84:陰キャに会いたくなった
<星架サイド>
「おはようございま~す」
スタジオに入って、少し大きめの声で挨拶。編集作業中だった何人かがPCの画面から顔を上げて、こちらに手を振ってくれた。
「星架ちゃん、今日も夏コーデね」
現役JKの夏コーデって枠で、アタシ以外にも二人ほど呼ばれてるらしい。その子たちと見開きを分け合うとのこと。刊行時期は晩夏になるんだけど、今年は暑いしね。まだ夏服の出番があるだろうって事で、そうなったらしい。本職のモデルさんたちが前の方のページで秋の先取り特集をやってるからってのもあるのかな。ファッション誌も色々と考えることが多くて大変だ。
控室で、指定のコーデに着替える。
透けの多いシアー素材のティアードスカートに淡いピンクの半袖ブラウス。うわ、フェミニン系か、今日。合わせて掛けるスマホポーチも、丸っこくて可愛い。
着替え終わると、ほどなくして撮影が始まった。アタシを撮るのはいつもの女性カメラマンさん。つかここのスタッフはほぼ全員女性なんだけど。
「笑顔でいこうか」
表情指定。まあこういう可愛い系だとね。澄ました表情は得意なんだけどなあ……可愛い系かあ。
『すごく、すごく可愛いです』
不意に康生の言葉が脳内に再生される。デートの待ち合わせの時に、いの一番に言ってくれた、あのセリフ。飾り気なんて何もない。
「ふふ」
女の子褒める語彙、全然ねえの。なのにメッチャ嬉しかった。ていうかあんな純朴な人だから好きになったんだし。
「へえ」
なんか感心されてるような声がどこかから聞こえた気がするけど、アタシは他所事(つか康生のこと)ばかり考えてしまっていた。
着替えて2着目。まさかの白ワンピ。フリルと小さなリボンまである。またゴリゴリやな。これも康生に見せたら可愛いって言ってくれるかな。
ついデートの時の彼の服装まで思い出してしまう。紺色無地のTシャツに黒のカーゴパンツ。20年前にも親しまれてたような、20年後も誰かが着てるような。不変で普遍なベーシックカジュアル。建物みたいな。
それに比べてこの業界の浮き沈みよね。今年の流行りも来年には型落ち、20年後には変な服だね。
時々やめてしまいたくなる。手間はかかるし、流行に振り回されてる自分が矮小に感じられたりするし、そのクセ寿命が短いコーデたちにお金はかかるし。康生には偉そうに「着たい服着るのが一番」なんて言っときながら、本当にアタシは着たい服を着たいように着れてるんだろうか。
アタシも康生みたいに、飾らずに過ごしてみたい。Tシャツとジーンズばっかりのアタシを見て、でも康生は全然気にせずに一緒に居てくれて、ノブノブ言ってる気がするな。
なんか無性に会いたくなってきた。
朝はどういう顔して会えばいいか分かんないから、今日は無理とか自分で思ってたクセに。夕方には撤回かよ。こんなんばっか。あのキスだって性急だったと思いながらも、次の瞬間には感触を思い出して嬉しくなってたり。矛盾と再考と後悔と希望と。グチャグチャだ。そしていま会ったら、もっとグチャグチャになるに決まってんのに。それなのに。
会いたいな。
アタシ、曲がりなりにもほっぺにキスしたんだよ。そんな相手とこんな離れた場所で、全然関係ないことして……なんだかひどく場違いな気さえしてくる。誰か他の、チャンスを待っている子に。そんな失礼なことまで考えそうになる。
「はい、オッケー。お疲れ様~」
オッケーがかかり、カメラさんも編集の人たちも笑顔で労ってくれる。だけどアタシは思わず目を逸らしてしまう。今日は酷かった。心を沢見川に置いてきたまんまだ。とても撮影に臨む資格はなかった。
「すいませ」
「いやあ、良かったよ! 星架ちゃん!」
「ほえ?」
何を言ってるんだ、編集さんは。
「メッチャ表情がセクシーって言うか、なんかもう女優みたいだったよ」
「そうそう。最初は夏の少女らしく元気な感じでいこうと思ってたけど、全然別のベクトルでやべえのが出てきたっていうか」
女やもめの職場らしく、みんなノリだしたら、同調力はすごい。
「なんか片想いの相手が目の前にいるんじゃないかってレベルで」
「……っ」
その内の一人がニアミス。目の前にいない片想いの相手に焦がれていた、が正解だ。
「でもどうします? やっぱコンセプト違いではありますよね」
「う~ん、でも使わんのは勿体無いレベルよね」
「他の子たちが笑顔だから、一人だけ切なげなのもアリっちゃアリじゃない? 逆に」
「楽しかった夏を惜しむみたいな?」
みんなノリ良すぎだろ。てか、そんな学生みたいなノリで編集して良いのか。とか思うんだけど、ティーンや20代がメインターゲットな本誌は、意外とこれでウケてたりするんだよね。「作ってる方が楽しんでないと」なんて、いつか編集長が言ってたけど、それが真理なんだろうな。
結局、撮りなおしはナシ。本日の仕事は終了となった。




