75:ギャルをエスコートした
そしていよいよやって来た、土曜日。夏休み前の最後の週末。学生らしき人はそれなりに居るけど、大人は少ない感じだ。社会人さんは半分くらいは仕事かな。お疲れ様です。逆に海の日と合わせて三連休を取れた人は、家族と小旅行に行ってたりするんだろうか。とにかく、エアーポケットと言うか、思っていた半分くらいの人出だ。正直、助かる。まあ前よりは人混みへの苦手意識も改善されたけどね。
特に今日は、今の僕にとって家族を除けば、一番に頼りになる人と一緒だから、心理的な余裕も大きい。
とか思ってたんだけど、待ち合わせ場所で佇む星架さんを見つけて、その姿を見て、全く別の緊張感が僕の中で芽生えた。
あ、あんなに可愛い子と僕が一緒に歩いていいんだろうか、と。いきなり青春警察がやって来て、身分不相応の咎で極刑にされないかな。
「あ! 康生!」
飼い主を見つけた忠犬みたいな喜びようで、手を振ってくる。カッカッカッと靴音を立てながら小走りに寄ってくるので、慌てて僕の方がダッシュした。瞬発力だけなら任せて欲しい。
「む、無理しないで、星架さん」
足元、よく見れば凄く頼りない細さの黒い革紐で結ばれただけの、ヒールサンダルだ。動きにくいのは好かない星架さんが、こういった物を履いてる。改めて今日は特別なんだと思った。
「いやあ、やっぱ動きにくいわ」
つい伸ばした僕の両手を、掴まり立ちの幼児みたいに握りながら、星架さんは苦笑する。
体勢を整えた彼女を改めて見る。白の肩出しワンピースは、軽くフリルもついていて、可愛らしいデザイン。ハンドバッグは少し光沢を抑えたエメラルドグリーンだ。
「ど、どうかな?」
僕の視線を受けて、少し自信なさげに俯いて、だけど上目で窺いながら聞いてくる。その仕草も相まって、
「すごく、すごく可愛いです」
考える間もなく答えてた。
「ほんと?」
声音も少しあどけない。
僕は何度も首を縦に振った。改めて全体をもう一度。うん、やっぱ可愛い。
「普段のカッコキレイなギャルファッションも素敵ですけど、こういう正に女の子って服もすごく可愛くて良いです」
星架さんは耳まで赤くなって、けど嬉しそうに笑ってくれてて……その顔がもっと見たくて言葉を重ねた。
「ありがとうございます。やっぱリクエストは正解でした」
そうして言い切ってから、ようやく頭が冷えてきて、途端に恥ずかしくなってくる。
ああ。うああ。言った内容に嘘はないけど、こんな人前でベラベラと。
その時、僕らの近くをОⅬさん二人組が、
「見て、あの子たち。待ち合わせで既に二人とも顔真っ赤だよ」
「うわ、ホントだぁ。可愛い~!」
なんて会話しながら通り過ぎていく。
もう僕も星架さんもいたたまれなくて。
「い、行きましょうか!?」
早く立ち去りたくて、掛けた声まで軽く裏返る。
「う、うん!」
星架さんも裏返りはしなかったけど、声量をミスったみたいな雰囲気。
僕はとにかく歩き出す。けどすぐに星架さんがついて来れてないのに気付いて引き返した。
「ごめんなさい、早かったですか?」
最近ではすっかり彼女の歩くスピードを体が覚えてしまって、自然と合わせられてたけど。
「いや、そうじゃなくてさ。ヒール」
「あ……すいません。女の子の事情が全然わかってなくて」
ダメだなあ、僕は。さっき歩きにくそうだなって手を貸したばっかりだったのに、テンパって忘れて。こんなだから特濃三塁打とか描かれるんだ。
「そんな顔しないの。お互い、キチンとしたデートなんて生まれて初めてなんだからさ。つか完璧に女慣れしてたら、そっちのがイヤだわ」
テンパってる僕を見て、星架さんの方が先に落ち着いてくれたみたい。
「だからさ……転ばないように、腕、貸してもらっていい?」
「え、あ、はい」
一瞬、猟奇的なことを考えたけど、すぐに左腕の内側に彼女の右手が入り込んで、意味を理解した。腕を組む、ってヤツだ。
何かを言う前に、僕の二の腕に星架さんの肩が触れた。肩出しのデザインだから、彼女の体温が凄く近く感じる。Tシャツ一枚隔てた所に、こんなにキレイな人の素肌がある。もう心臓がどうにかなってしまいそうだ。
「いこ?」
ぎこちなく頷いて、その動きで、少しだけ肘の近くが星架さんの胸を掠めた。彼女は多分、気付かないフリしてくれてる。
こんなにくっついてたら、またこんな偶然の接触は起きるだろうし……デートが終わるまで僕の心臓はもつんだろうか。




