81:陰キャにサプライズした
<星架サイド>
やっと。やっとだ。長かった。いやまあ再会してから二カ月程度だから、世間一般で言えば、長かったって程ではないんだけど。アタシの焦がれ具合と、二カ月ながら毎日のように一緒に過ごしてきた時間の濃度を考えたらさ。長かったんよ。
アタシはテーブルの下でグッと拳を握って喜びを噛み締めながら、
「うん。アタシも康生の友達になりたい。てかアタシはもうとっくにアンタのこと、友達、しかも超仲良しの友達だと思ってたけどね」
努めて明るく言った。彼が気に病みすぎないように。けど、嬉しさで軽く声が震えちゃった。
「星架さん……」
康生にもバレちゃったみたいで、そっと対面のソファーを立って、アタシの隣に座ってくる。どちらからともなく、手を繋いだ。
「僕……嫌がらせとかで認められなかったワケじゃなくて……ちょっと、その」
アタシは首を横に振って、続きを遮った。
「大丈夫。無理に聞いたりしないから。友達だから何でも話さなきゃいけないワケじゃないし。康生が話したいって思った時で良いよ」
辛そうな顔を見て、そっちはまだかなって悟った。いや、きっといつ話しても辛いような事情なんだとは思うけど。
「星架さん……ありがとうございます」
何より今はもう、関係が一歩進んだってだけで、嬉しくて飛び跳ねそうで、とても追加の情報を処理しきれる状態じゃなかった。春さんには「今のままでも幸せ」って言ったけど、実際にこうして進んだという確かな実感があると、胸が一杯になってる。やっぱ心の奥底では不安だったんだろうな。
そしてそんなアタシの安堵と今までの不安を敏感に感じ取ったんだろう。康生は、
「あの! 時間が掛かったぶん、大事にします! 唯一の友達だし、出来る限りのことはして、使える時間は全部使います!」
少し焦ったように言い募る。
ああ、やっぱり。親友レベルだ。てかこれだけ優しくて誠実な子の親友とか、そこらの男のカノジョより大切にしてくれそうだ。
……だと言うのに、アタシはまだ満足してなかった。ここまで来たんなら、もう一歩。
「うん、ありがとう。これからは大親友ね」
「はい!」
康生も安心したような笑顔を浮かべた。だけどゴメンね。アタシ、友達で終わる気ないから。
「じゃあ僕はこの辺で……今日は、本当に楽しかったです。友達にしてもらえたのも……嬉しかったです」
大きな安堵と疲労が感じられる声。彼にしても、とても勇気が要ることだったのは想像に難くない。
「また誘ってください……僕からも誘います」
そう言って、スッと立ち上がった康生。アタシもそれを追いかけるように立ち上がって。
「ねえ、康生」
「はい?」
「ほっぺた。さっき食べたアイスついてる」
「え? ウソ?」
少しかがんでアタシによく見せようと頬を近づけた、そこを見計らって、アタシはグッと背伸びした。
――チュッ
と、静かなエントランスホールに小さな水音が鳴る。唇には康生のモチッとした肌の感触。
すぐに踵を下ろして、遠ざかる。康生の驚いた顔。アタシの唇が触れた辺りにそっと手を当てて、目を見開いてる。
「ウソだよ、バーカ! 待たされたお返し!」
アタシはテーブルの上のフィギュアケースとバッグを掴んで逃げる。エレベーター前に繋がる自動扉がウィンと開いた。そこで少しだけ「バカ」は言い過ぎたと思って振り返る。康生はまださっきの顔と仕草のまま固まってた。少し可笑しい。可笑しくて愛おしい。
「また明後日ね」
と早口で挨拶して、エレベーターに逃げ込んだ。ちょうど1階に居てくれてラッキーだった。
カゴの中で深呼吸。ヤバい。マジで心臓が暴れ狂ってる。康生と再会してから、酷使しすぎやな。止まんないでよ、マジで。やっと次のステージに進めたんだから、いま止まったら死んでも死に切れんわ。
「やった」
やってしまった。やってやった。
どちらとも取れる言葉が口から出てきた。多分その両方が感情としてあるんだろう。
親友になれたけど、友達のままズルズルいって女として意識されない心配があって、キスした。楔を打ったというか。
そしてこれで本当に退路は断たれた。ぬるま湯から飛び出してしまった。あとはハッピーエンドか、フラれるか。
「大丈夫、絶対脈あるし」
異性の親友なんて、もう殆ど恋人みたいなモンだし。さっきキスした時も、嫌がられなかったし。まあ放心してたって感じだけど。大丈夫、大丈夫。
「てか、キスしちゃったんだよな」
改めて言葉にすると、顔がみるみる熱くなる。蒸し暑いカゴの中で、その湿度に康生のモチモチほっぺの感触を思い出して……アタシはつい唇を軽く舐める。彼の成分を体内に流し込んだ気がして……ああ、もうアタシ変態で良いや。