らんでいく。忙しいし、冷房の下でも汗ばんできたけど。

 楽しい。教えて、実践して、失敗して、教え直して、上手くいって、笑ってくれて。


「良かったな。みんな現役モデルから学ぼうって、すげえ熱心に聞いてくれてるぞ? それに、教えてるアンタも楽しそうだ」


 千佳がニヒルに笑って、アタシの背を優しく叩く。さっきの発破をかけた時とは大違いの、労るような手つきだった。


 ボケボケの雛乃は気付いてないだろうけど(そういう所が可愛いんだけど)、千佳は何となく察してるっぽいな。急に康生がこんな催しの音頭をとった理由。


「よ~し! じゃあ次はいよいよアイラインだよ~」


 雛乃のアナウンスに、みんなも色めき立つ。やっぱ一番ビフォーアフターが分かりやすいのが目元だもんなあ。肌も実感として変わってはいるんだけど、まさに一目瞭然ってのは、このアイラインのメイクだ。かく言うアタシも、初めてママがやってるの見て、魔法みたいだって感想を抱いたのを今でも覚えてる。


 雛乃はふくふくの顔で楽しそうに。千佳も頼られて満更でもなさそうに。生徒の皆も、隣の子と「上手くいった」「失敗した」なんて報告し合って、どっちでも笑ってる。


 館内に笑顔が溢れていた。


「やってよかった。ホント」

 

 アタシ自身も頬が緩むのを自覚しながら、一番近くの席、プルプル震える手でアイライナーを持つ小学生の子の下へ指導に向かう。

 ありがとう、康生。終わったら一番の感謝を伝えに行くから、もうちょっと待っててな。










 <康生サイド>



 講習は二時間を予定していて、その間、僕は自宅待機を提案されたけど、何かあった時にすぐに駆けつけられるようにと思って、公民館近くの喫茶店に入っていた。

 

 常連さんだけ、という雰囲気でもなく、さりとてチェーン店ほどドライな感じでもなく。割と長居できそうな空気感があって(店内も空いてるし)、僕は窓際の席でゆったり過ごしていた。考えるのは、ようやく本格的に製作に取り掛かった、例の快気祝いのジオラマについて。


 贔屓にしてる通販サイトにスマホからアクセスしている。徳用のレジン液をポチり……グレーの着色液はどうしようかな。シルバーで幾つか色つけてみたんだけど、ちょっと明るすぎるから、グレー+ラメ少量辺りで出した色のも作ろうかなって。単調に一つの色にはしない方針だけど……うーん。蓄光ちっこうなんかも混ぜたら、幾つか暗所で光るって仕掛けが出来るな。


 じゃあその割合はどうしようか。全部の銀水晶が光ったらウルサすぎるからなあ。下品、とまでは言わないけど。ネオンじゃないんだから、って思っちゃう。さりとてあまりに少なすぎても、光ってるかどうか微妙ってなるだろうし。


「う~ん」


 楽しい。こういうの考えてるだけでワクワクするんだよね。


 館内で講師をやってる星架さんも、同じように充実感や楽しさを覚えてくれていたら、と願わずにはいられない。


 ……しかし星架さんの事ばっかりだな、僕。しかもそれが全然イヤじゃない。寧ろ、誰かの為に時間を使えることが、こんなに充実感を生むのだと初めて知って感謝してるくらい。


 いくらでも待ってるから、彼女には思う存分、今を楽しんで欲しい。

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