73:二人はデートに備える(前編)
僕はまたもポカーンと星架さんを見送った。最近だとアクシデントで胸を触ってしまった時以来か。最初はそれこそモールで遊んだ別れ際だったよね。あの時は、本当に何がなんだかで、相当ビックリした覚えがある。
あれから二ヶ月近く。一緒にいる時間がどんどん増えていって。毎日の登下校と、帰りに寄り道することもしばしば。あのスーパーの店員さんには間違いなく顔覚えられてるよ。土日も、星架さんがバイトで外せない日や友達と遊ぶ日、僕の方が仕事してる日、それ以外は大体一緒に遊んだ。
そうしてかなり仲良くなってからの、あのニヶ月前のやり直し。再三になるけど、僕はあの暴走に関しては、むしろ彼女の義理堅さと情の深さが生んだものだと捉えてるから、今はもう殆ど気にしてない。だけどきっと、星架さんにとっては心に刺さったトゲなんだ。何とか取り除いてあげたい。その為にも、絶対に次のデートは成功させなくちゃいけない。
それに……きっと彼女の中ではそれだけじゃない。まさか僕なんかを、って卑屈になってハナから可能性を除外してたけど、彼女の最近の様子、そして今日のこと。憎からず思ってくれてる、と思う。たぶん。あんな声も足も震わせながらデートに誘ってくれて、全く男として見てませんって言われたら、僕は女性不信になる自信がある。
光栄だとは思う。仮に、ちょっと良いなくらいの淡いモノだったとしても。けど、同時に。
「怖い」
笑っている仮面の下で、友達の仮面の下で、平気で裏切っていたりするから。友達すらマトモに作れない僕を、異性、それもとびきりの美人の星架さんが追いかけてくれる。そんな旨い話があるもんだろうか、と。仮面の下では、僕の反応を見て、からかって遊んで……
僕は思いっきり自分の頬を引っ叩いた。星架さんはそんな人じゃないって何度も何度も思っただろう。チャリエルにも信長にも、宣言したじゃないか。彼女の義理堅さに、優しさに、行動力に、救われてるって。紛れもない本心じゃないか。信じられなくてどうする。
「来週末」
さっきレインして、具体的な日取りを決めた。奇しくも以前と同じく土曜日。
そこで、フッと名案が浮かぶ。星架さんは僕がコンクール用のノブエルしか作ってないと思ってる。部屋に上げた時も、創作途中の物はクローゼットにしまってあったから、僕が並行してベルのアレンジインテリア製作を進めてることを知らないハズ。つまり……
「サプライズが出来る」
僕は星架さんの驚く顔を思い浮かべて、気合マックスで道具の準備を始めるのだった。
<星架サイド>
ああ、ついにやった。一歩踏み出した。一生ものレベルのガチ恋とまでは悟られてないと思うけど、異性として意識してるのは伝わったと思う。いよいよ。いよいよだ。
怖さは勿論ある。というか、今でも逃げ出したいくらいだ。「さっきのは感情が昂りすぎてたよ、普通に友達デートだからね? 気負わず行こうぜ」とか言って。
でもそれは出来ない。今の心地良い、ぬるま湯みたいな関係も嫌いじゃないけど、やっぱもっと先が欲しい。友達だって言ってくれるまで、心を開いてくれるまでジッと待ちながら、女としても意識してもらうようにする。そんな作戦だったけど、危機感煽られて、女の方が待ちきれなくなってるんだ。
「てか康生の中の友達ってもう多分、ほぼ恋人とイコールなんじゃないかって気がするんだよな」
少なくとも親友レベルのハードル設定だと思う。そして親友まで行けたら、アタシは絶対その先も我慢できない。もう今の状態ですら、もっと触れたいもん。あのモチモチほっぺ。硬いけど触り心地の良い髪。意外にも男らしい二の腕。皮が硬くなった掌と指。遠慮なく触れるようになるには、やっぱ今のままじゃダメなんよ。
それにアタシにも触って欲しいって気持ちもある。前に頭撫でてくれたの未だに時々夢に見るし、特濃三塁打に怯えて腰に抱き着いて来た時の可愛さったらなかったし、胸触られたのも……うん、イヤとかは本当になかった。ちゃんと好きになってくれた後なら、触らせてあげたいとまで思ったし。
「うん、やっぱその未来が欲しい」
だったらやることは一つ。
部屋のクローゼットからアタシがページ貰ってる雑誌のバックナンバーを引っ張り出してきた。自信のあるコーデだけ厳選していく。どれを選ぶかは彼次第。けどどれを選ばれても完璧に仕上げてやる。落とす……のはまだ無理かもだけど、ときめかせるくらいは持ってく。
アタシは康生の照れ顔を思い浮かべて、気合マックスでページを捲るのだった。