80:ギャルにサプライズした
靴の関係もあって、徒歩で来たという星架さんを後ろに乗っけて、自転車を漕ぎだした。
彼女はいつかの時と同じように、片手を僕のお腹の辺りに回して、バランスを取っていた。チラリと振り返ると、もう片っぽの手は、ワンピースの裾が広がらないように押さえてる。
女の子は大変だ。制服のスカートだって、いつも苦労すると、いつかの雑談で言ってた。長すぎたらパラシュートみたいに広がるし、短すぎると道行く男たちに見られる、とかなんとか。
そんなことを頭の隅で考えながらも、僕は今、緊張で喉がカラカラだった。
この後、僕は彼女にお願いをする予定なんだ。ベルの創作物を渡して、それをダシにってワケじゃないけど、その時に言うんだ。
僕の友達になってくださいって。
今更と言えば今更だけど。それでも僕にとっては、口に出して言うのは、とても大きな意味がある。
『今まで友達だと思ってなかったのかよ』
そんな風に責められる想像をしてしまう。けど、きっとそれは現実には言われない。
間違いなく、星架さんも僕の事情を慮ってくれてる。詳しく察してるワケじゃないだろうけど、無理に友達って言葉も僕に使わないようにしてる雰囲気を感じるんだ。
だから大丈夫。そんな優しい人だから、信じられる。
言おう。友達になりたい。彼女の優しさに応えないと。
やがて自転車は、マンションの正面玄関前に着いた。
「サンキュー、ここまでで。今日、ホントに楽しかった」
言葉に嘘はないんだろうけど、どこか寂しそうに笑う星架さん。僕は歩道の端に自転車を止めて鍵をかけた。
それだけで察したみたいで、彼女の顔がパッと輝く。
「寄ってく?」
「エントランスで、もう少しだけ話したいです」
僕がそう言うと、星架さんはコクコクと何度も頷く。時々、ワンコみたいになるのが可愛い。
星架さんがロックを解除して、中へ。幸い、マンションの住人は誰も居ないようだった。三連休の初日。遊びに行ってる人たちは、まだまだ帰って来ないだろうし、巣ごもりを決意してる人たちは、既に夕飯の買い物を済ませた後、って感じで、ちょうど空白の時間帯なんだろう。
「座ろ、座ろ。あ~涼しい」
ガラステーブルを挟んで、対面同士のソファーに座る。
「……」
「……」
どう、切り出そう。まずは世間話ってのもおかしいし。デートの感想はもう散々話した。
いや、もう必要なのは勇気だけだ。特別な日、こういう時しか言えないと思って、今日言おうって決めていた。でも、そのハズなのに勇気が中々湧いてこなくて、結局デート中には言えなかった。
そんな時、奇しくも星架さんが先に、ちょっとシリアスな話をしてくれた。心の中のかなりデリケートな部分を共有してくれたんだ。大抵のことはズバッと言う彼女でも、きっと話すのは照れ臭かったハズだ。それでもそこを押して、シェアしたいと思ってくれた。
いつもこの人の行動力は、一つ、僕にとっては標のようなものだ。
深呼吸を一つ挟んで、
「あの、星架さん。実は渡したい物があって」
と切り出した。僕は、今日一日ずっと提げていたカバンのチャックを開ける。中からフィギュアケースを取り出し、そっとテーブルの上に置いた。
「こ、これ!?」
星架さんの驚いた顔。瞼が大きく上がって、アイメイクのラメが蛍光灯の光でキラリと輝いた。
「作ってたの?」
「はい。内緒で。今日のために」
小さな自転車のベルの中に、もっと小さな自転車と、僕と星架さん。
「うわ。マジか。ノブエルばっか作ってんのかと思ってた」
あっちは今月末の締め切りには余裕で間に合う。だからこっちを優先した。デートに間に合わせたかったんだ。弱虫の僕は、こういうプレゼントでもないと言い出せないと思ったから。
「……星架さん。僕が前にここで言ったこと覚えてますか?」
「えっと」
「また会えて良かったって」
「あ、うん。覚えてるよ……嬉しかったから」
星架さんと気まずくなって、僕が追いかけて来た日のことだ。自分でも、よく勇気出して家まで凸ったもんだなって後になって他人事みたいに感心したけど。多分あの時にはもう星架さんと友達になりたいって心の奥底では思ってたんだろな。セイちゃんのことは頭では忘れてたけど、それでも本能的に分かってたんだ。義理堅くて情の深い子だって。
「……星架さんには災難だったかも知れませんけど、この自転車の故障があったからこそ、また会えたんですよね」
その場面を模したミニチュア。星架さんがケースを両手で包むようにして中を覗いた。
「それから二カ月以上、毎日のように話して、遊んで。学校行くのが楽しみになりました。モノづくりだって前以上にやりがいを感じるようになって……全部、星架さんのおかげです」
心底から思う。本当にまた会えて良かった。
「僕と……僕と友達になって下さい」
ずっと言いたくて、けど言えなかった言葉を……ついに言えた。