79:陰キャに思い出を語った
<星架サイド>
雰囲気を変えてくれようとしたんだろう、
「ところで、あの病院、院長の名前すごいんですよ」
康生はわざとらしいくらい明るい声でそんな事を言った。
「え? そうなん?」
アタシも気遣いに感謝しつつノッておく。
「大藪さんです」
「マジかよ!? 知ってたら入院せんかったわ!」
あははは、と笑い合う。
「でも大藪さんとこじゃなかったら、千佳とも康生とも出会えんかったって思うと……」
「それでも僕としては、子供の頃の星架さんが辛い時間が短い方が良かったかなって」
やっぱり優しい。けどさ、二人との出会いも宝物なんよ。それに千佳とは横中で友達になれたかも知れんけど、康生とは会えるかどうか。
どこか自分を軽視してる雰囲気を感じて、それが寂しい。離れそうな康生の手を、握り直して引き留めた。
「……アタシさ、このモール来るのが目標だったんだ」
「え?」
「ちょうど病院の窓から、このモールが建設されてるところが見えててさ。でっけえクレーンが真っ赤な鉄骨、ぶら下げて運んで、毎日ドンドン組み上がってくの」
「ああ……ちょうどそんくらいでしたか」
康生は軽く宙を見やる。まあ、地元民でも何年に何が出来たとか覚えてないわな。
「元気になったら、あのモールで遊ぶんだって。それモチベの1つにしてた」
康生は眉をハの字にして聞いてくれてる。
「まあ、結局モールが竣工する前にアタシの方が転院しちゃったんだけどね」
苦笑すると、康生も似たように笑ってくれた。
「だから、中学ん時に初めて千佳と雛乃と一緒に遊びに来た時は、すげえ感慨深かった」
「はい」
「電車乗って遠出して、昔住んでた街まで行けるようになったんだなあって」
そんくらい自由になれたんだなあ、って。
「建物って、何年、何十年とあるものだから、きっとアタシ以外にも、自分なりの思い入れがある人も沢山いるんだろうな。変わらずに在り続けるってことは、それ自体が人の心の標にもなり得る」
モノを作るってやっぱすげえよな。
「アタシも何か作ってみようかな……」
「ビルディングをですか?」
「いや、建築は流石に。なんかこう……康生に教えてもらおうかなって」
途端に康生の目がパッと輝く。
「のぶ」
「信長以外で! てか武将以外で!」
「チャ」
「チャリエルも!」
ロクな候補がないな。なんでこんなことに。
「だったら、アクセサリーとか作ってみますか?」
「あ、知ってる! 100均商品で作る、みたいな動画見たことあるわ。康生も出来るんだ?」
「作ったことないですけど、いっつもレジンでもっと複雑なモノ作ってますから」
「おお、やった! あ……でも今でさえ色々頼んじゃってるのに、これ以上また甘えちゃったら」
またもらうことばっかり考えちゃってる。
「良いですよ、そんなの。今ね、一番楽しいのは星架さんのために作る創作物なんです」
本当に嬉しそうな笑顔で、そんなことを言ってくるモンだから、アタシは心臓が止まりそうになった。
アタシのために作るのが一番楽しい? あんだけモノづくり大好きな子が? 大好きの中の一番?
いける! いけるじゃん! こ、告白! フラれないよ、絶対。多分。きっと。
あ、でもやっぱ友達認定してもらうのが先か。もうホント良い感じになってきてると思うんだけどなあ。
「じゃあ、夏休み入ったら、レジンアクセサリー教室ですね。その前にノブエルを仕上げてコンクール。忙しくなります」
言葉とは裏腹に、充実感を感じてるようで、顔に生気が漲ってる。アタシ的にはノブエルと同等の扱いなのは引っ掛かるけど、まあ康生が楽しそうなら良いか。
午後4時過ぎ。
まだ日は高いけど、解散ということになった。
外のベンチに座り、途中で買ったソフトクリームを二人して食べて、今日の名残を惜しんでいた。
「楽しかったぁ~」
「はい。服もたくさん増えましたし、面白いゲームとも出会えました」
うーん。服はともかく、打棒をハイライトに入れるか。
「それに……星架さんの哲学みたいなのも教えてもらえて嬉しかったです」
「なんか、哲学とか言われると恥ずいわ」
でも確かに、センチメンタルな雰囲気で語っちまった感はあるな。
「登下校とか放課後とか、よく話すけど、そんなに深い話はしないかんね」
学校であったこと、食い物の話、ゲームの話、授業の話。意外と日々の生活だけで、話は尽きず。こういった機会でもないと、確かに心の奥の方をさらけ出すって、ないよな。
康生もいつか……事情ってヤツをアタシに話してくれんのかな。なんてまた感傷的になる前に、コーンの最後の一口を食べきった。
「……帰ろっか」
買い忘れた物もないし、やり残したこともないのに、やっぱり寂しかった。




