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ギャルの自転車を直したら懐かれた【8月25日・第1巻発売予定】  作者: 生姜寧也


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84/225

84:陰キャに会いたくなった

 <星架サイド>



「おはようございま~す」


 スタジオに入って、少し大きめの声で挨拶。編集作業中だった何人かがPCの画面から顔を上げて、こちらに手を振ってくれた。


「星架ちゃん、今日も夏コーデね」


 現役JKの夏コーデって枠で、アタシ以外にも二人ほど呼ばれてるらしい。その子たちと見開きを分け合うとのこと。刊行時期は晩夏になるんだけど、今年は暑いしね。まだ夏服の出番があるだろうって事で、そうなったらしい。本職のモデルさんたちが前の方のページで秋の先取り特集をやってるからってのもあるのかな。ファッション誌も色々と考えることが多くて大変だ。


 控室で、指定のコーデに着替える。

 透けの多いシアー素材のティアードスカートに淡いピンクの半袖ブラウス。うわ、フェミニン系か、今日。合わせて掛けるスマホポーチも、丸っこくて可愛い。


 着替え終わると、ほどなくして撮影が始まった。アタシを撮るのはいつもの女性カメラマンさん。つかここのスタッフはほぼ全員女性なんだけど。


「笑顔でいこうか」


 表情指定。まあこういう可愛い系だとね。澄ました表情は得意なんだけどなあ……可愛い系かあ。


『すごく、すごく可愛いです』


 不意に康生の言葉が脳内に再生される。デートの待ち合わせの時に、いの一番に言ってくれた、あのセリフ。飾り気なんて何もない。


「ふふ」


 女の子褒める語彙、全然ねえの。なのにメッチャ嬉しかった。ていうかあんな純朴な人だから好きになったんだし。


「へえ」


 なんか感心されてるような声がどこかから聞こえた気がするけど、アタシは他所事(つか康生のこと)ばかり考えてしまっていた。


 着替えて2着目。まさかの白ワンピ。フリルと小さなリボンまである。またゴリゴリやな。これも康生に見せたら可愛いって言ってくれるかな。

 ついデートの時の彼の服装まで思い出してしまう。紺色無地のTシャツに黒のカーゴパンツ。20年前にも親しまれてたような、20年後も誰かが着てるような。不変で普遍なベーシックカジュアル。建物みたいな。


 それに比べてこの業界の浮き沈みよね。今年の流行りも来年には型落ち、20年後には変な服だね。

 時々やめてしまいたくなる。手間はかかるし、流行に振り回されてる自分が矮小に感じられたりするし、そのクセ寿命が短いコーデたちにお金はかかるし。康生には偉そうに「着たい服着るのが一番」なんて言っときながら、本当にアタシは着たい服を着たいように着れてるんだろうか。


 アタシも康生みたいに、飾らずに過ごしてみたい。Tシャツとジーンズばっかりのアタシを見て、でも康生は全然気にせずに一緒に居てくれて、ノブノブ言ってる気がするな。


 なんか無性に会いたくなってきた。


 朝はどういう顔して会えばいいか分かんないから、今日は無理とか自分で思ってたクセに。夕方には撤回かよ。こんなんばっか。あのキスだって性急だったと思いながらも、次の瞬間には感触を思い出して嬉しくなってたり。矛盾と再考と後悔と希望と。グチャグチャだ。そしていま会ったら、もっとグチャグチャになるに決まってんのに。それなのに。


 会いたいな。


 アタシ、曲がりなりにもほっぺにキスしたんだよ。そんな相手とこんな離れた場所で、全然関係ないことして……なんだかひどく場違いな気さえしてくる。誰か他の、チャンスを待っている子に。そんな失礼なことまで考えそうになる。


「はい、オッケー。お疲れ様~」


 オッケーがかかり、カメラさんも編集の人たちも笑顔で労ってくれる。だけどアタシは思わず目を逸らしてしまう。今日は酷かった。心を沢見川に置いてきたまんまだ。とても撮影に臨む資格はなかった。


「すいませ」


「いやあ、良かったよ! 星架ちゃん!」


「ほえ?」


 何を言ってるんだ、編集さんは。


「メッチャ表情がセクシーって言うか、なんかもう女優みたいだったよ」


「そうそう。最初は夏の少女らしく元気な感じでいこうと思ってたけど、全然別のベクトルでやべえのが出てきたっていうか」


 女やもめの職場らしく、みんなノリだしたら、同調力はすごい。


「なんか片想いの相手が目の前にいるんじゃないかってレベルで」


「……っ」


 その内の一人がニアミス。目の前にいない片想いの相手に焦がれていた、が正解だ。


「でもどうします? やっぱコンセプト違いではありますよね」


「う~ん、でも使わんのは勿体無いレベルよね」


「他の子たちが笑顔だから、一人だけ切なげなのもアリっちゃアリじゃない? 逆に」


「楽しかった夏を惜しむみたいな?」


 みんなノリ良すぎだろ。てか、そんな学生みたいなノリで編集して良いのか。とか思うんだけど、ティーンや20代がメインターゲットな本誌は、意外とこれでウケてたりするんだよね。「作ってる方が楽しんでないと」なんて、いつか編集長が言ってたけど、それが真理なんだろうな。


 結局、撮りなおしはナシ。本日の仕事は終了となった。

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